2-2.日常 -an ordinary day-
俺たちが洗面所でドタバタやるよりも先に、小夜ねぇは準備を終え、家を後にしていた。
同じ家なのに別々に出て待ち合わせをするとは……これもうデートじゃんねぇ!
いや、デートなんだけど。今更ながらに実感したというか。
そういえば、最近どこかに出かけるとか買い物をする時の相手はだいたい陽菜だったな。
俺と陽菜は同い年だし、同じ高校に通っているので生活リズムが合う。必然、行動も二人一緒が多い。
一方で、年上で社会人の小夜ねぇは最近は単独行動が多かった。
小夜ねぇが学生の時は三人で行動してたから、よく考えれば俺と小夜ねぇの二人だけでどこかをブラつく、遊びに行く。ということは殆どなかった。
待ち合わせの場所は電車と地下鉄を乗り継いだ先の都心に新しくできた大型のショッピングモールだった。
人多っ!
駅のホームから直結で入ることができるショッピングモールは改札を出た瞬間からまぁまぁの人で賑わっていた。
こんな人混みの中で小夜ねぇを見つけられるかな。そんな心配に狩られるが、それは杞憂に終わった。
ショッピングモールの入口にあたる開けた広場のような部分、俺にはよくわからないがどこかの有名な建築家がわざわざデザインしたという大きなモニュメントの下に小夜ねぇは立っていた。
初夏っぽい爽やかなネイビー色の半袖ニットにオーバーサイズのデニムパンツとちょっと底の厚いサンダル。手にはトートバックというコーディネートだ。
うわー。
うわわー。
かっっっわ!
小夜ねぇの顔は、可愛い顔というよりは美人系統の顔だが、今日のカジュアルな格好は彼女の雰囲気をいつも以上に柔らかくし、少しだけ幼く見せた。
眩しすぎる。こりゃこれだけの人混みでもすぐに見つけられるわけだわ。
俺もう目潰れそうだもん。サングラス必須。
思考が馬鹿な方向へ流れ切ってしまう前に、俺は小走りで小夜ねぇの方へと向かう。
「おまたせ。待った?」
「んーん、大丈夫。さ、行こっか」
「なにか見たいものあるの?」
「ん〜……具体的にコレ、ってのはないんだけど。どんなお店入っているのかなぁって全体的にゆっくり見て回りたいかなぁ」
小夜ねぇはウィンドウショッピングをご所望だった。
最近はずっと仕事で忙しそうにしてたもんな。特に目的も持たずにブラブラしたいのかもしれない。
「モモちゃんは何か見たい所とかないの?」
「俺は夏用の上着が欲しいかも。薄手のジャケットとか」
「これから夏だけど、来週からしばらくはちょっと涼しいって天気予報で言ってたもんね」
「うん」
俺はつい、うんと返事をしてしまったが違うのだ。
来週とかじゃなくて、今欲しいんだ。ていうか今着たい。
だって隣の小夜ねぇがオシャレすぎる。
それに引き換え今の俺はというとただの黒いTシャツにジーパン。
以前、陽菜に強く勧められて買ったそこそこお高めブランドのモノだが、良し悪しがよくわからない俺からすると、小夜ねぇと比べてまるで自分がスマホゲーにおける無課金ユーザーにでもなった気分だ。
少なくとも、並んで恥ずかしくない格好でいたい。
「モモちゃんもちゃんとオシャレしてきてくれたんだねぇ。デートって感じでちょっと嬉しいかも」
二人並んで歩き出すと、唐突に小夜ねぇがクスッと微笑んだ表情でそんなことを言った。
いや、ただのTシャツにジーパンなのですが。
「いや、ただのTシャツにジーパンなのですが」
しまった。心の声がそのまま出てしまった。
「そうだけど、今日はカッコ良いシャツとデニムだね。いつものクタッとした感じじゃなくて」
そうなのか。値段が高かった記憶はあるが一目でわかるほどなのか。
「モモちゃんは背が高いし筋肉もしっかりついているから、今日みたいなシンプルで体のラインが出る服装がよく似合うよね。カッコ良いよ」
「そ、そうかな」
照れてポリポリと頭をかく。
全く自覚はないし正直良くわからないが、いつものTシャツ&ジーパンと今日のTシャツ&ジーパンはだいぶオシャレ度が違うらしい。
これは陽菜に感謝だな。
勧められた時は『Tシャツにこの値段!? こいつ正気か?』とか思ってごめん。俺は心のなかで陽菜に謝った。
「でもねぇ」
小夜ねぇからのお褒めの言葉に俺は素直に喜んだが、当の小夜ねぇはジト目になった。なにか含みがあるらしい。
「コレ、陽菜の趣味でしょ?」
「ぬぬ……」
なんと、そこまでわかるとは。
「ほんのちょーっとだけ背伸びした感じの格好させたがるよね〜陽菜ってさ〜。私はモモちゃんが着る服はもっと素朴な方が好きだなぁ〜」
この場にいない陽菜の趣味にプリプリと文句を言い出す小夜ねぇ。
たかがTシャツとジーパンに背伸びとか素朴とか全然わからないのだが、細かい好みの差があるらしい。
「なんかな〜! ちょっとな〜! 私とのデートなのに妹のコーディネートで来られるのはかなしぃな〜!」
「えぇー!?」
さっきまで良い感じに俺を褒めてくれていたのにいつの間にか雲行きが怪しくなってきた。
ど、どうしよう。
「あ、じゃあ小夜ねぇが俺の服選んでくれない? 俺よくわからなくて」
「え? いいの!?」
取り繕うように小夜ねぇにコーディネートを頼んでみたのだが、これが思いのほか小夜ねぇに刺さったようだった。
「よーし、じゃあお姉さんがモモちゃんをカッコよくしてあげるねっ!」
そう言うと小夜ねぇは俺の手を取り、ショッピングモールを楽しそうに歩き出すのだった。
いろんなお店を覗き、歩き疲れればコーヒーショップで一息を入れ、またモール内を練り歩く。
小夜ねぇに勧められるまま着せ替え人形のようにあれこれと服を試着してみたが、小夜ねぇを納得させる品はなかったようで、結局何も買っていない。
しかし小夜ねぇはなんだかんだ満足しているようだし、悪くない時間の過ごし方だったのだろう。
気づけば日が傾く時間帯になっていた。
今俺たちはモール一階のお土産系スイーツが並ぶエリアで買って帰るお土産を選んでいた。
並ぶお店の中に見知ったロゴマークを見つけて思い出す。
「あ、ハニカンのドーナツ買わなきゃなんだった。ちょっと買っていい?」
ハニカンとは “ハニー・カントリー” という老舗のドーナツメーカーだ。ハニーの名前の通り、上質なハチミツをふんだんに使った素朴なドーナツが有名で、スイーツの定番と言えばコレ!というハニカンマニアも多い。
そのハニカンのドーナツを買う約束をしていたのだった。
「陽菜?」
だいぶ言葉を端折っているが、陽菜が頼んだの?というニュアンスで俺の顔を覗き込む小夜ねぇ。確かに陽菜が頼むには珍しいチョイスだから不思議に思ったのだろう。
陽菜は和菓子が好きだもんな。
「や、アラガミ……」
そう。約束の相手はアラガミだ。
面白半分に初めてアイツに食べ物を与えてみた時の食べ物がまさにコレだった。それ以来、アラガミの食の基準がこのハニカンのドーナツになってしまったのか、アラガミはここのドーナツに目がない。
今じゃハニカンのドーナツだけじゃなく、ドーナツと名がついてれば何でも食い尽くさん勢いだ。
今度、ドーナツと称してタイヤでも与えてみようか。アイツなら食いかねないな。
ともかく、今日はここのドーナツをアラガミにお土産にする代わりに “俺がデートしてるあいだは出てこない。邪魔しない” という平和条約を結んだのだ。
そうでなければアイツが外出先でこんなに大人しいわけない。
「プッ! あはははは!」
俺の返答が予想の斜め上だったのか小夜ねぇは思い切り吹き出して笑った。
「アラガミちゃんってホント変わってるよね〜」
よほどツボに入ったのか小夜ねぇはなおもお腹を抑えて笑いながら言う。
「ホントだよね。なんで俺の悪魔だけあんななんだろ」
「そもそも普通の悪魔は、契約者が呼ばない限り勝手に出てこないし、喋ったりもしないしね〜」
「前から思ってたんだけど、会話しないのにどうやってみんなは悪魔を使役してるの?」
会話の流れで前から聞いてみたかった事を聞いてみることにした。
小夜ねぇのイズレエルも陽菜のバエルも、言葉を喋ったりはしない。
前に所長から聞いた話によると、アラガミのように自発的に喋る悪魔は極稀だそうだ。前例がないわけでもないそうだが、基本は喋らないんだとか。
じゃあどうやってコミュニケーションを取るんだろうか。特に戦闘時における意思の伝達は命に関わる問題だと思うんだけど。
「う〜ん、言葉で説明するのも難しいんだけど、会話はしなくても意思の疎通はなんか出来るんだよねぇ」
「ほぅ」
「頭の中ではイズレエルが何を感じているかわかるし、イズレエルにも私が何をして欲しいかちゃんと伝わってると言うか。ただ、最初からそうだったわけじゃなくて、ずっと一緒にいることで段々と自然にそうなってきた感じかな」
なるほど。
悪魔と契約者は心が密接に繋がっている。それを利用して、自分や相手のして欲しいことを互いに汲み取ると言う感じなのだろうか。
ここら辺は信頼関係とかも必要そうだな。だからベテランの契約者ほど自分の悪魔とのコンビネーションが上手なのかも。
「あとは多分、悪魔によっても意識というか知能レベルにだいぶ差があるんじゃないかなあ」
「知能レベル?」
俺はハニカンの店員にあれこれとドーナツを指差しながら並行して小夜ねぇとの会話を続ける。
「大半の悪魔が喋らないのって、たぶん単純に私達と会話が行えるほど頭が良くないからな気がしてて、悪魔ってもっと考え方が原始的な気がするんだ」
「原始的……」
「少なくとも私のイズレエルは私に対して『アレしたいコレしたい』って投げかけてきたりはしないんだよ。こっちの投げかけには反応してくれるけどね。あっちからは、もっとシンプルな感情が伝わってくるだけ」
「感情が伝わってくるだけ、か」
その話から考えると、アラガミは悪魔の中ではかなり高度な知能を持っているということになるのだろうか。
「ちなみにイズレエルからはどんな感情が伝わってくるの?」
俺は料金を支払い、店員からドーナツの入った紙袋を受け取ると小夜ねぇの方を向いた。
「……」
「小夜ねぇ?」
小夜ねぇからは返事がない。
店員と支払いのやり取りをするため、少し会話のテンポが悪くなった合間に小夜ねぇは別の場所に視線を移していた。
彼女はモールの窓ガラスから見える外の景色に釘付けのようだ。俺も視線をそちらへ向ける。
モールの外では広い敷地内のスペースを活かしてフリーマーケットのようなものが催されているようだった。
今俺たちがいるエリアはこのモールに入った時の入り口とは反対方向なので今の今までこっち側のエリアでこんなイベントが行われているとは気付かなかったな。
「行ってみよっか」
「まだ時間平気?」
「もちろん」
そろそろ帰ろうかという頃合いではあったが、明確に時間を決めているわけではない。
ちょっとくらい家に帰るのが遅くなったところで、陽菜も取り立てて何も言うまい。
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