泡沫の雪

鳴代由

プロローグ

 ──この夢が覚めたら、私たちはどうなっちゃうんだろうね。


 茉白ましろは、海に沈んでいく太陽を眺めながらそう言った。きっと、泣くのを我慢していたのだと思う。茉白の声は震えていて、すぐに消えてしまいそうなくらいに儚かったから。


「……茉白?」


 私は、茉白の顔を見れないまま、茉白の名前を呼ぶ。茉白も私のほうを見ないまま、言葉を続けた。


「私、ここから離れたくない」


 言い終わった後、茉白は体育座りをした膝に顔を埋める。そのまま、茉白は私の名前をしきりに呼ぶ。


綾羽あやは

「うん」

「……綾羽」

「うん」

「あやは……」

「うん」


 茉白のこもった声に、私は頷くことしかできない。

 その間にも、太陽はどんどん海に沈んでいく。夜は、もうすぐそこにあった。太陽が沈んでいくからか、辺りの空気もだんだん冷たくなっていく。夏も近いとはいえ、まだ春の空気が、そこにはあった。


「……茉白」


 名前を呼んでも、茉白の返事はない。私は茉白との距離を少し詰めて、ぴったりとくっつくように座った。茉白の体温が少しだけ伝わってくる気がする。

 そして私は、もう一度茉白の名前を呼ぶ。


「茉白」


 茉白はゆっくりと顔をあげ、泣きそうな顔をしながら、私のほうに目を向ける。


「なぁに、あやは」


 風邪を引いた子供が、母親に甘えるような声色だった。そんな茉白の様子に、胸がちくりと痛む。

 私はそっと茉白の手を取る。茉白の指先が、冷たくなっていた。


「茉白、帰ろう」


 茉白は一瞬だけ私から目を離し、もの惜しげに海に視線を投げる。けれどすぐに私のほうに向きなおり、にこりと笑った。


「うん。帰ろう、綾羽」


 ぎゅっと握り返された手は、不思議と温かく感じた。

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