父①
あの日は会社で、俺は疲れ果てていた。これでまだ週半ばだなんて。今週末は家族で遊園地へ行く約束だ。仕事は積もりに積もっているが終わらせる。
後輩からパワハラの相談を受けた。別部署だったが、放っておく選択肢はなかった。結果的に上と喧嘩して、俺は降格処分になった。パワハラはもみ消され、後輩から「ご迷惑かけてすみません」と謝罪された。謝罪すべきはこいつじゃないのに。
家族に詳しい話はしていない。妻には降格したことは言ったが「あなたが悪いことをした訳じゃないんでしょ」と笑ってくれた。少なくなった給料だが、絵里と悠真は大学まで行かせてやりたい。
最近、家族ときちんと話をしていない。絵里はバレーで高校のスポーツ推薦が決まっているし、悠真は小学校が楽しそうだ。4人で話がしたい。
帰ろうかと思っていた所でスマホが鳴った。妻の幸恵だ。
「悠真が、絵里が……!」
要領を得ない妻を落ち着かせて話を聞くと、悠真と絵里が喧嘩をして外に飛び出し、まだふたりとも帰宅しない。
血の気が引く音がした。
「すぐ帰る。探しながら帰るから、君は家にいて。警察に連絡して、いい?」
電話の向こうで「はい」と涙声が聞こえる。妻は優しく気が弱い。絵里はしっかりした真面目な子で、悠真は素直で穏やかな子だ。今日に限ってなにかあったのだ。
会社を出て、子どもたちの姿を探しながら走る。もう暗く視界は悪いが、子どもたちを見間違えるはずがない。
そんなことを考えて通勤で使う歩道橋の下まで来た時、道路の向こうに息を切らせた娘を見つけた。
「絵里!」
思わず叫んだ。
「パパ!」
絵里も俺を見て叫んだ。そして歩道橋ではなく、道路に躍り出た。車のハイビームが娘を強く照らす。
「ゆーまに」
絵里の声は途切れた。俺の耳に届いたのは、車のブレーキ音とドンッと重いものが跳ねて落ちる音だった。
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