こらえた涙はどこへいく

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こらえた涙はどこへいく



サユリは、小さい頃から泣くのが苦手だった。


悲しいことがあっても、悔しいことがあっても、涙をこらえて笑うのが癖になっていた。泣いてしまえば、誰かが困るかもしれない。泣いてしまえば、自分が弱くなってしまう気がした。


だから、どれだけつらくても、サユリは泣かなかった。


──けれど、ある日、祖母が静かに言った。


「こらえた涙はね、ちゃんとどこかへ流れていくんだよ」


サユリは不思議に思った。涙を流していないのに、どこへ行くのだろう?


そんなことを考えながら日々を過ごしていたある日、サユリはふと、祖母の庭の片隅にある小さな泉を見つけた。


水面は静かで、澄んでいて、どこか懐かしい。


そっと覗き込むと、泉の底には光る小さな雫がたくさん沈んでいた。それは、まるでこらえた涙のようだった。


サユリが指先でそっと触れると、ひとつの雫がふわりと水面に浮かび、ゆっくりと消えていった。


「……涙って、消えるの?」


すると、背後から祖母の優しい声がした。


「いいえ、涙はね、こうして泉になって、心の奥で静かに流れているのよ。そしていつか、本当に必要なときに、ちゃんとあふれるの」


サユリはもう一度、水面を見つめた。


泉はとても穏やかで、どこまでも深く、静かに輝いていた。


そして彼女は初めて、自分がどれほど涙をこらえてきたのかを知った。


その夜、サユリはそっと涙を流してみた。


不思議と、少しだけ心が軽くなった気がした。


こらえた涙は、どこかへ消えてしまうわけじゃない。

ずっと心の奥に流れ続けて、いつか本当に必要なときに、静かに溢れ出すのかもしれない。

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こらえた涙はどこへいく sui @uni003

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