6-4.悪魔を滅ぼす者の名は -The Devil’s Pain-
小夜ねぇが魔人となり行方不明となってから、一ヶ月がたった。
季節は梅雨が開け、これから夏真っ盛りという時期だ。
今俺と陽菜がいるのは東京と呼ぶにはやや緑が多い土地の、その外れの廃工場のような場所……から更に少し離れた廃材置き場の物陰だ。
双眼鏡で廃工場の中をどうにか覗き込めないかとあれこれ画策してみる。
俺の耳につけたインカムから、今回の作戦をサポートする役割の村瀬さんの声が聞こえる。
「繰り返すけど、今回の任務は契約犯罪者によって誘拐拉致された女性の解放。人質の命が最優先だから不要な戦闘は避けて」
「しっこ〜ぶ、けいやくはんざいしゃ、しょり……その先を忘れたのダ」
「執行部契約犯罪者処理課第一係。フッ、コレぐらい言えなくてどうする?」
「桃也だって最近ようやく噛まずに言えるようになったくせに」
インカム越しの村瀬さんの説明などお構いなしに話しかけてくるアラガミに返事をする俺と、更に俺にツッコミを入れる陽菜。
「ちょっと二人とも! 聞いてるの!?」
インカムの向こう側からイライラする村瀬さんの声が響く。
◇
「ちょっと二人とも! 聞いてるの!?」
D-PAIN本部ビル一室。
例の一件により半壊状態となった本部ビルの中でも被害を受けなかった一室で、パソコンに向かいながら桃也と陽菜をサポートする村瀬がイライラとしながらインカムを外す。
「……はぁ。相変わらず緊張感のない……。あれから少しは成長したかと思えば」
「まぁまぁ。魔人小夜の行方も依然としてわからない今、ジタバタしてもしょうがないしさ、ちょっとくらい気が緩んでてもいいんじゃないの?」
毒づく村瀬を諌めるのはD-PAINの所長ことリチャードだった。
やわらかい口調ではあるが、この先の戦いを想像して、少しだけ真面目なな顔をするリチャード。
「ただ、彼女が言っていた『新しい世界』とやらのために、彼女が近いうちに何かしらアクションを起こしてくるのは間違いないだろう」
「……」
「そもそも彼女が何故、魔人への進化方法を知っていたのか。何故私たちD-PAINをあそこまで敵視したのか……謎も多い」
人間から魔人への進化方法。その詳細な手順はリチャードですら知らなかった。
悪魔と契約した最初の世代であり、D-PAINの前身組織に身をおいていた経歴もあり、なによりD-PAIN発足のキーマンであったというこのリチャードは自他共に認める悪魔に関する第一人者の一人だ。
そのリチャードすら知らないことを、六藤陽菜は知っていた。のみならず、振り返ると彼女の行動には謎が多い。
例の襲撃に際し、小夜の悪魔イズレエルが操り人形のように操作していたとされる黒尽くめの人形。その人形が携行していた武器はどこから調達したのか。中にはこの日本では手に入りづらい銃火器もあった。
何より、イズレエルの能力がリチャードが把握しているそれを遥かに上回る性能を有していたことも大きな謎の一つだ。
黒尽くめの襲撃者は数多くいた。それぞれをまるで生きているかのように独立させて動かしつつ、自分もまたイズレエルの能力で村瀬の影の中に潜伏していたのだ。いくらなんでも能力の分散範囲が広すぎる。
──イズレエルは百体程度までなら体を分割できるの。
そう彼女は言っていたらしいが、そもそも分裂する特性がイズレエルにあることは聞いたことがない。
いつか自分が裏切る時のため、能力を隠していたということだろうか。
それもあるかもしれない。だが、あの能力が “後天的に得た力” だったとしたら、そっちのほうが遥かに危険だとリチャードは考えていた。
なぜなら、黒尽くめの人形たちが持っていた銃火器の入手についても、イズレエルの能力が後天的に強化されたことについても、そして、魔人への進化方法を知っていたことも、一本に繋がってしまうある仮説を裏打ちをするようなものだからだ。
(六藤小夜を “支援する組織” がある)
一個人ではなく、バックアップする組織の存在。
そしてその組織は、この国で銃火器を入手するルートを持ち、リチャードよりも悪魔に精通し、そして魔人を生み出す手引をするという、およそ考えうる限り最悪のテロ組織だ。
考えるだけで嫌悪感が顔に出そうになる。
が、こんなのはいつものことだ。悪魔が初めてこの人間世界に顕現してから十五年。多かれ少なかれずっとこんな状況なのだ。
一般市民は知らないが、十五年前からずっと人類は絶滅の危機に瀕している。ただそれだけだ。
「きっとまた激しい戦いになる。それまでは平和にいこうよ」
気持ちを切り替え、いつもの柔らかな笑顔でリチャードは村瀬に告げた。
「毎日事件が起きてるんだから平和もクソもないんですよ!」
が、村瀬はそんな複雑なリチャードの想いを察することは無く、「事件中に不謹慎な事言うな」という至極当然の怒りを込めて冷めた目で己の上官を睨みつけた。
「にゃーん」
こういう時はネコのふりをしてごまかすに限る。
昼夜を問わず四六時中、黒ネコのような顔を保っているのはこんな時のためでもあるのだ。
◇
「痛み止め、飲んだ?」
「うん」
陽菜が俺の右肘を見て、小さい声で聞いてきた。俺も小声で答える。
俺の右腕はもう、無い。左眼も同じく。
あれから一ヶ月経ち、欠損した部位はもう戻ることはないが、少しずつ傷口自体は塞がりつつあった。しかし、まだ完治ではない。
かといって傷が癒えるまで大人しく待機など俺にできるはずもなく、俺は痛み止めを飲みながら現場へと出ている。
傷口が疼くたびに、小夜ねぇとの戦いを思い出す。
「アラガミ」
「はいナ!」
アラガミは俺が最後まで言うよりはやく、その力を俺の左眼と右腕に宿してくれた。
失った部位の末端が一瞬だけ温かくなったような気がした後、俺の左眼にはアラガミの千里眼が、右腕には爪と鱗に覆われた腕が宿っていた。
この朱色に燃える左眼は、人間のそれよりはるかによく見える。
双眼鏡ではわからなかった、廃工場の中までまるでサーモグラフィーを通して見ているかのように、誰がどこにいてどういう体制なのかが把握できる。
「陽菜」
「うん?」
「俺達、強くなろう。もっともっと強くなって、次に小夜ねぇに会った時に後悔させてやろう。悔し泣きさせてやろう」
「うん!」
もっともっと戦って、沢山の人を助けて、強くなろう。
いつかきっと小夜ねぇとの再会があるはずだ。
これは、予感ではなく確信だ。
ただ、その先にあるのはもしかしたら残酷な結末かもしれない。
「うぉおん! カチコミな〜のダ!」
「ああ! 行くぞアラガミ!」
「……え? 正面から? もっとこっそり──」
テンションがマックスまでぶち上がった俺とアラガミは息をあわせ、廃工場に鼻息荒く飛び込む。その直後、陽菜が何かを呟いていたが、よく聞き取れなかった。
「なんだぁ!? テメェは?」
絵に書いたような武装したチンピラが俺の前に立ちはだかり、俺は何者かと問うてくる。
俺は何者かって?
「D-PAINだ!」
俺は家族のために魔人の必滅を誓うD-PAINの百地桃也だ。
そしてこれは、俺の物語。
いつかキミを殺すまでの道のりの、その始まりの物語。
The END
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