「肝煎桜」~『羽州の郷土伝説』より~

肝煎桜きもいりざくら


 昔むかし、東北地方一帯は飢饉ききんにくるしんでいました。


 嵐の夜、とある羽州うしゅうの村の肝煎きもいり(庄屋)、九兵衛きゅうべえのもとに一人の僧侶が一夜の宿を求めました。



 僧侶は宿代として銀子ぎんすを差し出しました。


 九兵衛は、この旅の坊さんがもっと金を持っていることに気づきました。


 そこで村の男たちと共謀して金を奪い、僧侶を村の入り口にある桜の巨木に吊るして殺してしまいました。



 九兵衛は僧から奪った金で米を買い、近隣の村に分け与えたため、九兵衛が肝煎きもいりとして管轄する村々では一人の餓死者も出ませんでした。娘たちも売らずに済みました。そこで人々は九兵衛を大いに称えました。


 村人の多くが僧侶は自ら命を絶ったのではなく殺されたと知っていましたが、彼らは九兵衛に感謝していたので誰も殿様に訴え出たりはしませんでした。



 しかし、翌年の、九兵衛らが旅の僧を殺してしまったまさにその日。


 九兵衛の一家と僧侶の殺害に関わった者たち、合わせて七人が桜の木で首を吊っているのが見つかりました。枝を大きく張った巨木のあちこちに、七人もの人間の身体がぶら下がっている様は実に異様だったといいます。その中には、まだ赤ん坊だった九兵衛の子供さえおりました。



 それ以来、村ではこの桜の木で首を吊る者が相次ぎました。さらに、突然、気がふれたり奇妙な死にかたをしたりする者も出ました。


 村人は桜の木を「肝煎桜きもいりざくら」と呼び、僧侶の祟りと噂しました。


 ある時、木こりが祟りを止めてみせると豪語し桜の木を伐ろうとしたことがありました。すると、振り下ろしたが自分の腹に刺さり、血飛沫をあげてたちどころに死んでしまいました。慌てた村人たちが木こりの家に走って伝えに行くと、木こりの家ではその年老いた両親、嫁さん、子供たちが、みな血まみれになって倒れていました。すべて木こりに殺されていたのです。


 村人は大いに恐れて都から高僧を呼びました。殺害された僧侶と、肝煎九兵衛たちの両方をねんごろにとむらってもらうと、その後、祟りはおさまったと言い伝えられています。



 この桜の木は昭和初期に伐採され、今ではこの地にはありませんが、桜の木があったとされる場所には現在でも小さな塚が残されており、桜塚と呼ばれています。


 ~『羽州の郷土伝説』より

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