夢人
@sun_novel
【序章】
2頭の草食竜、ガルロトトスに鞭を打ちながら、キャラバン隊が土煙を上げる。その振動は凄まじく、大地が呼吸しているのかと錯覚を覚える程だ。恐らく、それがこの街ファルムンデの朝を告げる合図なのだろう。ポツポツと、魔導灯が柔く光を讃え、家々の玄関を照らし出す。ファルムンデの玄関は不思議な作りをしていて、光をよく通す薄い緑の葉で、幾らか張り出した屋根が外側に作られ、窯と熱式乾燥機、渦巻き水流が備えられている。
「おい、あんちゃん、ちょいとそこをどいてくれ!」
その声に応じて振り返るとそこにはキャラバン隊が停まっていた。知らない土地だと言うのに少し周囲への警戒を下げすぎたなと一人反省しながら声を返す。
「すみません!」
竜の手綱から手を離した大柄な男が、勢い良く地面に降りるとそのままコンコンと2回、地面をつま先で小突く。すると、荷物にかけられた白い布がはらりと落ちて、竜車の壁が開いて床へと変わる。
すると奥から12,3歳の女の子が走ってくる。
「さぁ、おとぎ話の時間だよ!!」
少女がそう叫ぶと途端に竜車の形が変わり、小さな部屋のようなものが出来た。
「あっ!コラ、リーナ!!商品の陳列が先だといつも言っているだろう?」
言うが早いか先ほどの大男がゴツンと少女の頭に拳骨を落とす。
「ぐぎっ!?」
短く断末魔をあげた少女はそのまま頭を押さえてうずくまり、拳骨の主を睨みつけている。
「リーナ、お前が悪い。朝告げの鐘、魔女の書庫、薬瓶の群れ、浮かんで上がり、存在を示せ。」
先程の竜車が再び開かれ、ふわりふわりと淡い光に包まれる。かと思えば、直ぐに一際眩しく光り、薬瓶や本、化粧品の類であろう粉や石鹸等が浮いている。
そして、竜車のすぐ後ろの地面からは、巨大な石柱に括り付けられたこれまた巨大な鐘が現れた。
大男が手に持った黒く焼け焦げた捻れた木の棒で地面を突付けば、竜車の横の地面が持ち上がり、3つ程の段差が出来る。そのまま大男が木の棒をサラリと竜車の上を通したかと思えば、先程まで浮いていた品々がその後を追う。そして、今し方出来たばかりの段の上を一振りし、下へと棒を向けると、白く光って浮いていた商品達は、綺麗に段へと並んだ。
「おぉ〜、凄い・・・。」
「なんだいお客人、
「謳の国、ですか?」
「そうさ、ここは謳の国、フィルフラントの中核都市、ファルムンデだよ!」
言い終わると同時、鐘が大きくその身を揺らす。その音色は高く澄み渡り、この世のものとは思えぬほどに美しい。
「おぉ、朝だ!」
「あぁ、朝だ!」
「リーナ、今日は俺を!」
「いや、私を!」
「今日こそは僕の番でしょ?ねぇ!リーナ!!」
「・・・!?一体、どういう事だ???本が、喋った??」
「うん!この子達はね、謳の物なんだよ!」
「謳の物?」
「そう!謳の国の謳の物!!」
「???」
「え〜と、おじさん、どこから来たの?」
おじさん、と呼ばれたことに多少のショックを受けつつ、ワイワイガヤガヤとした街人達の喧騒を背に会話を続ける。
「俺は、北の大地、ベガンザゾスから来た。」
「そっか。あそこから来たんだ!」
「!?お前、知ってるのか?」
「うん、知ってるよ。フィルフラントの人達は遥か昔にベガンザゾスから移り住んできたらしいから。まぁ、本当かは知らないけどね。」
「おい!リーナ!!俺様を疑うなんて酷いじゃねぇか!!!俺様は魔女の本だぞ!!」
「「そうだ!そうだ!そいつを疑うってことは俺たちのことも信じてねぇな!?」」
一斉に魔女の本と呼ばれた者たちががなり立てる。
「別にそんなつもりじゃないよ!それよりも!!ベガンザゾスから来たのなら、魔法は知ってるでしょ?」
「あぁ、知ってるぞ。」
「謳っていうのは、ベガンザゾスで言う魔法の事だよ。こっちに魔法が伝わって改良された後、謳って呼ばれるようになったんだよ。」
「へぇ、って言うことは、そいつらは・・・結局何なんだ?魔導書か?」
「魔導書?良くわからないけど、この子達は元謳宿り。魔法が宿った物だったんだよ!」
「魔法が、・・・宿った・・・?確かにそういう物はあるけれども・・・。」
「長い間魔法に触れてたから、この子達自身にも魔法が掛かって謳の物に変わったんだよ!そっちでは何ていうのか知らないけど。」
「んん〜。いや、あの大陸にはそんな物は存在しなかったからなぁ・・・。」
「そうなんだ!まぁ、この子達は喋るんだよ!!」
「・・・まぁ、異国の地だしなぁ。そういうこともあるか。」
「うん、そういうこと!それで、おじさん。私の語り、当然聞いていくでしょ?フィルフラント銅貨1枚で良いよ?」
「え、あ、いや・・・。」
彼女は返事も聞かず、再び竜車に小さな部屋を設けている。そして、今日は誰だと本隊と騒いでいる。そんな光景を横目に、どうしたものかと俺は頭を抱えた。というのも、フィルフラント銅貨1枚と言えば、それなりに上手い昼飯が食える程度の額だ。年端もいかぬ語り部の少女に渡すには少々大金すぎる気がする。おまけに、現在は路銀不足なのだ。ここに立ち寄ったのも、少し詩でも詠って路銀を稼ごうと思ったからだ。それなのに、拘束され、おまけに金を取られる。挙げ句、金を払う相手は年端もいかぬ少女。正直あまり気が進まない。
「さぁおじさん!準備はできた?出来たらまずはお金を!!流石に話だけ聞いてそのまま逃げるなんてこと、しないでしょ?」
「うぅ〜む・・・。」
流石はキャラバン隊と言うかなんというか・・・。それを言われては確かに断れない。
「わかった、これで良いか?」
「うん!ありがとう!!他の人達もどうですか?フィルムンデ名物、リーナの語だよ〜〜!!早くしないと始まっちゃうよ〜〜!!」
「リーナちゃん、私もお願い。」
「アタシにも頼むよ!」
「俺にも頼む!」
「僕も!」
「・・・。お前、凄いな。こんなに人気なのか?」
「そうだよ!それじゃぁ、そろそろ始めるね。」
「おっしゃ!今日は俺だ!」
「いや私だ。」
「そうだなぁ、今日は魔女の物語にしようかな。聴いてくれる?」
「もちろんよ!」
「チェッ!」
「何だよ、たまには読んでくれよ〜。」
「大丈夫、皆ちゃんと読むから。」
「約束だぜ〜。」
「うん、約束!それじゃ、始めるよ〜!【季節の魔女の物語】」
「今からは、想像もつかないほど昔、まだ謳が魔法と呼ばれていた時代にある一人の魔法使い、魔女が居ました。これは、そんな魔女の物語です。」
先程までの天真爛漫で元気な少女の姿は鳴りを潜め、彼女葉堂にも逆らい難い不思議な魔力を持った一人の語り部へと変貌した。その声に、誰ひとり抗えず、飲まれていく。勿論、俺もだ--。
彼女はそれを一瞥し、喋る本を手に取り、ゆっくりと語りだした。
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