第1話

『 第 一 部 』


(第一章)【一口サイズのケーキ】


あきらは、モテない二枚目である。


そんなあきらが、意を決っして、一つ先輩の友美に告白したのである。


その日のサークル活動終了後の午後七時頃に、大学の最寄り駅で、帰りの電車に飛び乗ってすぐ、お互いのアパートの方向が同じであることを口実に、友美を夕食に誘ってみた。


「友美先輩、今日はお疲れ様でした。ちょっと先輩に相談したいことがあるんですけど、これから時間ありますか? 夕食食べながら相談に乗ってもらえると助かります。」


「いいわよ。お腹すいちゃったしね、どこで食べるの?」

友美はにこやかに答えた。


「では、新宿で降りて食べませんか?」

「そうしましょう。」

あきらは、嬉しくなって気持ちが高ぶるのを抑えるのに苦心していた。


「どうもすいませんね、お手数お掛けしてしまって・・・。」

「いいのよ、気にしなくて。私も夕食作る手間が省けるから。」

「自炊してるんですね、自分は毎日外食なんですよ。」

「女性は、一人で外食するのは難しいから、仕方ないのよね。」


友美は少し節目がちに言っていたが、あきらには彼女の女性らしい一面が、また魅力的に見えたのだった。

「本当にいいんですか?」

「もちろんよ、私で良ければ。」


あきらは、事前に調べておいたレストランに向かうため、新宿駅で下車した。


西口の高層ビル街にある、新宿住友三角ビルの最上階の五十二階にある展望レストランに行ったのです。


エレベーターで上がって正面にそのレストランはあり、彼は、眺めの良い窓際のテーブル席ではなく、店の真ん中にある席に座ることにしていた。


八時前にレストランに着いた時、思った通り窓際の席は全部カップル客で埋まっていた。


あきらは、店の入口でウエイターに真ん中の席を指定してから、立っていたすぐ側にあったコールドケースの中にある値札二万四千円の大きなデコレーション・ケーキを指差して、計画どおりに注文した。


学生のあきらにとっては大きな出費であったが、一ケ月のアルバイトで補填できる金額でもあった。


「いらっしゃいませ。」

「このケーキ、お願いします。すぐにテーブルに持ってきて下さい。」

「かしこまりました。」

あきらが店のウエイターさんに平然と言うと、友美は目を丸くして、

「ちょっとー、こんなに大きなケーキ、とても食べ切れないよ~。」

と小さな声で言った。


「いいんですよ。これは、挨拶代わりなんですから。」

「え~?」

笑いながらそう言うあきらに、彼女は相変わらず不可思議な顔をしていた。


二人が席に着くと、すぐにその大きなデコレーション・ケーキが運ばれて来た。


周りのお客さんの中には不可解な顔でその様子を見ている人が何人もいることに、あきらは気付いていた。

「こんなに大きなケーキ注文してしまって、もう・・・」

友美は、申し訳なさそうだった。


「ははは、大丈夫ですよ。見てて下さい。」

あきらは、自分たちが食べるそれほど高価ではない料理を注文する前に、運んで来てすぐ側で待機したままのウエイターにお願いした。


「そのケーキ、大き過ぎるんで、このテーブルの上で、食べ易いように一口サイズに切ってもらえませんか?」


「承知いたしました。」

ウエイターが一旦奥に下がると、厨房の方から細長いナイフ二本とフォーク、それに小皿がいっぱい積み重ねられたサイドテーブルを押して、白いノッポの帽子を被ったシェフと一緒に戻って来た。

そして、友美の目の前で、職人芸の技を披露して、見事に一口サイズに手早く切り分け、小皿に乗せていった。

「すごーい! 流石一流のシェフさんだわ。」

友美が歓心して声を漏らした。


あきらは、側にいたウエイターに、間髪なく、次のお願いをした。


「すいませんが、そのケーキ、今この場にいる周りのお客さん全員に、


『中央の席のお客様からのプレゼントです。』


の一言と、このカードを付けて一斉に配ってもらえませんか?」


と言うと、あきらが事前に一枚一枚全部に、


『この日があなたにとって特別な日になりますように!』


と、書いてポケットの中に忍ばせていた小さなカードの束を取り出し、手渡した。


「かしこまりました、お任せ下さい。」

そのウエイターは同僚のウエイターと手分けして、その一口サイズのケーキを五十人程の他のお客さん全員のテーブルへ、あきらの指示通りに運んでいた。


ひととおりウエイターが配り終えるのを眺めていた友美は、あきらの目を見つめて、

「あなたって、キザな人ね。」

「いや~、そんなつもりはなかったのですが、今日はなぜかロマンティックな気分なんですよ。それに、今のハッピィな気分を、この世の全ての人に分けてあげたくなったんですよ。」


あきらが、頭の後ろを右手で掻きながらそう言うと、

「やっぱりキザね。あきら君、沖縄に彼女はいないの?」

「沖縄にも、彼女はいませんよ。恥ずかしい話ですけど、生まれてこの方、女の娘とお付き合いした経験は一度もなくて・・・」

またも頭を掻いていた。


「そんなふうには見えないわね。理想が高いのかな?」

友美は意外そうな顔をしていた。


「理想が高いなんてことはないですよ。自分は男だけの四人兄弟の末っ子で育ちました。だから、家の中の女性は母親一人だけで、同じ年代の女性に対して、どう接していいのか、全く分からなかったんです。」


「そうだったんだ。」

「モテない言い訳なんでしょうけどね。」

と、あきらは少し離れたところにある窓に目をやりながら答えた。


「ところで、私に相談したい事って、な~に?」

友美は声のトーンを変えて訊いてきた。


「ごめんなさい、あれは友美先輩と食事したかったために、口から咄嗟に出た、でまかせです。本当にすいませんでした。」

あきらは、相変わらず頭を掻いていた。

「あはは、しょうがない人ね~!」

彼女は包容力もあり、手を口に当て上品に笑っていた。


その店は、フロアーの中央付近を通って出入り口にあるキャッシュに行くようになっていたので、みな、あきらと友美のテーブルの側を通って行った。


そのなかには、あきらが期待して狙っていた通りに、

「ケーキありがとうございました、お似合いのカップルですね。」

と、あきらと友美に声をかけてくれる男性客もいた。


そもそも、あきらが友美と出会ったのは、大学に入学して間もなくであった。


地方から出てきた田舎者のあきらは、英語に興味があったので、英会話サークルに入会した。


サークル活動初日の休憩時間は、一人教室の廊下に出ていた。

そこで彼は、サークルの一つ先輩で、都会的な雰囲気を持ったハイセンスな女性の友美と知り合ったのである。


彼女は、田舎では滅多に出会えない、色白で背が高く上品な感じのする綺麗な人だった。彼女が、あきらの側を通り過ぎがてら、笑顔で話しかけてきた。


「こんにちは、文学部二年の友美です。新入りさんですよね?」

「こんにちは。自分は、今度新しく入りました政治経済学部一年のあきらと言います。」

「あきら君、東京の人ではないですよね。お郷はどこ?」

「はい、沖縄です。」

「やっぱりね、遠くから来てるんだ。沖縄出身の人がうちのサークルに入るのは初めてだと思うわ。私は金沢なんですよ。」

彼女の透き通るような肌の白さは、沖縄ではまず見かけることはなく、その肌理の細かさに、あきらは見とれていた。


「お年は?」

「十九です。」

「同い年なんだ~、これからよろしくね。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。」


そう言うと彼女は、優雅な足取りであきらの前をゆっくりと通り過ぎ、廊下の端を右へ回って姿が見えなくなった。


この日、あきらと初対面であった二年生の友美先輩は、本当に美しかった。

こんな美人で感じの良い人に彼氏がいないはずがないと思い、好意は持っていたが、その日以降も差し障りのない挨拶を交わすだけであった。

 

入学して二ヶ月、サークルで千葉県にあるペンションへ二泊三日の合宿に行くことがあった。

電車で目的地に向かうことになったのだが、偶然にもあきらは、その電車の中で友美と向かい合わせの席に四人で座ることができた。


その時、四人で会話するうちに、お相手が誰なのか知る芳もなかったが、彼女にはお付き合いを始めた彼氏ができたばかりで、先月まで彼氏がいなかったことを知ったのである。


あきらは、勝手に、彼女にはずっと以前からお付き合いしている彼氏がいるものと思い込み、最初から諦めていたことを後悔していた。

その日は、一日中、頭の中が真っ白で過ごしていたのであった。


ところが、九月に入って、あきらはサークルの同僚から思いも寄らないことを耳にした。

あきらは、友美がたった三ヶ月で、お付き合いしたばかりの彼氏と別かれてしまっていることを聞いたのだ。


それで、あきらは、今度こそ彼女に自分の気持ちを告白してみようと決心し、新宿の高層ビルのレストランに誘ったのだった。


食事を済ませると、時刻はあっという間に九時半になっており、割り勘にしようとの友美の申し出をあきらは即座に断り、一人で店のキャッシュを済ませてから、友美をアパートまで送って行くため新宿駅へ向かった。


電車の中では、来る時とは違って、今度は空いている席がいくらでもあったのだが、二人で昇降口のドアの側に取り付けられたポールにつかまって立っていた。


あきらの身長は一七九センチ、友美と並んで立つとちょうどあきらの目の高さよりも少し高い位置に友美の頭が来るので、履いていた靴の高さを差し引くと、彼女の身長は一六七センチくらいだろうかと、ぼんやり考えながら、外の夜景が後方へ飛んで行くのを見ていた。


「あきら君は、いつもこんな風なの?」

「はい、そうです。貧乏学生なんで、大学に入学してからは、友美先輩で九一七人目なんですよ。」

あきらは、その日は九月一七日だったことから、携帯電話の日時を確認しながら、そう答えた。


「またまた~、冗談ばっかり言って、そんな訳ないでしょう。携帯の日付けは大丈夫? でも、今日はありがとう。」

「いえいえ、今度はクリスマスイブの晩に、帝国ホテルのレストランで、友美先輩の手料理をご馳走してもらうんで、気にせんといて下さい。」


「あはは、おかしい。そうね、帝国ホテルのレストランにカップラーメン持ち込んで一緒に食べましょうね。」

と、他愛もない会話を交わしていた。


そうこうしているうちに電車は目的地の駅に着き、そこから十分ほど歩いて友美のアパートの約五メートル手前まで来たところで、あきらは、

「それではまた明日。」


と、あっさり言って、それまで二人で歩いて来た道を逆に駅に向け、一度も振り返らずに一人で歩き出した。

友美はアパートの門の前で、あきらの後ろ姿が見えなくなるまで、じっと突っ立ったまま見送っていた。


あきらは、ところどころ街燈の灯かりに照らされた百メートルくらいの真っ直ぐな下り坂をゆっくり歩いて、左へ曲がるやいなや今度は一転して、最寄駅まで猛然と一気にダッシュした。


そして、駅に着くとすぐに券売機付近くで、息を切らせた状態のまま、息が楽になるのを待たずに、左手を左膝の上におき上半身を支え、体がくの字になったまま、友美にLINE電話をかけたのであった。 

すると、彼女もすぐに携帯に出た。


「もしもし、はあ・はあ、友美・せ・ん・ぱ・い。」

「あっ! あきらくん、どうしたの?」

「ふ~う、駅まで全力疾走して来たっ。」

続けざまに、あきらはこの息苦しいままのタイミングだと思って、思い切って告白したのです。


「いきなりだけど、俺は君のことが好きだ。 俺の彼女になってほしい!」


あきらの気持ちを察知していた友美ではあったが、今日のあきらの行動とこのタイミングでの告白は、全く予想していなかった。

それでも、友美はあきらの激しい息づかいが収まるのを待って、落ち着いた声で静かに答えたのであった。


「あなたの気持ちはとても嬉しいわ。今日はとても楽しかったし、いっぱいお金使わせてしまったね、どうもありがとう。でも、私、心の整理がついてないから、もう少し時間をくれない?」


「『もう少し時間を』って、まだ前の彼氏のことが忘れられないんですか? 俺が忘れさせてあげますから・・・。」

「ちがうの!」

「『ちがう』って、何が違うのですか?」

あきらは、熱くなっていた。


「あなたが私のこと好きでいるのは嬉しいけど・・・。それ以上に、今日のあなたは、自分の行動に酔っているように見えたわ。だから、時間がほしいの。」


あきらは、友美のその言葉を聞いて、頭がバットで殴られたような気がした。

それ以上、言葉を続けることができなくなってしまい、


「分かりました、それでは今日はこれで。」

と言うのが精一杯で、電話を切った。


帰りの電車のなかで、あきらはシートにどっかり座り、ボッーと外を眺めていた。

月明かりが街を照らし、その明かりが電車のなかまで差し込んでいた。


その月を見上げて、

『確かに、今日の自分は自分の行動に酔っていた。彼女のことが好きだという気持ちに嘘はないが、その気持ち以上に、彼女をびっくりさせ、感激した顔を見るのが好きなんだ。


本当は、いろいろ自分で考えを巡らし実行に移すこと自体が好きなだけだったんだ!彼女は、それをしっかり見ていた。』

と、思っていた。


友美は、あきらよりも、はるかに大人だったのです。

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