金魚

冬部 圭

金魚

 土曜日、久しぶりに出向いた縁日で、金魚掬いをやっていた。息子がやりたいというので深く考えずに代金を払った。息子はあまりに闇雲にポイを動かしていたので、これは掬えないなと思って見守っていた。ポイが丈夫だったのか、予想に反して息子は小赤を一匹掬った。

「きんぎょさん」

 息子は誇らしげに金魚の入った袋を示した。

 妻はあまりいい顔をしなかったので、金魚掬いは動物虐待だなんて言うのかなと思ったら、

「どこに置くつもり?」

 と詰問された。

「玄関に金魚鉢があると風情があるよ」

 努めて冷静に提案したけれど、

「あなたたち、お世話をしないでしょ」

 妻の怒りを鎮めることはできなかった。

「きんぎょさんのおせわ、できるもん」

 息子は息子で妻に抗議して、混沌とする。金魚掬いひとつでこんなに揉めるかとうんざりしたけれど、何も考えずに息子に金魚掬いをやらせてあげた僕が悪い。

「金魚さんのお世話は父さんとやろう」

 と息子と妻に提案する。

「金魚を飼う用具はお父さんのお小遣いからね」

 妻は冷たく宣言する。息子のご機嫌を取ったら妻の機嫌が悪くなる。最適解は何だったのだろう?

 金魚掬い以外で息子のご機嫌を取ればよかったか? でも、金魚を下げてニコニコしている息子を見ると、妻の機嫌を損ねたけれど、まあいいかという気持ちになる。そんなだから更に妻の機嫌が悪くなるのかもしれない。

 小さな金魚は長生きできそうになくて、息子はがっかりするんじゃないだろうかとも思うが、それも含めて経験かと割り切ることにする。

 かといって簡単に死なせたくないので、できる限りの手当てをしよう。何をどうしたらよいかはよく分からないけれど。

 家に帰ってどうしようか考える。まずは手提げの袋から出してあげよう。我が家には水槽も金魚鉢もないので、バケツに水を張る。一時間程度水をなじませてから金魚をバケツに放す。一応泳いでくれている。

 金魚が泳いでいる姿を見て、息子が嬉しそうにしている。

「ほら、よかっただろ」

 妻に声を掛けると、

「長生きすればいいんだけど」

 と返事が返ってくる。あまり長生きすることを望んでいないような声色のように感じるのは僕が疚しく思っているからだろうか?

 水槽とエアポンプと餌と。いろいろ買おうとすると結構値段がするみたいだ。

慣れるまでは餌を与えない方がいいらしいということを聞いたので、まずは水槽か。水槽にしようか金魚鉢にしようかで迷う。


 翌日の日曜日、ホームセンターのペット用品のコーナーまで妻と息子を連れて行って、

「水槽でいいかな」

 と妻に訊く。

「あまり大きなのは邪魔になるから」

 妻には釘を刺される。

「これがいい」

 息子が指さしたのは妻の意に反して大きな水槽。

「あまり大きいとお世話が大変だよ。この位が丁度いいんだ」

 妻の顔色を窺いながらこの位かなと思う水槽を指さす。

「そうなの?」

 息子は不満というわけではなさそうだが不思議そうにしている。

「お魚さんの大きさや数を考えておうちの大きさを決めるの」

 妻が息子に説明する。

「おうちがせまくなると、おおきいおうちをかうんだね」

 理解できたかどうかわからないけれど、息子は無邪気に笑う。君が大きくなって、お家が狭いと言っても、簡単には大きなお家に引っ越せないけどと思ったけれど、そんな軽口をたたくと後が怖いので黙っている。

「くさもいれようよ」

 息子が水草を指さして更にねだる。

「金魚さんが長生きしたら、ご褒美に水草を入れてあげよう」

 妻はそんなことを言う。誰に対してのご褒美なんだろう。僕は疑問に思ったけれど、息子は気にならなかったようで、

「くさはこんどね」

 と妻の口調をまねて笑う。

 水草は息子に思いとどまらせることができたので、水槽と水槽に合う大きさのエアポンプだけを買って家に帰る。

 玄関の靴箱の上に水槽を置く。

 金魚の仮住まいのバケツの水と、家を出る前に作っておいた日向水を混ぜて水槽に注ぐ。更に水槽にエアポンプを入れる。エアポンプのスイッチを入れると優しい感じでプクプクと泡が出始める。

「ぶくぶく、すごい」

 エアポンプから出てくる泡を見て息子が喜ぶ。君が単純で良かった。簡単にご機嫌を取ることができる。君のお母さんのご機嫌を取るのは大変だけど。

 息子はエアポンプの泡で満たされた水槽で泳ぐ金魚を見ながらずっとにこにこしている。

 これで金魚さんは長生きしてくれるだろうかなんて考える一方で、できることはやったというわずかばかりの達成感を得る。


 三日ほどたって、何とか生き延びてくれたので、100円均一のお店で金魚の餌を買う。

「きんぎょさんにごはんをあげる」

 息子は早速餌をやろうとする。

「おなか一杯になったら、金魚さんは苦しいんだって。少しずつご飯を上げないといけないよ」

 餌をあげすぎないように息子に注意すると、

「このくらい?」

 と息子は餌を小さな匙の上に載せる。

「そうだね。もっと少なくてもいいかな。全部食べてくれたらもう少しあげたらいいよ」

 そう伝えると息子は餌の量を減らす。OKを出すと息子は喜んで水槽に餌を入れる。

 ほんの少しだけ金魚は餌を見たけれど、なかなか食べようとはしない。まだ早かったかなと考えながら二人で10分ほど水槽を見ていると、金魚は一口、二口餌を口にする。

「たべた」

 餌を食べただけで息子が感動している。

「食べたね。だけど、次はまた明日にしよう」

 餌のあげすぎは良くないらしいので、追加でえさを与えることはやめておく。


 その夜、息子が眠った後で妻に、

「餌を食べたって喜んでいた。単純だな」

 なんて感想を伝えたら、

「あなたもね」

 と答えが返ってきた。振り返ってみるとそうかもしれないと思い当たる節がある。なので、妻の言葉を否定はしない。この親あってこの子あり。単純な父と子でいいかという気持ちになる。

 息子と二人、毎日の餌やり、週末の水替え、月一度の水槽の掃除と、金魚のお世話を続けることで妻を見返してやるんだ。なんて不純な動機で金魚を一日でも長生きさせようと頑張っている。

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金魚 冬部 圭 @kay_fuyube

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