第23話

「亡くなった娘の名前を新しく生まれた娘につけたって、相当変わってるよな。犬じゃあるまいし」


 と、皆月みなづきは布団の上に胡座あぐらをかいて言った。


 客室に帰ってくると夕飯の膳は下げられ、布団が敷かれていて、もう寝るだけの状態になっていた。


 かなでは窓際の椅子に座って腕組みしている。


「ヴィンセント・ヴァン・ゴッホは亡くなった兄と同じ名をつけられたぜ。だが、確かに少なくとも現代日本では、死んだ子とまったく同じ名前を次の子につけるというのは普通じゃないな。漢字を一字とるくらいならあるだろうが」


 部屋に戻る途中に自販機で買った缶コーラを奏はあおった。



「しかし、どうもせない」

 と、言う。

「先妻も先妻との間の娘も病死なのに呪うだのたたるだの。病死なのになぜそんな話になる?」


「俺にわかる訳ないだろ」



 あの後、女性従業員の新堂は、

「なんだか、お客様にぺらぺらと変なことをお話してしまって申し訳ありません。馬鹿みたいですよね」

 と、今さら心配になったようにそわそわしていた。





 奏は気難しい顔だ。



「生まれ変わった子供が祟るというパターンの有名な伝説がある。かさね伝説って、聞いたことないか」


「知らないなあ」

 と、皆月。


「要約すると、妻の醜い連れ子を嫌った男がその子を殺す。ところが次に生まれてきた子がその殺した子とそっくりで、「かさね」と呼ばれる。その子が長じるとまた醜さをうとまれて夫に殺される。夫は後妻をとるが、「かさね」は怨霊となって後妻をり殺す。また後妻をとるがまた殺す、次から次へとり殺すいうような話だ。いろいろなヴァリアントがあるが、歌舞伎や浄瑠璃でも有名な演目だ」


「端的に言ってヒドい話だな」

 と、皆月は肩をすくめた。


「今だったらルッキズムとか言われて怒られそうだ。それはともかくとして、桜子ちゃんは別に醜くはないだろう?」


「ああ、そうだな……。美醜に関係ないバージョンもある。やはり有名な、『こんな晩』という系統の怪談話だ。貧しくて食っていくことができないから、男が我が子を殺してしまう。まあ、口減らしだな。昔のことだ。避妊の技術もないんだろう、また赤ん坊が生まれる。生まれても養えない。だからまた殺すということを繰り返す。しかし、どうやら経済状況が改善したのか7人目の子は殺さず育てることにする。ある晩、赤子を月夜のもとで抱っこしていると、「おとう、こんな晩だったなあ。お前が最後においらを殺したのは」と、赤子が言う、という話だ」


「怖っ」


「我が子を殺すのではなくて旅の僧侶を殺して金品を奪い、その僧侶が我が子に生まれ変わって……というようなバージョンもある。これは旅人のようなよそ者を殺す『異人殺し』というまた別の一大系統と融合しているような感じだな」


 奏はあごを撫でた。


 考え事をする時の癖である。


「いずれにしても、祟ったり殺したり過去の罪を指摘したりするのは、前世で自分が殺されたからだ。だが、若島の先妻とその娘はともに病死だということだ。なんだかしっくりこないな」


「桜子ちゃんが呪うだとか祟っていると決めつけることはないんじゃないか。だいたい若島さんの娘なんだから亡くなった桜子ちゃんと今の桜子ちゃんが似ていることはありえるだろう。俺が見た首吊り死体は幻覚で、縄はやはり誰かの悪戯なのかもしれないし」


 と、皆月は指摘した。


「まあ、それはそうだ」


 と、奏は腕組みを解いた。


「ここで二人で話していてもすべて仮説でしかない。今日はもう寝るとするか」


 皆月にも異論はなかった。


 神経は高ぶっていたが、さすがに疲労も限界だ。なんだか頭がぼうっとしてきている。



 布団に入ると、ほどなく奏が室内の灯りを常夜灯にし彼も寝床についたようだった。



 薄闇が不気味だったしあれこれ思い出してしまう。疲れているのになかなか寝つけなかったが、それでも皆月はいつの間にか眠りに落ちた。

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