忌々しいこんなルールなんて
「それで、本当にここに居座るおつもりですか?」
「そう言ったじゃないかハニー」
「ハニーって言うな」
つれない女神も乙なものだ。
彼女(?)が思いつかない様な事を、即興で発言する事で、彼女の読心をうまく機能させない様にする事が出来ることを俺は知った。
しっかし、心の中で、いつまでも『彼女(?)』と語尾を挙げて思考するのは、なんだかつんのめるな。
よおし。
「そういえば女神さんって『元々は』、男なの? 女なの?」
「男です」
「マジ? やった! オレ、男好きなんだよね」
「じゃあ女です」
「マジ? やった! オレ、女好きなんだよね」
「無敵か」
「性別は二種類しかないって、どっかの大統領も言ってたけど、そこで手詰まりとは情け無い」
「……うるさいなぁ……」
「うるさがってる女神さんも可愛いなぁ……」
「はぁ…………」
女神さんは溜息も映える。今日もお美しい。
「あなたは、私がいかつい男の姿にでもなったら、さっさと転生するのですか?」
「いや? 元々転生なんてするつもりはないよ」
「はい?」
「転移だってごめんだね」
「何でですか?」
「人と同じって、なんか嫌なんだよね」
「ただの逆張りじゃないですか」
「そうかもね。女神さんになら何て言われてもいいや」
「バカタコカスゴミクズキモい奴」
「いい歌だね」
「歌じゃありません罵倒です」
「韻を踏んでた」
「踏んでません」
「俺を踏んでや?」
「踏みませんけど蹴りたいです」
「蹴ってもいいよ?」
瞬間、空気が爆ぜる。目の前が真っ白になって、上下の感覚を失う。まぁ元々、ここは白と灰色のマダラ模様で、上下の感覚は危ういのだけれど。
とかなんとか呑気な事を考えているうちに、地面と思しき面に激突して、それでも勢いは衰える事なく、またも体は跳ねる。今度は先ほどよりきっと低い跳ね方をしているんだな、と相変わらずに呑気に思いながら、体は面白いくらいくるくると高速回転しつつ、飛ぶ。飛ぶ。飛ぶ。
またも衝突、ごりゅん、と聞いたことのない音を響かせながら、二回目の時よりずっと低いが、またバウンド。
それで大体の勢いが殺された様で、次の着地では殆ど体は跳ねず、まるでカーリングのように床面を滑っていく。
漸く全ての運動エネルギー(?)が解消され、静止した時には、自分の身に何が起きたかを他人事のようにちゃんと理解できていたのが、ちょっと意外だった。
生前、何かしらのアクシデントで怪我を負う時とか、あの事故にあった時もそうだったが、状況を把握するまで数秒
から数分を要することも珍しくなかったのに、ここでは全てが明瞭に、克明に感じ取れたのが、不思議だったのだ。
てか、痛っ
てぇ。
😅
思わず頭の中でおじさん構文の絵文字の羅列が迸る。💥💦
半端ない。☝️💦
蹴られた。🦵⚽️
多分、『蹴っていいよ』って、言ったからだろうな。😅💦☝️
「大丈夫ですか?」
俺が吹っ飛んだことで開いた長大な距離を、いつの間にか数メートルに縮めつつ、コツコツと歩き寄りながら、女神さん。
大丈夫な訳がないのだが、いつものトーンで女神さんがそんな事を宣うもんだから、俺ってば、
「大丈夫大丈夫、全然平気。いい足してんねぇ」
なんて宣っちゃう。もう見てらんない。
というのも、俺は俺の主観を持ちながら、ここでは俯瞰でも俺を見る事ができるのである。だから、はたから見てる自分が如何に痛々しいかを、しかと認識できる訳だが、これは酷い。😔
何にせよ、心身のイタみに痛がりながも、冷静に観察できる自分もいると言うのは、なるほど確かにここは現世とは異なる道理の世界なのだろう。と思う。
女神さんが横たわる俺を覗き込みながら、二の句を告げる。
「公正である為に忠告しておきます。わたしは許可された事であれば可能です。悪しからず」
足だけに、ね。と、心の中のおぢが暴れだす。
鎮まれ俺の右おぢ!
……右おぢって何だよ。
「肉体を現世に置いてきているつもりになって、余り無茶をされますと、精神の方が参ってしまうかもしれませんね。気をつけた方が身のためです。尤も、私にとってはそれも一つの道ですけどね」
そう冷たく言い放つ女神さんの表情に、どこかスッキリした、清々しい晴れやかなもの感じたのはきっと、錯覚じゃないのだろうけれど。
錯覚ということにしておこうかな。
しかしどうしたことだろう、女神さんは少しばかり背が縮んでいるように見受けられる。その美しきお顔もどこか先ほどまでよりも若々しく感じられる。元々とても、若々しくてお綺麗なのだけど。
何だろう、今は『女神さん』というよりは、『天使さん』に近い感じ。上手く言えんけど。
「勝手なことばかり思わないでください。失礼ですよ」
「勝手に人の心を読まないでください。失礼ですよ!」
「…」
天使さんがジト目で俺を見る。それだよそれ、その顔が見たかった。
「キモ…」
「キモいよな、俺。天使さんは可愛いのに」
「もっかい、『蹴っていいよ』って言ってください」
「ダメ」
「蹴り許可を所望します」
「そのうちね」
「チッ」
遂に舌打ちをするまでに心を開いてくれたんだなぁ、と嬉しくなりながら、俺は眉を寄せて距離を取る天使さんを見つめる。
「いい加減立ったらどうですか?」
「こんな大怪我して立てるかい」
「忘れましたか? ここは現世ではありません。病も気の持ち様、じゃないですけど、気持ち次第ですよ」
「ひょ?」
そう言われるや否や、なんだか体の痛みとか外れとかほぐれとか、全部元通りになっていく気がした。
「すっげぇ、便利だね。いくらでも蹴られ放題じゃん」
「許可されます?」
「しない」
笑顔で首を横に振り、俄かに力を込めて跳ね起きる。
決まった! これには天使さんも見惚れているに違いない。
「運動できる子がモテるっていう時代と世代がありますよね、人間には」
わたしはお前らとは違う、という拒絶を受け取ってぴえん。でもこんな事でめげる俺ではないのだ。
「さっきの話だけど、君が今更どんな姿になっても、転生するつもりはないよ」
「なんというか、偽善ですね。欺瞞でしょうか」
「俺がそれを許可したら君はそれが出来るんだろうって事も理解した」
「ああ、その狂った頭でも理解できてしまいましたか」
次第に歯に衣着せぬものいいが多くなってきたが、これは心を開いてくれてきている証左なので、問題ない。
「ほんと狂った脳みそ」
天使さんはツンデレだからなぁ。
「好きに思えばいいですよ。実際は違いますから」
天使さんは俺のことが実は好きだからなぁ。
「無限の系に無限の時間を与えても、わたしがあなたを好きになることはありません」
天使さんはツンデレだなぁ。
「うるさい」
そう言ってまた蹴ろうとしたのであろう天使さんにが、そのまま硬直する。
さっきは蹴りの動作なんてまるで見えなかったけれど、今は蹴りの入りの動作の形で体が固定されてしまっているので、そうと気づくことが出来た。
それと同時に、天使さんから光のオーラが抜ける様に瞬き、そして天使さんはほんの数センチだけ、縮んだように見えた。
「ははーん。察するに、何か力を行使するとエネルギー的なものを消費して、縮むとみた!」
「チッ」
天使さんが舌打ちと共に硬直を解き、体勢を立て直す。
「今のは許可していない事をしようとしたペナルティかナァ?」
「…」
俺なりの推測を披露する。
なるほど、だんだんここのルールがわかってきたぞ。
1、天使さんは俺が許可したことしか俺には何も出来ない。
恐らく会話などは許可無く出来るのだろうが。それ以外のことについて、天使さんは本来なら可能なことが制限されているのだろう。
「あなたを蹴ったり殴ったり、強制送還したりしたいのに出来ないのはその為です」
「人の口調を真似ないでください。私はそんなこと言っておりませんからね」
「あなたと手を繋いだり肩を組んだり出来ないのはその為です」
「それは許可があってもしたくありませんね」
「ツンデレなのもその為です」
「しね」
『もうしんでるYO! AHAHA』と小粋にツッコミを入れつつ、続きを考える。
2、天使さんは力を行使すると縮む。
顔立ちなども若くなる。天使さんははじめから、人間で言うところの20代半ばぐらいの若々しさをお持ちであったが、力を使うたびに若返るような変化を見せるのだろう。今は20代はじめぐらいという所か。
しかしこれは……もしどんどんと力を使っていったら、次第に子供や赤ん坊になって、最後は消えてしまうのだろうか? そう思うと、天使さんに力を使わせるのは避けた方が良い様に思う。会えなくなるのは嫌だし……(正直今くらいの年齢が一番好みなので。)
「殴る許可を所望します」
「これこれ、力を使うでない」
「ビンタでも良いですよ」
「君がいなくなったら寂しい」
「私はあなたがいなくなったら清清します」
「ぴえん」
「しね」
『もうしんでるってばYO! hehehe』と小粋にツッコミを入れつつ、続きを考える。
……あれ、他になんかあったっけ?
「やはり狂った脳……」
「天使さん、だいぶ心開いてくれたよね」
「拡大解釈にでも分類しましょうか」
「うんうん、そうだね。天使さんは今日も天使だね」
思い出した!
3、この空間で受けた傷は気の持ち様。
イメージが像を結ぶと言う性質とも関係するのだろう。それそのものとも言うことができるが、傷を負ったりしても、それは現世と全く同じルールに縛られている訳では無く、俺のイメージ、気持ち次第でぱぱっと治ったりするようである。なんでこんな風になっているのかはわからないし、天使さんに聞いてもどうせまた「現にこうなっており、そういうものだからです」とか言うに決まっているので、今は考えても仕方ないかもしれない。
「あなたがここに残ることはイレギュラーですけどね」
知らん! こんな空間つくったほうが悪い! 寧ろ今までの死んだ奴らが全員転生したりしてったのかってのがまずもって疑問!
「全員が全員、転生や転移出来る訳ではありません」
「へっ? そうなの?」
「ええ。 死後どのような選択肢があるか、裁定が降るかというのは、人それぞれ違うのです」
「ふーん、死者は一律同じ経路を辿る訳ではないのか」
「皆さん一度、今際の際の場所に来られることは来られるんですけれどね」
「ここの景色とか天使さんとか、誰にとってもこういう見た目って訳じゃないんでしょう?」
「そうです。信仰がある者はその信仰に近い形の像を結ぶでしょうし、ないものであっても其々の心象風景を映し出したりと、様々です。それに合わせて言葉も変わるので」
「言葉も?」
「はい。今際の際の場所、という名称も、あなたにとってのものでしかありません。そして私たちはそもそもの話として、日本語でコミュニケーションしていますよね」
「なるほどね、人によってここの名称も異なるし、使用言語による影響も受けるのか」
「心と文化と言語は切っても切り離せないものですからね」
なんか話が飛躍している気もするが、久しぶりに真面目に話してくれてオレってば嬉しくって嬉しくって。
そう思った途端に天使さんが嫌そうな顔をして身を引いたが、素直な反応を見せ合える間柄であることも嬉しくって嬉しくって。
「余計なこと考えてないで早く転生してください」
「やーだよ」
「何でですか? 先ほど言っていた人と違うのが嫌だと言うのは、本当の理由じゃないように感じましたが」
「それはまだ天使さんにも秘密なのですよ」
「喋り方きもちわる」
「ご指摘感謝します」
「なんなんだコイツ」
とてもフランクになってきたなぁ天使さん。却って頑張って丁寧語を使ってる様の可愛らしさが倍増するし、普段丁寧語で喋ろうとしてるのにタメ口になっちゃうのめっちゃ可愛いと思う。
「喋るのやめようかな」
「ごめんて」
「調子に乗らないでくださいね」
「おう、天使さんが言うんだから、仕方ない」
「なんなの」
「オレなの」
「なんなの……」
疲れないと言っていたくせに、疲れたようなそぶりを見せる天使さんに胸キュンしつつ、今日も二人で過ごす時間はゆっくりと流れていく。
「あ〜蹴りたいなぁ」
「物騒だなぁ天使さんは」
「許可してくれませんか?」
「力使いすぎてどんどん縮んで会えなくなるの嫌だし」
「そういう理由で嫌なんですね。わたしはそうは思いませんけど」
「そうかい。まぁあれだな、オレがもし『蹴って良いよ』って」
瞬間、破裂音。凄まじいソニックブームと共に体にかかるGの強さに驚く。
はは〜ん、仮で『蹴って良いよ』って言うだけで蹴れちゃうのかぁ。
オレの本心とか心で許可してないとかは関係ないんだなぁ。
そんなことをまた呑気に思いながら、蹴られた箇所の激痛と、まも無く訪れるであろう着地の衝撃に備えて、俺は心を閉じた。
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