果てしない旅の中

風鈴はなび

果てしない旅の中

「やめろ…離れろ…そろそろ殺すぞ…?」


「ですがぁ…どうかどうか一杯だけでもぉ…」


「黙れ、ミイラに成りたくないならさっさと消えろ」

乾いた声の老人を跳ね除けて砂塵の丘を進む。

色も褪せたそのフードはまさに死人のそれだろう。


「あぁ…待って…待ってくださいぃ…」


「………」

あの老人は後一日もしないで枯れて死ぬだろう…だがこの場所で人に情けをかけるなんてそれこそ自殺願望の持ち主だけだ。

…それに俺の"力"を知ってる奴はみんな俺の敵なんだから。




「あっち行け…」

ボヤけた暗闇の中、蠍を手で追い払う。

穴蔵の外では砂漠に転がる死体たちを星の煌めきが嘲笑っていた。


「お前の生に…価値はあったのか…?」

穴蔵にあった誰とも分からない骨に問いかける。

当然返ってくる返事なんかない…でもその問いはきっと俺が心の底で俺自身に思ってることなんだろう。

価値とは他者に見出されるものじゃない、コイツもきっと自分の価値を探すためにこの地獄を歩いたんだ。

でもその果てに待ってたのは、孤独な死。


「あの世じゃ水、飲めるといいな」

骨を置いて人差し指をかざす。

せめても慈悲と言うやつか、それともただの気まぐれか。


「"この者にどうか恵みあれ"」

かざした人差し指からポタッ…と雫が垂れた。


「…何やってんだ俺」

たまたま見つけたただの骨、それでも俺は何かコイツには報われて欲しいと思ってしまった。

もしかしたら俺を重ねてたのかもしれないな…


「価値…か。俺も自分の事を…」

いいやこの先は考えても仕方ない。

未だに俺の価値を俺は知らない、もしそれを見つけられたらどれほど救われるのかもわからない。

だからこそ自分の手で確かめたいのだ、俺の価値は俺にしか見い出せなかったと信じるために。




「…村か」

見たところオアシスを囲んだ形の比較的裕福な村だ、ああいう場所はなにかと便利だから寄ることにしよう。


「…失礼、この村に宿はあるかな」


「む?なんだアンタ旅人かい、そりゃ随分とタイミングがいい!ちょうど最近空いた家がある、ちとここからは遠いけど…そこに気が済むまで住んでもらって構わないよ」


「本当か?それは助かる…お礼と言ってはなんだが受け取ってくれ」


「大丈夫だって!なぁにしばらくは同じ村の住人だ、仲良くやろうや」


「あぁまた会った時は酒でも奢らせてほしい」

その男と別れた後に出会う住人不気味な程に親切な人間ばかりで少し困惑してしまう。

しかしそこには人を騙そうという感情は感じられない。

そんな謎を抱えながら例の空き家に行ってみると貧相ながらも風や砂を気にせず暮らすには十分すぎる家だった。


「…寝る場所には困らないな」

そんな事を呟きながら扉を開ける。

すると家の中は人が住んでいると言わんばかりの内装だった。


「なっ…空き家ではないのか…?」

家の中にはベッドに机、本棚にタンス…しかもタンスの上には写真が一枚飾られており、そこには家族であろう三人が写っていた。


「…間違えたわけではない。出会った全ての人に聞いたがここは空き家だと皆言っていた…」

…とりあえず一度荷物を置いて村に出て適当な住人を捕まえて事情を聞くとするか。


「すまないが…ここは本当に空き家なのか?見たところ人住んでいる気配があるのだが」


「え?あそこの家?あぁ"トーパ"の家か。えぇあそこは空き家よ、三日前ぐらいかしらねぇ…トーパはに選ばれてね。もう彼女は神様のものになっちゃったから家も使われないわけよ」


「恵の…贄…か…そうかわかったありがとう」


「え、えぇ…大丈夫?顔色悪いけど水分足りてる?」


「あぁ心配は無用だ」


「そう…ならいいけど…」


「………」

そうかそうなのだな神とやら。

貴様は、どうにも俺が嫌いらしい。




「ここか…」

村のハズレにあったボロボロの小屋。

粗末な木製の扉を蹴り破るとそこには衰弱しきった今にも死んでしまいそうな人がいた。


「あ……あな、た…は…?」

掠れた声が俺の事を撫でる。

この人はまだ…こんな事になってもまだ他者への心を忘れてはいなかった。


「俺は…俺はただの旅人だ…」

今にも崩れそうな骨の積まれた床を進み、トーパと呼ばれていた人に近づく。

彼女の身体に両手をかざして目を瞑る。


「"どうかこの者に溢れんばかりの恵みあれ"」

掌から滲み出す水の塊が優しく彼女を呑み込んでいく。

三時間もすれば正常な機能を取り戻すだろう…その前に俺にはやらねばならない事ができた。

水の中にぷかぷかと浮かぶ彼女を小屋に残して村へと向かう。

砂漠の夜に煌めく星がなんとも静かに俺を照らしているのだった。




「ん…んぅ…あれ…?私…なんで?」


「目が覚めたか」

声も身体もかなり回復しているようで良かった。

弱々しく死を待っているだけのあの時の彼女とは大違いである。


「あなたは確か…旅人さん…?」


「…あぁ」


「でもどうして旅人さんがこんな場所に…」


「…なに道に迷っただけだ」


「それは大変…もし嫌でなければ私のお家に泊まっていってください。命を助けて貰ったお礼にもならないと思うけど…」


「…ならお言葉に甘えさせてもらうとしよう」


「…旅人さん、どうかなさいました?随分とその…疲れているようですが…」


「…君が寝てる間に少し掃除をしていたんだ、心配は無用だよ」


「なら良いのですけど…では参りましょうか」


「…君はまだ歩くのは危険だ、俺がおぶっていく」


「いいえそんな失礼な事…」


「…では強硬手段だ」


「きゃっ…!」

彼女をお姫様抱っこして小屋を出る。

人としての温もりや人としての息遣いが今の彼女にあることが何よりも嬉しい。


「着いたぞ、君の家だ。俺も少し失礼する」


「旅人さんはなぜ私のお家を知っているのですか?」


「昼間にここに来てこの家の事を聞いた。君が恵の贄にされたことも…君の家族の事も全部な」


「そうだったのですね…」

彼女は俯きながら自分のベッドに座り込む。

そしてタンスの上にある写真を懐かしむように見つめている。


「なぜ旅人さんは私を助けてくれたのですか…?」


「あの儀式は狂ってる…神から力を得るか干からびて誰かに悲しまれることもなく死んでいく。価値無き者を価値ある者へと他者が変えるなんてあってはいけないことだ」


「……旅人さん」


「その人間の価値はその人間にしか見つけることなんて出来ない。他者に価値を見出す権利なんてない…自分の価値を自分で決められないなんて間違ってる…!」


「…でも今の私にとって旅人さんは誰よりも価値のある存在ですよ」

彼女はそう言って俺の事を抱きしめる。

まるで泣いた子供をあやす様に優しく温かく俺の事を抱きしめる。


「私の事を助けてくれて…私のために怒ってくれる。そうやって私の全てを叶えてくれた旅人さんはとっても私にとって価値のある存在なんです」


「俺に…価値が…?」

​───俺の許可無く俺に価値を見出す輩は全員殺してきた。

故郷の連中も俺に擦り寄る金の亡者共もみんな殺してきた。

どいつもこいつも俺の価値を勝手に決めて、俺を利用しようとしたからだ。

でもトーパだけは違う、彼女の"価値がある"という言葉には今まで俺が感じたことのない何かが詰まっていた。


「旅人さんの言う通り、自分の価値は自分で見つけるべきです。でも他の人からすればそれは価値でもなんでもないかもしれない、要らないものかもしれない…でもきっといつかは"自分で見つけた自分の価値"に同じ価値を感じる人が現れるんです」


「自分と…同じ…」


「恵の贄になれなかった私にある唯一の価値…それはこうやって旅人さんを抱きしめてあげることだけです。どうですか旅人さん…私は旅人さんにとって価値のある存在ですか?」


「トーパ…君は…あぁ俺にとって…君は価値のある存在だ…誰よりも…」

俺のこの力に俺自身は価値を感じなかった。

俺の本当の価値をこの力に盗られてる気がしてたんだ。

でもトーパに"価値がある"と言われた時、この力に初めて価値を感じた…この力が俺にあったから彼女のことを救えた、それがとても価値のある事に思えたんだ。


「なら良かった…旅人さん、ぜひお名前を教えてくださいな」


「俺は…エルメナだ…」


「エルメナ…綺麗な名前ですね。宝石みたいで素敵です」


「ありがとうトーパ…本当にありがとう」


「感謝なんていりません。…でも一つお願いしたい事が…」


「俺に出来る事ならなんでもするぞ」


「まだ少し一人でいるのは怖いです…だから一緒に寝てくださいませんか…?」


「………ふっ了解した」


「ありがとうございます!」

夜の砂漠は一人で過ごすべし、そんな言葉を商人から聞いた記憶がある。

なんでも人の温もりに慣れてしまうともう一人では夜を過ごせなくなってしまうからだそう。


「この三日間は夜も寒くて指が取れてしまいそうでした…でも今はとっても温かいです…」


「安心して眠るといい、ここにはもう君の敵はいないのだから」


「すぅ…すぅ…」


「おやすみトーパ、また明日」

俺もしばらく寝るとしよう。

この村にはもう俺たち以外の人はいない、トーパが恵の贄から解放されたことを疎む者も蔑む者もいない。

血の染み込んだ砂でさえ、明日にはどこかに飛んで行ってることだろう。

恵の贄を根絶するためならば、俺は喜んで穢れに堕ちよう。

でも今は…今この瞬間だけは…価値あるものを抱きしてめて眠りに落ちても許されると信じたい。




「エルメナさんは旅人さんなんですよね?どこか目的地などは決めているのですか?」

砂塵の舞う地獄の中、彼女はそう聞いてきた。


「いや特には決めていない。だが強いて言うなら静かに暮らせる場所だ」


「ではそこを目指して旅をするのですね…私たちは」


「あぁ…しかしトーパ本当に良かったのか?あの村に二人で住むことだって出来たはずだが…」


「私はあの村好きじゃないので大丈夫です。それに母さんも父さんもきっと私にこう言ってくれるはずです…"いってらしゃい"って」

彼女は首にかけたペンダントを握りしめながら父と母の想いを汲み取っていた。

親、か…


「エルメナさん…あれ小さいですけど村ですよ!早速行ってみましょう!」


「…あぁ行ってみるか」

物心がついた時には小屋の中で一人きり、知らない内に得た"価値"を求めて色々な人間が擦り寄ってきた。

故郷の人を殺して俺は砂漠を旅し続けた、そうしていればきっと俺は"俺の価値"を見つけることが出来るだろうと信じて。

でも違った、そうじゃなかったんだ。

"価値"は見つけるだけではダメなんだ、それを"価値"として認めてくれる人に出会うこと…それを経てようやく"価値"が生まれる。


「こんにちは!私たち旅をしてまして、宿とかってありますかね?」

それを俺に教えてくれたのは…たった一人の生贄だった。


「宿ならそこにありますよ…ほれそこ」


「ホントだ!ありがとうございます!」


「行動が早い…まったく…砂嵐みたいだな…」

価値は他者によっては決まらない、だが価値を感じるのは他者である…

この旅の途中でトーパと出会えて良かったと心の底から思う。

俺一人では気づかなかった事を彼女のおかげで気づく事ができたのだから。


「トーパ!ちょっと待ってくれ!」


「エルメナさーん!早く早くー!」

俺はようやく俺に…いや俺の人生に価値を見出せた、トーパと二人で生きていくという人生に何よりも尊い価値を見出すことができたのだ。

俺とトーパ…二人の砂に埋もれている価値をこれからも探していこう。

砂漠の果てはまだ見えないのだから。





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果てしない旅の中 風鈴はなび @hosigo_s

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