お召し上がりください
悪本不真面目(アクモトフマジメ)
第1話
チョビひげのマスターが営む喫茶店に二人の男女が入店した。中は深い茶色な落ち着いた雰囲気だが意外にもお客さんが多くにぎわっていた。
「やぁマスター、よろしく」
チョビひげのマスターがテーブルへ案内した。男女は向かい合って座る。
「秋子、最近会えなくて悪かったね」
「そうですわねLINEにも返事がなく、白樺伯爵と会えない日々は、抜け毛の量も増えてしまいましたわ」
「ところで秋子、ここは喫茶店だ」
「そうね伯爵」
「コーヒーは君は好きかい?」
「そうね、紅茶の方が好きだけどコーヒーも飲みますわ」
「そうかいそれは良かった」
「でもお砂糖やミルクは入れますわ」
「・・・・・・」
「伯爵?」
「すまないが、今日飲むコーヒーはブラックで飲んでくれないか?」
「伯爵が言うならそのようにいたしますわ」
「秋子。うまいコーヒーは思わず笑ってしまう物なんだ」
「そうなんですの?それは楽しみですわ」
「そうなんだ。それも微笑みなんかじゃない、大笑いだよ。うますぎると腹がよじれるんだ」
「伯爵がそこまでになるなんて、私も見てみたいですわ」
伯爵は少し秋子から目線をそらした。そして再び秋子の方を見る。
「秋子実は僕は病気でもう助からないんだ」
「え!?」
「これはしょうがないことなんだ」
「そんなの嘘よ!?」
「嘘じゃないんだ。これはどうしようもなく嘘じゃなく、どうしようもなく事実なんだ」
「そんなのって・・・・・・」
秋子は涙をスーと流した。
「秋子。私は今まで幸せだった。幸せと胸を張って言える、幸せ音頭を踊ってもいいくらい幸せだった。秋子君のおかげだよ」
「そんなの言われてもちっとも嬉しくありませんわ。嘘といってくれなきゃ」
「そんな秋子に最期の頼みがあるんだ」
「最期って・・・・・・なんですの頼みって?」
「ここのチョビひげのマスターが作るコーヒーは絶品なんだ。そう彼はコーヒーの達人だ。彼のコーヒーの一杯にはその人の人生があるんだ。毎度毎度違う人生だ」
「そんなに美味しいんですか」
「秋子。これは比喩じゃないんだ。本当に人の人生なんだ。この間、田中フィッツジェラルド2世という人のコーヒーを飲んだんだ。なんとも深い味わい、しかし無味無臭という彼の哲学者らしさを感じたんだ。深いけど無機質な感じだったんだ」
秋子は体をさすった。寒くなったのだろうか。
「ど、どういうことですか?」
「秋子。私はコーヒーになるんだ今日。そしてそれを君に飲んでもらいたい」
「な、何を言っているんですの!伯爵はまだ生きられるんでしょ!?」
秋子は思わず立ち上がった。
「病は止まりはしない。秋子。私は病を追い越したいんだ」
白樺伯爵は指を鳴らしチョビひげのマスターを呼んだ。そして、マスターに案内され白樺伯爵はカウンターの奥の扉へと入った。秋子はただ、その様子を目で追っていた。そして帰りを待つお利巧な子猫のように扉をじっとみつめている。
扉に入ると伯爵はテーブルの上に置かれているコーヒーを飲んだ。淹れたてだ。
「ふぅ~、ふっふっふ、ふはははは!!!」
彼はコーヒーを飲んで笑っていた。
「美味いコーヒーは病も払いのけます。ただ副作用として死と笑いがつきます」
チョビひげのマスターは意外にも高い声でそう言った。そして白樺伯爵の死体は高貴な、けれど親しみもある青い炎に包まれ燃やされた。
秋子は扉をじっと見つめている。すると中からチョビひげのマスターがやって来た。白樺伯爵が入ってから45分後の出来事だった。手には淹れたてのコーヒーを持っていた。それを秋子のテーブルに置く。湯気が秋子の目に入り、秋子の目がうるうるとし涙がでそうにみえた。しかし秋子は泣かなかった。うっかり涙をコーヒーに落とさないためだろう。こらえたのだ。
「お召し上がりください」
チョビひげのマスターがそう言って、秋子はコーヒーを一口すすった。
白樺伯爵の味。白樺伯爵との思い出。嬉しかったり悲しかっらり腹がったったり。そんな感情が秋子を包み込むだろう。
「ふふふ、へへへへ、オホホホホホ、ギャハハハハ!!」
秋子は椅子から転げ落ちた。腹を抑え床をぐるぐると転がりそのまま店を出て、自宅へ帰った。
テーブルにはまだ湯気が出ている白樺伯爵のコーヒーが残っている。この湯気は三日間消えることはなかった。
お召し上がりください 悪本不真面目(アクモトフマジメ) @saikindou0615
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