卑しい疑念

「いいなあ。南フランスでバカンスか」

自分の業務をこなしながらスタッフの一人が呟いた。

「何言ってんだ。あの人は家にも帰らずここで寝泊まりして開発を続けてたんだぞ。俺ぁごめんだね。遅くなっても家族の待つ家に帰りたい。独り身のお前はどうだ」

彼は少し考えて

「…いや、無理ですね。誰も待って居なくてもこんなところで寝泊まりしてたら仕事とプライベートの区別がつかなくなっておかしくなっちまう」

「だろ?与えられた仕事だけをこなす方が人間的で何より楽さ。そりゃあ二週間ぐらい離れて居たいと思うのも当然だ。俺だったら短いぐらいだぜ」

その言葉に同感して、彼は自分の仕事に戻った。

とは言え、プログラムされたデータをそっくり移し替えるだけの作業だ。万がいち数値に異常があればエラーで教えてくれる。

たとえバカンスというご褒美付きでも、缶詰め業務よりこっちの方がいい。と彼は改めて思った。

その時、珍しくエラーを示すコードが表示された。民間用なのに無制限の武器使用の許可が出ている。

やれやれ、と彼はマニュアルに従って端末を操作した。




搭乗口手前の手荷物検査場で二人は順番待ちをしていた。

列の前に並んで居た男の子がレアを振り返りニッコリする。

レアは彼に笑顔で手を振って応えた。

男の子ははにかみながら前を向いたが時々チラチラとレアを見る。レアはその都度微笑んで見せた。


これほどの美少女なら誰もが気に留める事だろうとルイスは思った。

まるでモデルか女優のような出で立ちと雰囲気を出していて、チケットを受け取るときも男性職員が無表情を保ちつつ彼女を見ていた。


手荷物をベルトコンベアに載せ、先にルイスがゲートをくぐる。

「ピーッ」という音でルイスは

「あぁ、失礼」

といって腕時計を外した。

数百万もする高級時計だ。こんなのをつけて居られるのも彼女のおかげだ、とルイスは先に通り抜けてレアを待った。

「ピーッ」

またしてもブザーが鳴る。

だが彼女は貴金属類を一切身につけていない。

嫌な予感がルイスの頭をかすめた。


警備職員が手持ちのセンサーでレアの周囲を確認する。

そのセンサーは彼女の体のいたるところでブザーを鳴らした。

 (マズい)

ルイスに緊張が走る。


細胞で覆われ、自前の金属センサーで反応が無いのを確認したのたが、空港警備のモノはそれより高性能だったようだ。

人工皮膚とシリコンに覆われているのだが、彼女の体内には無数の基板とバッテリーが搭載されている。体重計に乗ったら故障かと思われるだろう。

ルイスは咄嗟に警備員に言った。

「それ故障しているんじゃないのか。こんな、体中で鳴り続けるなんて」

警備員は持っているセンサーをしげしげと眺めた。

「そうかも知れません。しかし念の為、別室で確認させて頂いてもよろしいですか?」

「構わないよ。だが早くしてくれ、出発の時間が迫っている。それと、父親の私が同行しても?」

警備員は表情を変えず

「申し訳ありません。規則で身内の方も入れない様になっています。なるべく急ぎますので」

そう言ってレアを警備員室の方へ連れて行った。

 (落ち着け。大丈夫だ。どんなに調べても何も 

 見つかる事はない。手術でもしない限りは)

そう思いながらも、彼は娘の、レアの事が気がかりでその場を離れられなかった。

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