受難

 十字架刑っていうのはひどい刑罰だ。「奴隷のための罰」とも呼ばれるくらいだ。おれたちは奴隷じゃないが、まあ極刑に処せられるくらいのことをしでかしたのは確かなので、この通り、鞭で殴られる順番を待つはめになっている。


「ひとぉーつ!」


 十字架刑の罪人を殴るための鞭は特別なものだ。革ひもを束ねて、動物の骨や、金属片なんかをゆわえ付けてある。


「ふたぁーつ!」


 いま殴られてるのは、カルトの教祖だ。誰もむち打ち役人に袖の下を渡していないのか、めちゃくちゃに鞭打たれていた。あれ、あのまま死んじまうんじゃねえのか?


「次はお前の番だ」

「へへ、お手柔らかに」


 おれは鞭打ち役人に、ほんとうはバラバ親分のぶんだった袖の下を渡してあるから、ここで殴り殺されるようなことはない。


「ひとぉつ!」


 いてっ! いてえ! 手加減してくれるんじゃないのかよ、畜生!


「きゅうじゅうきゅう!」


 おれは息も絶え絶えになりながら、自分がはじめて殺した男のことを思い出していた。あのとき、おれは得意の絶頂だった。力を持っている山賊と、弱い村人。あそこでは誰もおれたちに逆らえなかった。力を持つということは絶対的だ。暴力とは他者を支配する力のことだ。しかし、だとしたら。


「ひゃく! 終わりだ!」


 結局、一番強い暴力っていうのは。ペン一本で人を死刑にできる奴が持っているやつのことなんだな。あーあ。


「十字架を背負え。丘まで歩くんだ」


 おれたち三人――えーと、おれと、ディスマスと、あとカルトの人――は、ゴルゴダの丘に向かって歩き始めた。背中に、十字架の木が食い込んで、ひどく痛む。歩くのは大変な苦痛だった。だが、倒れそうになると、ヤジが飛び、顔に水をかけられる。そう、十字架刑は公開処刑だから、沿道は見物人ですずなりだった。


「よし。到着だ」


 おれたちは釘で十字架に打ち付けられ、十字架の上にさらされた。どうにもなかなか死ねそうにないのが実にしんどい。よく考えたらむち打ちを軽くしてもらうより、死ぬまで殴ってくれるように頼んで賄賂を渡すべきだったかもしれない。


「菓子ー、菓子はいらんかねー。菓子を買ったらそこの罪人の罪状も教えてあげるよー」


 人が多いもんだから行商が出ていた。いい気なもんだ。こっちは地獄の苦しみを味わっているっていうのに。


 さて。死ぬというのは暇なものだ。隣のやつと話をするくらいの元気はまだ残っていたから、おれはちょっとカルトの人に声をかけてみた。


「あんた、ユダヤの王なんだって」

「そうです」

「だったら、そこから逃げてみせろよ。ついでにおれたちも逃がしてくれると助かるんだがな」


 そうしたら、なんとディスマスのやつに口を挟まれた。


「ゲスタス。おいらたちがこうなるのは、当然の報いだと思わんか?」

「そりゃそうだけどさ」

「だが、この方は何も悪いことはなさっていない。なのにこうして、十字架の刑に甘んじておられるんだ」


 こりゃ驚いた。いつの間にかカルトに洗脳されちまったのか、ディスマスのやつ。


「はっきり言っておきます。あなたは、天の国に入ります」


 とかなんとか、言われてディスマスは涙を流していた。けっ。


 あーあ。


 おれまでカルトの洗脳の二の舞にならないように、せいぜい気をつけよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

十字架昇架 きょうじゅ @Fake_Proffesor

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ