イクリプス・オーダー ~最弱のモブ、ゲームシナリオの『裏』を攻略していたら、いつの間にか神々すら恐れる組織の長になってた件~

キー太郎

序章 転生そして――

第1話 灰の中の転生

 薄暗い部屋、暗転したモニターの中で浮かぶ「終わり」を示す三つの文字。冒険の名残にしてはあっさりしたそれを、青年はしばし眺めていた。


「これでコンプリートか……」


 呟き背凭れに身体を預けた青年は、椅子を軋ませ大きく伸びをする――。背中からポキポキ聞こえる音は、長きに渡った青年のゲームプレイに対する身体からのクレームなのだが、それを聞き流した彼は椅子を揺らしながらクリアの余韻に浸っている。


(全エンディングコンプ……。遊び尽くした)


 神ゲーと言われただけあって、何周も熱中できたゲームに青年は満足している。……満足しているのだが、虚無感とでも言えばいいか。とにかくどこか小さな違和感を覚えているのも事実だ。


「物語、か――」


 椅子を揺らしながら呟く青年は、違和感と真正面から向き合う。現実世界では社会の歯車のような毎日……。だからゲームの世界に逃げたのに、そこでも結局は決められた物語の通りに動いて、決められた結末に辿り着く。


 プレイヤーが選んだように見えて、本当は何も選んでない。


(何を馬鹿なことを……。ゲームだろ。当たり前じゃねぇか)


 内心自嘲気味に笑った青年は身体を起こして、コントローラーのボタンを押し込んだ。これでゲーム引き継ぎ画面に移行するのだ。


「折角ゲームなんだし、超絶強くてニューゲームで『俺TUEEE』で……も――?」


 そこにあったのは、見たこともない選択肢だった。もちろんモニターには何度も見た選択肢もある……。だがそこに、知らない物が混じっているのだ。


 EASY

 NORMAL

 HARD

 NIGHTMARE

 ■■■■


 最後の一つだけ、どこか不穏な揺らぎを帯びている。


 文字が滲み、画面の内側から黒い手で塗り潰されたように見えるそれは、まるでプレイヤーの意志とは関係なく、向こうから強い「拒絶」を示しているかのようだ。


 だが……それを見て選ぶなという方が、無理な話である。


 青年が固い唾を飲み込み、ゆっくりとカーソルを合わせた瞬間、文字が浮かび上がった。


【ECLIPSE】


(イクリプス……確か日食とか、天文系の食を表す意味だよな)


 パッと見ただけでそれ以上の意味が分かる事はない。難易度【ECLIPSE日食】など意味が分からない。それでも、青年は、迷いなくボタンを押し込んだ。


『難易度【ECLIPSE】──それは光なき世界。選ばれざる者が、真実に触れる深淵の遊戯である』


 なんとも簡素で抽象的な説明文に、青年はわずかに眉を寄せた。普通なら、敵のステータスがどうとか、レアドロップがどうとか、そういった説明があるはずなのだ。


 ひとまずその上の【NIGHTMARE】を選択しなおすと、しっかりと敵のステータス上昇や、一部スキルの使用不可など相変わらず鬼畜な内容の説明が現れた。


(光なき世界【ECLIPSE】。真実に触れる……もしかして隠しルート……)


 青年が考えながら、もう一度【ECLIPSE】にカーソルを合わせ、ボタンを押す。相変わらず抽象的な説明文だが、最早それは躊躇う理由にはならない。


 本当に隠しルートなら、何週と遊んだこのゲームに、まだ自分の知らぬ〝真実〟とやらがあるかもしれないのだ。


 いや正確には違う。青年が心を踊らせたのは、〝選ばれざる者〟という文言だ。まるで社会から必要とされていない自分のような、そんな人間がどんな生き様を見せて、この世界で何を得るのか……。それに興味が湧いたのだ。


 青年は高鳴る胸を抑えつつ、選択肢の『はい』でボタンを押した――瞬間、画面が、いや世界が引き裂かれブラックアウトした。





 音も光も重力も、なにもかもが引きちぎられ、深淵に叩き落とされたかのような虚無。そんな虚無と身体が同化していく感覚……己が溶けていく、そんな感覚すら分からなくなった頃、青年は意識を失っていた。









 どのくらいの時間が経っただろうか。目覚めた青年が真っ先に気づいたのは、己がどこか冷たい場所に横たわっている事であった。


 やけに重い体を動かせば、視界には燃える上がる赤い空が映っていた。肌を刺す熱気と、何かが燃える音と臭い。火事か、と思ったのは一瞬だけ、青年は直ぐにその考えを脳から追い出す。


 耳に届く金属音、呻き、怒声、馬の嘶き。


(これって……まさか、戦場とか言わないよな?)


 身体は動かぬが五感が伝える情報から、青年は自身がいる場所が、戦場という可能性に思い当たった。そう思って青年はもう一度首を動かすと、炎に焼かれる村が見える。そして己と同じように並ぶ死体と瓦礫の山も。


(マジか……)


 何か出来ぬかと青年が手を伸ばす……視界に映ったのは、間違いなく赤子の手だ。


(……ちょ、嘘だろ。これって――)


 体が動かないのはそういう事らしい。しかも話すことすら思うようにできない。なんせ話そうとすれば、それは全て言葉ではなく、「あー」だとか「うー」といううめき声に近いものにしかならないのだ。


(とりあえず一旦落ち着こう)


 出来ないことばかりだと、逆に脳は落ち着くようで、青年は冷静に現状を分析しはじめた。自分という意識があり、だが見知らぬ場所と馴染みのない身体……。その結果導き出されたのは、転生という可能性だ。


(転生って、だいたい俺はさっきまでゲームをしてて……)


 そこまで思った青年の脳裏に、カーソルを選んだ瞬間意識が遠のいた記憶が蘇る……それは青年にゲームに取り込まれたのかもしれない、という荒唐無稽な話を、信じさせるには十分であった。



 『神聖戦記レグナス』。


 自分が先程までプレイしていた、否、何周もクリアした大好きなゲーム。


 仮にゲームの世界だとして、自分が今どこにいるのか、何故ここにいるのか、それすら不明。そもそも本当にゲームに取り込まれたのか。それを確認するために、青年は頭の中で精一杯の声を振り絞った。


(ステータス、オープン)


 そこに表示されたのは、無情な結果であった。


 ――――――――


 ステータス


 名前:無し

 年齢:0

 レベル:1

 技能スキル:前世の記憶 魔力操作 魔素干渉

 紋章:無し

 称号:祝福を剥奪されし者

 状態:■■■■


 ――――――――



 何もないどころか、名前すらない。唯一スキルがあるように見えるが、青年が知る限り、ゲームのキャラ全員が持っているコモンスキルだ。


 この場を切り抜けられるような――ゲームの主要キャラが持っている――神々からの寵愛とも言える能力〝聖痕〟に至っては欄すらない。


(マジか。マジで取り込まれたとして……このスキル構成じゃ、ナイトメアどころじゃねぇぞ。大体なんだよこの状態――)


 青年は黒く塗りつぶされた欄に、意識を集中する――と、黒地に白い文字が薄っすらと浮かび上がってきた。

 ――――――――

 状態:深淵の呪い(ECLIPSE) 『光なき世界の住人の証』

 ――――――――

 

(かー! 意味が分かんねぇ。つーか称号もなんだよ、祝福の剥奪……?  このスキル構成と状態が【ECLIPSE】モードってことかよ?)


 ​何とも最悪の出だしである。何のボーナスもないどころか、強力なマイナス補正をかけられた状態からのスタートということになるのだ。


(しかもこの悪夢みてぇな状況だ――)


 マイナス補正すら可愛く思える誕生して即、死の淵に立つという状況。夢の方がマシと思える現実感の薄い状況だが、感覚はあまりにも生々しい。


 肌にまとわりつく灰。目に染みる煙。泣き叫ぶ子供と、倒れ伏した兵士。


 ここにはリセットも、ムービースキップもない。


 押し寄せてくる現実が、遠く、蹄の音に連れられ迫ってくる。


「まだ生きてる奴がいるぞ! 赤ん坊? ……殺し損ねたか?」


 目の前に迫るのは、今の自分では文字通り手も足もでないだろう甲冑姿の男だ。


 青年を見下ろす男が、馬から降りようと腰を浮かせたその時、風向きが変わり、男達の背後から響く蹄の音を連れてきた。


「クソッ、敵が来るぞ……急げ!」

「けどよ――」

「放っておけ。どうせ赤ん坊なんざ放ってても直に死ぬだろ」

「チッ、分かったよ」


 青年を一瞥した甲冑の男達が離れていく……遠くなっていく蹄の音と、近づいてくる蹄の音。重なっていた二つの力関係が逆転し、青年の脇を騎馬が数騎通り過ぎていった。


(助かった……のか?)


 安心したいところだが、肌を刺す熱量からは逃れられない。これはマズいと青年が思い始めた時、今度は重い足音が別方向から近づいてきた。


 ゆっくりと、慎重で探るような歩みが、青年の近くでピタリと止まった。


「……赤ん坊か?」


 それは、灰にまみれた鎧姿の男だった。左目の眼帯でも隠せぬ大きな古い傷痕をもった、鋭い眼差しの男。


(頼む頼む頼む頼む……。美人なお姉さんじゃなくても文句は言わねぇ。頼むから助けてくれ!)


 青年の念が通じたのか、鎧姿の男は青年を見下ろし立ち止まる。年齢は三十に差し掛かる頃だろうか。背に重たそうな大剣を背負った男は、青年を抱きかかえた。


「こんな中で泣きもせず。お前、本当は死んでんじゃねぇだろうな……」


(助かった――)


 そう思ったのも束の間、青年は思わず息を呑む。


 彼を見つめる男の瞳は、どこか値踏みするようなドライなものなのだ。交差した視線に、青年は即座に頭を切り替えた。


(……いや、違う。祈るな。祈って助かる状況じゃない。赤ん坊の身体いまの俺に出来ることは一つ。この男に「拾う価値がある」と思わせること。じゃないと、また放り出されて終いだ)


 どうやって……などと言わない。青年は絶望的な状況下で、ただ我武者羅に己の瞳に力を込めた。


 ​――俺を拾え。お前に損はさせない。


 それは偶然かはたまた奇跡か。いやそのどちらでもない、青年の意思がなし得た現象。僅かに発動したコモンスキル魔力操作が、青年の瞳に覚悟を宿す――。


 爛々と輝く青年の瞳に、男は呻くように呟いた。


「……不気味な赤ん坊だが、救出には変わらねぇか」








 この男の名は、グラム。帝国に雇われた傭兵団の【灰狼の牙】の団長である。


 傭兵の世界に慈悲はない。グラムは当初単に金のために赤子を拾った。村の人間を助ければ、報奨金がもらえる。そういう契約だから。


 だから赤子を拾った。ただそれだけの筈だった。村人の誰も、赤子を知らないと、押し付けられるとは知らずに。





 赤子を押しつけられたグラムは、当初赤子を捨てようかと思っていた。助けたところで金にならぬのであれば、穀潰し以外の何者でもないからだ。ただグラムはそれをしなかった。


 あの時……赤子を拾った時の、覚悟の決まった瞳が気になったからだ。


 たった一人取り残された戦場で、黒髪の赤子は目を開けて、グラムを見返していた。怯えもせず、いや……それどころか、何か覚悟が決まったような静かで力強い瞳で――。


 あの瞳を見たグラムの長年の勘は、赤子が自分達のためになると告げていた。そうしてグラムは己の勘に従い、赤子へ『アッシュ』と名づけた。自分達の団を示す〝灰〟に塗れていた、そんな理由だけで――。


 こうしてアッシュは戦場で拾われ、傭兵団の一員としてとして育てられることになる。


 それが、決められた『物語』の裏側で暗躍し、やがてその『物語』すら喰らう真の『黒幕』として覚醒する男の、始まりの瞬間に過ぎないことを――今はまだ、誰も知らない。

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