6 ジーキル博士とハイド氏
イサミは学校の帰りにトイタの家に立ち寄った。
家族経営の病院と家屋のちょうど境目に位置する、父親の書斎で暇をつぶした。柔らかいブラウンの絨毯が床一面に敷き詰められ、部屋に入ってすぐ目の前にしつらえられた応接スペースには、ウォールナットのローテーブルが置かれている。ローテーブルを挟んで黒い革張りのソファが二台、向かい合わせに並んでいる。
イサミとトイタはソファに寝転んで、思い思いに棚から取り出した本を広げた。イサミはロバート・ルイス・スティーヴンソンの『ジーキル博士とハイド氏』を、トイタはダシール・ハメットの『マルタの鷹』を読んだ。
目が疲れてくると、部屋を見渡してイサミは息を抜いた。
いくつもの棚に隙間なく詰め込まれた大量の本とレコード、真鍮に硝子をはめ込んだ質実なつくりのランプシェード、ローテーブルと揃いの重厚な書斎机、飾り棚に並べられた外国製の陶器、壁にかけられた抽象絵画、オーディオ機器。
大きな振り子時計の針がちょうど一周したとき、書斎の扉が開く音がして、イサミとトイタは身を起こした。
「いらっしゃい」トイタの父親がゆっくりとした足取りで部屋に入ってきた。
「お邪魔しています」イサミは頭を下げる。
「スティーヴンソンか、なかなか悪くない」トイタの父親は微笑んだ。「イサミ君、久しぶりだね」
「お久しぶりです」
「お父さんは元気かい?」
イサミは頷く。「はい、相変わらず」
「それはなにより。お父さんによろしく伝えてくれるかな? なんと言ったって、彼と僕は同級生なんだから。あと——」トイタの父親は綺麗に整えられた口髭を撫でる。「そろそろ……いや、いつの日か、イサミ君のお母さんの墓前に手を合わせたいな」
言い終えると、トイタの父親は穏やかな笑みを浮かべて、書斎から出て行った。扉が静かに閉まった。
※ ※ ※
イサミとゲンノウは明け方に家を出て、小型車で山の斜面を上ってゆき、奥まったところに広がる大麻畑に行った。
あたり一面に、高さ三メートルほどに成長した収穫前の大麻が生い茂る。南東の山間から吹き抜ける白南風を受けて、もうもうと立ち昇る浅緑の濃い煙のように、茎と葉が揺れている。収穫の季節がやってきた。
「次は南東の角から麻抜きに取りかかれ」指を差してゲンノウは言った。
大麻畑の端までイサミは歩き、麻の茎を一束握る。握った麻を根もろともへし折る勢いで引き抜き、根についた土を払い落として脇に置く。同じ動作を何度も繰り返し、麻の束を積み重ねた塚をつくってゆく。
ゲンノウは刃渡り五〇センチほどの直刀——麻切り包丁を振るい、イサミが積んだ麻の根と葉を切り落とし、茎だけにしてゆく。それを直径二〇センチほどの量に取り分けて、縄で束ねる。
強い日射しを麦わら帽子で避け、首から垂らしたタオルで汗をふき、二人は無言でひとしきり、一連の作業を反復した。
麻の束がある程度の量になると、ゲンノウは鉄砲釜に湯を沸かした。音を立てて煮えたぎる熱湯の中に束ねた麻を突っ込むと、色が鮮やかな緑に変わり、茎から泡がいくつか浮かんだ。頃合いを見計らって、湯につけた麻を引き上げ、ぐるりとひっくり返して反対側も熱湯に浸す。
ゲンノウは汗だくになりながら作業を続けた。湯かけを終えた麻が溜まってくると、イサミは湿った麻を担ぎ上げて、大麻畑のすぐ隣の干場に運び、地面に敷き詰めた竹の上に並べて干した。
「少し出てくる」三時すぎにゲンノウが言った。「寄り合いだ」
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