【第一話】季節の魔女
「この日は朝からザアザアと雨が降っていた。既に揺れの収まった揺り椅子に座りながら思う。しきりに戸を叩くその音は、モノクロのノイズの様だ。普通ならばそれを煩いと感じるのかもしれないが、今の私にはそれが心地良かった。
魔導灯--謳宿りの灯の光がきらりきらりと揺らめいて、家の中に影を落としていた。その影は、窓の外の雨粒が落とす影と重なってより深い黒になる。そしてそれは、私の手元にある本の意味を覆い隠してしまう。さて、どうしたものかと思い、パタンと本を閉じて、一つ息を付く。少しうたた寝をしている間に、随分とホコリが溜まったらしく、それが宙を舞った。
この謳宿りは本当に便利だ。何せ、何もしなくても私の思ったことや印象に残った事を勝手に本に書き留めてくれのだから。
まぁ、夢を書き留めてくれないのは少しばかり不満ではあるが。
そうだ、さっき見た夢を思い出して書き溜めてみよう。
ポカポカと日差しは暖かく、色とりどりの花が綺麗に咲いている。微かに吹く風に小鳥達は遊び、部屋程の大きさのネコはふてぶてしく太鼓腹を上にして寝ている。ぷくーぷくーと膨らむ鼻提灯に、ついついそっと指を伸ばしてしまった。一度萎んだ鼻提灯は、再度膨らみ私の指に触れて弾けた。中からは白いものが飛び出し、触れた個所を見れば水滴だけが残っていた。【これは・・・なぁに?】呟いて、カクンと一つ小首を傾げてみる。誰も居ないのはわかっているのに、癖づいたものは中々抜けないらしい。
気が付けば辺り一面が真っ白になっていた。【くしゅん】小さく一つくしゃみをしてから気付く。とても寒い。空からは、さっきの不思議な白い柔らかそうなものがしきりに降っている。思わず手のひらで受け止めると、それは一瞬で水滴へと変わってしまった。【すごく不思議】
地面覆う白いものは、地面から湧いているのだろうか?そしてそれは何なのだろうかと思い、ピンと伸ばした人差し指で撫でてみた。するとこちらは、ちゃんと指に残った。【こっちは触れられる謳なのね】楽しくなってつい口が滑る。でも、こちらも気付けば、同じ様に指が濡れているだけだった。【やっぱりこっちも、触れないのね】少し気落ちしてふと思い出す。
そう言えばネコや小鳥達は?何処に言ったのだろうと目をやるもその姿は見つからなかった。だけれども、代わりに全身に不思議な白い粉を付けた大きな犬(確か皆が魔獣と呼んでいたような・・・)やトナカイ達がやってきた。皆今までに見たことがないほどに楽しそうに踊りを舞っている。彼らがステップを刻む度に地面は凹み、不思議な白い粉が空を舞う。その姿はとても綺麗で精霊さん達が遊んでいるみたいだった。
ここまで思い出して、フウッと一つ大きく息をついた。他にも、赤や黄や、色とりどりの葉っぱをを付ける木があったり、とても熱くて、蜃気楼?のようなものが見える時もあった。でも、いつも誰かしらがとても喜んでいた。
【とても不思議で楽しい、素敵な夢だったなぁ。こっちでも再現できたら、皆喜んでくれるかしら?う〜ん・・・。そうだ!皆がずぅっと楽しく過ごせるように、場所毎に再現しよう!】
こうして、彼女の莫大な努力によってファルムンデのような常春の街や、ベガンザゾスのような常冬の大陸が出来ました。そして、各地を旅した吟遊詩人達が、これに【季節】と名前をつけて、彼女は【季節の魔女】と呼ばれるようになりましたとさ。【季節の魔女】より、【魔女の中庭】でした!
皆、聴いてくれてありがとう!」
彼女が竜車の上でペコリとお辞儀をすると、何処からとも無く歓声が沸き、多くの者が彼女に追加で銅貨を渡していた。
「さ、次は、ベガンザゾスから来たおじさんの番だよ!!」
「おぉ〜!雪!雪について教えてくれよ!!」
「吟遊詩人のお兄さん、あなたは何を話してくれるの??」
嘘だろ?と思いながら、皆の視線に引きずられるようにして竜車の上へと登る。
銅貨を包み終えた彼女がすれ違いざまに耳打ちをしてきた。
「場所代、20%ね?」
「・・・、わかったよ。」
「まいど!」
さて、どう話すものかと思わず頭を抱えたくなってしまう。それでも、吟遊詩人たる者、期待に応えねばと胸の内に想いを燃やしていた。
夢人 @sun_novel
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