謎のトイペ

そういえば田中さんのことを忘れていた。


だいぶ経ったと思うが、忘れられているのかもしれない。


そんなもんだろう、たくさん病人がいるのだ。


自分一人にはかまけてられない。


けっ! と拗ねた舌打ちした後、再びやばい事を思い出す。


トイレ、行きたいけどなぁ……


オムツ取らなきゃ良かったかなぁ、でも大は流石に出来ないよ。


「おーい、田中さーん」


シーン、と沈黙が返ってくる。


自分でも遠慮がちな声だから、聞こえないのだろうか?


もっと、うわーー! とか、大声出さなきゃダメか?


でも、まだ耐えられるしなぁ。


・・・


おいおい、かなり待ったぞ。


なんで、来ないんだよ!


ざっけんな!


イライラしてくるが、腹式呼吸をする。


待ってる間も、何度も「トイレー」とか「田中さーん」とか「ご飯はー?」


等々、段々と大きくなる声を出しているのだが、一向に来ない!!!


くっそーー!!


あと、もう一回叫ぶ! それで来なかったら漏らす!


そう決意して、すーーーっ!! と息を吸ってー。吐いてー!


ガチャ


「ありゃ、起きてた」


あの怖い眼鏡のおかっぱ頭を見ると、しおしおしお、と力が抜けていった。


「ちょっと、なんで拘束抜けてんのよ。オムツも散らかしてー! 誰が片付けると思ってるの!」


申し訳ねぇ。


「すいません、片付けなくても、汚い部屋でいいです。はい」


呆れたように、顔を顰められた。


「もー、まぁいいか。ご飯食べるでしょ?」


「はっ! はい! あ! あと、あと大便が出そうです!」


あー、間に合うか? てか、ワンチャン外のトイレ行けるか?


「あっ! トイレ? 女の子が大便なんて言わないでよ、もー」


「てへへぇ、べろん」


てへぺろにもなってない高速唇ぺろぺろを披露するが、顧みられずさっさとドアの外に行ってしまった。


仕方なく手の甲で唇を拭く。


看護師さんはすぐ戻ってきた。


手にはカギなのか、この拘束してる黒いプラスチックくるくるを取るための丸いのを持っている。


じっくり観察したいが、今はトイレだ!


注射の時と同様に手際が良く、全部の拘束をあっという間に解いてくれる。


「じゃあ、そこにあるから。ゆっくり立ち上がってよ? 立ちくらみするかもだからね」


えっ!? ここでするの?


そう思ってたら、なんか、床に穴みたいなのが……


「あのー。ここに、するんですか?」


「そうよー。早くしてよ」


うわー。ぼっとん便所ってやつじゃんこれ。


まぁ、仕方ない。


尊厳など、無いのだろう。


跨って大をする。


「あの、紙は……」


「あぁ、どうしようかな? ちょっとそのままでいてね。動かないで」


「はい……」


尊厳とは……


昭和の時代だったら普通だ、そう思って自分を慰める。


ん? 今って? 元号は?


「あのー。今何年何月何日ですか?」


「知らなーい」


この人やっぱり冷たいなぁ。


でも、ドアの向こうからトイレットペーパーを取ってくれた。


感謝の気もちぃ!


「なんで、このトイペはこんな風にパタパタ折られてるんですか?」


「いいから、早くしてよ」


「はーい」


もう、期待するのもバカだ。


何故だか新聞で出来た四角い折り紙うつわの中に、一定の長さで畳められたトイペが入ってる。


なんだろ? 経費削減かな? でも、こんなの作る方が大変じゃないかな?


そう思いながらも、お尻を拭いた。


うぅ、ウォシュレットが欲しい……。


臭いままかと思ってたが、外で何らかの操作をしたのか、じゃばー! と勢いよく水は流れていった。


でも、なんかまだしょんべんくさいよ。

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