第2話
待ち合わせの瑞江駅は混雑していたが、改札のそばで待つ康生の姿をすぐに見付けることが出来た。
まるで言い合わせたかのような、白シャツに黒のワイドパンツを合わせたシックなモノトーンコーデに驚かされたが、それよりも、康生のぎこちない表情がまどかの不安を煽った。
気合いが入り過ぎだと引かれているのかもしれない――
そう感じた瞬間、ふわりと表情を和らげた康生が駆け寄った。
「浴衣、すごく似合ってる」
「え、本当ですか?」
「うん。いつもと雰囲気違って驚いたけど」
「何か……七五三みたいになってませんか?」
「全然。大人っぽくて素敵だよ。黒が似合う女性はすごく素敵だと思う」
会って数秒で、本日のクライマックスとも言えそうな状況を迎えていた。
まどかは照れ臭くて、一瞬視線を逸らした。
「混雑すると思うから、はぐれないでね」
「はい」
「それこそ埋もれて見えなくなるから」
小柄なまどかを茶化すように康生がふっと笑いかける。
「大丈夫ですよ。私が中原さんを探せますから」
まどかは長身の康生を見上げながら豪語した。
「おおーっ」と歓声が沸き起こり、夜空を見上げる人々の顔が真っ赤に染まった。
「始まったね」
「はい」
それからしばらくは言葉を交わすこともなく、瞬きする間も惜しむくらいに、川面と夜空を華やかに染め上げる花火に見入っていた。
「わあ、今のすごく綺麗でしたね」
まどかが不意に視線を向けると、康生は動揺した様子で視線を巡らせた。
「そ、そうだね」
「嘘。今、余所見してましたよね」
「あ……いや、ごめん。横顔とうなじに見とれてた」
予想外の言葉に、まどかの顔は熱を帯びた。
「誘ってくれて嬉しかったです。実は今日の為にこの浴衣買ったんです」
「えっ、そうだったんだ」
康生は目を丸くした後、はにかんだ笑顔で「嬉しい」と呟いた。
大人っぽい黒の浴衣に合わせたアップスタイルだったが、本当は恥ずかしくてハーフアップに変えようかとギリギリまで悩んでいた。
「あっ」
まどかは小さく声を上げた。
「どうかした?」
「あ、いえ……」
自身の勘違いに気付いたまどかは、恥ずかしさで体がかあっと燃えるように熱くなり、帯に差していた扇子を取り出して風を送った。
「――あっ、気付かなくてごめん。しんどくない? 何か冷たいもの買ってこようか?」
康生はどこまでも紳士的だ。
「いえ、飲み物まだありますよ、大丈夫です」
暑いのは人熱れのせいではない。
『デート』
『初めて』
『黒』
『うなじ』
――初めての花火デートは、大人っぽい黒の浴衣がいい。浴衣姿のうなじなんて最高――
健全な男の至って普通の会話だったに違いない。
勘違いして可笑しな妄想を繰り広げていたのは、まどかのほうだった。
「またデートに誘ってもいいかな」
「はい、もちろんです」
まどかは、康生に褒められた黒の浴衣の下に準備してきた黒のそれを隠すかのように襟を正した。
【完】
盗み聞き 凛子 @rinko551211
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