星をいただく
マスク3枚重ね
地球《ほし》をいただく
僕は気が付くと椅子に座っていた。目の前には木目調の光沢のある大きな木のテーブルが置かれ、白く綺麗な丸皿と美しい彫刻が彫り込まれた銀のナイフとフォークが皿の両隣に置かれている。
自分が置かれている状況が理解出来ず、周りに
暖炉の上には調度品がいくつか置かれ、どれも高価そうな輝きを放っている。
天井はと言うと、とても高く金のシャンデリアがぶら下がり宝石が主張しすぎない程度に輝き、ロウソクの炎が優しく部屋全体を照らしていた。それに絵?なのだろうか。天井いっぱいに白い雲と青い空の絵が書かれているのだ。その絵には小さな鳥のような影が飛んでるように見える。
「こ…ここは…?」
自分が一体なぜこんなところにいるのか分からない。こんな豪華な部屋に住めるほどの財はないし、こんな所に招待してくれる友人もいない。ましてや昨日は会社の忘年会で酒を飲まされ、フラフラと家に帰りスーツを着替えもせずに寝てしまった。
自分の服装を見てみると、日頃から着ているヨレヨレの着古したスーツではなく、キッチリとしたブランド物のスーツに身を包んでいた。
「どうなっているんだ?!まだ酒が抜けていないのか?!」
自分の頬をぺちぺちと叩いてみるが夢では無いらしい、アルコールも抜けてむしろ清々しい気分である。そんな事をしているとある事に気が付く。自分の前の木のテーブル中央に地球儀の様な物が置かれている。余り大きくは無いがとても精巧に作られており、雲や大陸、海が色鮮やかに見え、ゆっくりと回っている。それに加え地球の周りには無数の星々が瞬き、時折流れ星が流れすぎていく。それはさながら小さなプラネタリウムのようだった。
しかし、これは一体どうなっているのだろうか?地球を支える台座はないし、星々を映す映写機のような物もない。そもそもこんなに綺麗に立体的な映像を映すことができるのだろうか?僕が首をひねりまじまじとそれを見ていると突然声をかけられる。
「綺麗であろう?」
驚き慌てて声の方へと顔を上げると正面の大きなガラス窓、大きな赤いカーテンの隙間からこれまた大きな満月が輝いて見えた。どうやら外は夜のようだった。その傍らに背を向けて立っている人が居た。その人は全身白を基調としたスーツを着ており、髪も真っ白で少しウェーブがかかっているようだった。
その人がゆっくりとこちらに顔を向け、僕は息を飲む。
「っ…!」
青く透き通ったビー玉の様な美しい瞳が僕の視線と交差する。透き通るような白い肌に
『美しい』と一言で済ませてしまうのが大変失礼ではないかと思うほどの気品がある出で立ちに僕は恐縮してしまう。
「そうかしこまるな。今宵は満月…素晴らしき晩餐もその様では楽しめまい」
ふわりふらりと白く美しい髪が揺れ、こちらに歩み寄り、地球儀を挟むよう向かい合う。そして彼女は木から掘り出したであろう不思議な形状の椅子にゆっくりと腰を降ろす。
「さて、君は今の状況をよく理解していないであろう?」
彼女は美しい顔の前で手を組み、青い瞳を真っ直ぐこちらへと向けてくる。僕は恐る恐ると頷くことしか出来なかった。
「ふむ…まあよかろう…」
彼女がほんの少しだけ不服そうにそう言った。
「まず君がここに居るのはただ運が良かったからだ」
運がいいとはどういう事なのだろうかと疑問に思う。
「疑問に疑念、色々あろうがまずは…」
僕がゴクリと生唾を飲み込むと
「君の名前を聞こうか?」
少々の戸惑いと大したことの無い質問に胸を撫で下ろす。
「ぼ、僕は…
彼女の返答を恐る恐る待って見るが、少々の間が空く。チラリと彼女の顔を伺うと少し、ハッとした様な顔をした。
「そうか。刻晴か…!良い名ではないか。いや、しかし、いつまでも慣れんもんだ…」
彼女の慣れないと言った意図を考えるがよく分からずこちらから質問してみる。
「あなたは…?それにここはどこなのでしょうか…?」
彼女が少し眉根を寄せて難しそうな顔を見せる。整った顔の割には表情変化がわかりやすく、困っているようだった。
「いや…私に名はないのだ…すまんな。君達はこういうのを自己紹介と言うのであろう?何度しても慣れぬな…」
彼女が苦笑する。僕は更に疑問が増える。
「ここがどこかとの質問であったな?ここは箱庭の外、私の屋敷だ!」
この質問には自信あり!といった様子で彼女は手を広げそう答えるがさっぱり分からないし、答えになっていない。それに箱庭の外とは一体なんなのだ?
「あなたの屋敷なのは何となく分かりますが…一体どこなのでしょうか?何県の何処でしょうか?そもそも日本なのでしょうか?」
彼女の容姿、建物の雰囲気から日本でないような気がしてした質問だったが、彼女はよく分かっていないようだった。まるで「今、言ったであろう?」と言いたげな顔をしている。またしても少しの沈黙が二人の間におりる。
「…主に変わり、私がお話致します」
突然知らない女性の声で話しかけられ、僕は驚き、声がした本棚側を向く。切れ長の目に翡翠色の瞳、緑のショートカットヘアーで端正な顔立ちの黒いメイド服を着た女性がいつの間にか立っていたのだ。突然の事に手がテーブルの上の食器に当たり、ナイフがベルベットの絨毯の上に音もなく落ちる。それをそのメイドがしなやかな手を伸ばし拾い上げる。
「す…すみません…!驚いてしまって…!」
「いえ、問題ございません。こちら新しい物と交換致します」
するとメイドは手に持ったその銀のナイフをフッと上へ放り投げる。クルクルと回り天井へと銀色のそれが上っていき、天井に当たると思った僕は「あっ!」と声が出てしまう。
しかし、そのナイフは天井にぶつかること無くぐんぐん上がっていく。ナイフは徐々に小さくなり次第に見えなくなる。
そこで僕は勢いよく立ち上がり、天井に描かれた空の絵を凝視する。
「絵じゃない…?」
よく見ると白い雲はゆっくりと動いており、鳥のような小さな影も小さく羽ばたいている。しかし、ではこのシャンデリアはどうなっているのだろうか…大きさはこの部屋に合うぐらいの大きさがぶら下がっているように見えるが…違う…!その逆だ。遠近感で気付かなかったが空からとんでもなく大きなシャンデリアがぶら下がっているのだった。雲がゆっくりとその大きなシャンデリアの下を通り、部屋全体がほんのり陰る。暖炉の薪がバチりと爆ぜて炎が揺らぐ。
僕があんぐりと口を開き、信じられないその光景に呆然としていると先程のメイドが新しく持ってきたであろう銀のナイフをそっと元あった場所へと置く。それから先程勢いよく立ち上がった拍子で倒れた木製の椅子をメイドが起こし、僕に座る様に促す。
「お客様、どうかお座り下さい。主に変わりわたくしめがお話致します」
僕は言葉なくただ言われるがまま座る事しか出来ず、メイドと主と呼ばれる女性を交互に見た。
「この度はお客様を大変驚かせてしまったことを謝罪致します」
メイドが深々と頭を下げて謝るが感情が追いつかない。これは夢なのだろうか?全くもって現実味がないが、かと言って夢にしても意識がハッキリとしすぎている。一体どうなっているのだろうか。
「ミカエラよ。今のはよろしくなかったな。刻晴殿が驚かれているではないか!」
主と呼ばれる白い女性がニヤニヤとした顔で、ミカエラと呼ばれるそのメイドに向かってそう言った。メイドは顔色ひとつ変えることなく、主と呼ばれるその人の傍らへと立つ。
「お言葉ですが主様。お客様に対してなんの説明もないままでは大変失礼であると思われます。晩餐の話や自己紹介に名前が無いと言われると相手様は混乱なされます。前に練習なされたではないですか」
メイドが淡々と主に向かいそう言うと主は紅色の唇を尖らせて小声でボヤく。
「名前が無いのだから仕方なかろう…晩餐があるのも…」
メイドが睨む様に目を細め翡翠色の瞳を主へと向けると黙り、気まずそうに目を逸らす。そしてメイドが僕に向き直り、今度は先程よりも浅いお辞儀をする。
「改めまして主に変わり、この度の比例をお詫び致します。どうか御説明の機会を頂けますでしょうか?」
隣の主が横目で面白くなさそうな顔をしているが僕は取り敢えず頷いた。
メイドが顔を上げてほんの少しニコリと笑い話し出す。
「まずここはお客様が住んでいた世界とはまるで違います。物理法則もなければ人間が住んでいる事もありません」
「えっと…つまり…どういうことなのでしょうか…?」
僕はが頭に浮かんだ言葉をそのまま口に出す。
「つまり…お客様は人間達が言うところの天国に…こちらに御座す御方、あなた方が神と呼んでいる主様にお
僕は絶句し、顔面蒼白なのとは対照的にメイドの隣の主…いや神は得意げな顔をしているのだった。
数秒の沈黙を破り、僕は俯いたまま口を開く。
「つまり…僕は…死んだのでしょうか…?」
きっとお酒を飲みすぎての急性アルコール中毒、もしくは心臓発作に脳梗塞、なんでもいいがあのまま死んで天国に来てしまったのではないだろうか?そんな事を考えていると神が笑う。
「そんな訳なかろう!死んでは晩餐が食えぬでは無いか!」
面白い冗談だと言わんばかりに神は腹を抱え笑っている。その横でメイドが小さくため息を吐き「主様、お客様に大変失礼です」と
「お客様は決して死んでおられません。食事ができるのは生きている者だけの特権なのです。それは神も人間も動物も全て共通している事なのです」
メイドがそう話すと隣の神が微笑ましく無邪気な顔で口を開く。
「もちろん!食事だけではないぞ?こ…」
するとメイドが大きく咳払いをして神の言葉を遮った。メイドがチラリと神を見て「話はまだ終わっていませんよ?」と言いたげな顔を向け神は口を
「ですのでご安心下さい。本日は主様とお食事をされるだけですから…」
「食事だけでは…痛いっ!」
神が喋ろうとするとゴスっと鈍い音が大きなテーブルの下から聞こえた気がした。メイドは顔色を変えずに黙って立っているが、神は俯き足を抑えているようだった。メイドに蹴られたのだろうか?
「だ…大丈夫ですか?」
「ああ…!大丈夫だ。気にするな!」
神が恐らくテーブル下で足を擦りながら身体を傾けている。涙目になり無理に笑顔を作って見せ、それを見たメイドがまた小さく溜息を吐く。
死んでいない事にほんの少し安心したせいか、もしくは2人が悪い人ではないのだろうと会話から察したせいか分からないが、グウゥゥゥと僕はお腹がなってしまう。飲み会以降何も口にしていなかったのだから、お腹がすいているのは当然かもしれない。そもそもどれほど時間が経っているのだろうか?これ程の空腹感は1日、下手したら2日は経っているかもしれない。
僕は恥ずかしさから顔が熱くなり俯く。
「す…すみません…」
神とメイドが顔を見合わせ薄く微笑む。
「そろそろ食事にしよう。話の続きは食事の後だ。ミカエラ頼む」
「かしこまりました」
メイドが神の言葉に頭を下げそう答える。すると、それに呼応するかの様に目の前の食器がフワリと浮き上がり、白い丸皿がクルクルと回り出す。それに加えてテーブル中央の地球儀もグルグル激しく回り出し、メイドはテーブルの真ん中へと歩き出す。指笛をピーっとひと鳴らしすると遠くからバサリ、バサリと音がして次第にその音は大きくなっていく。部屋全体に影が落ち、上を見上げると頭一つでこの部屋全体が覆われてしまうような、大きな鷹の顔がそこにはあった。嘴に赤い何かを咥えて、部屋全体を覗き込んでいる。まるで自分が鳥の餌箱に収まったような、捕食されるネズミになった様な、そんな感じた事のない恐怖が背中から首にかけてせり上がる。
「う…うっわあぁぁぁぁぁっっ!」
自然と口から出た事のない様な絶叫が漏れ出して、恐怖で身が
「うわあぁぁぁぁあああ……あ?」
僕の考えとは裏腹にその大きな刃物はゆっくりと落ちてきて、少しずつ小さくなっていく。そして、メイトの手へと収まる頃には一般的な包丁の大きさと同じぐらいになっていた。だが、その真っ赤な刀身は赤黒く、まるで心臓が脈打つようにドクン、ドクンと赤く鈍い光を放っていた。
「お客様、何度も驚かせてしまい申し訳ありません。この子はチビと言いまして、私めのペットでございます。悪さはしないのでご容赦くださいませ。チビ、ありがとう」
メイドがそう言うと、チビと呼ばれる巨大なその鷹はピーっとひと鳴きしてまた空へと飛んでいく。しかし、チビという名前は余りにも似つかわしくないだろう。そう考えているとメイドがクスリと笑い言う。
「生まれた頃は掌に収まるほどには小さかったんですよ」
まるで心を読まれた様なそんな気がして、またしても恥ずかしくなる。そうこうしてる間にグルグル回る地球儀と回る皿がメイドの元へと飛んでいく。メイドが赤黒い包丁を構えると途端に地球儀がピタリと止まり、表面を流れていた白い雲がすごい速さで流れ出し、海が大波をつくって大陸を飲み込んでいく。するとテーブル中央に残っている星々の輝きの中から、一際輝いている星がふたつ飛び出して、白銀の酒杯が神と僕の前へと運ばれる。酒杯の中を覗いてみると、金色の輝きを放つ白濁とした液体がゆっくりと湧き出して、星の輝きの様な光が無数に見えた。それからは花のような香りが漂って、鼻腔を通り過ぎ脳へと直接運ばれる。甘い…甘いその香りは飲まずとも、脳を痺れさせ酔わせてしまう。お酒があまり得意ではない僕がいつの間にか酒杯を手に取って口へと運ぶ。
「刻晴殿。はやる気持ちはわかるが、まずは乾杯をしよう」
神のその言葉に僕はハッと我に返る。自分がそんな節操なしな行動にいたたまれなくなるがそんな僕を見て神は笑う。
「君はとても分かりやすいな。人間は多種多様なもの達がいて楽しい。まぁ気にするな!」
そして顔を上げるとメイドが包丁を浮かぶ地球儀へとあてがってスッーっと地球儀の真ん中へと刃を通す所だった。半分にカットされたその星を2枚の白い丸皿がそれぞれ優しく受け取って、酒杯の隣へとふわふわと運ばれる。
自分の前に置かれたその星は切られた断面が上になり中から真っ赤なマグマのソースが表面へと流れ出していた。ソースの中にはキラキラ光るダイヤの粉が散りばめられている。その輝きとは対照的に周りの表面の青と白のコントラストがグルグルと高速で回って見える。その美しい光景に僕は目が奪われていると神が自分の酒杯を掲げる。
「では刻晴殿、いただこうか!乾杯っ!」
僕もそれに習って酒杯を掲げ「か…乾杯…!」と言うとキラキラと光の粒子が辺りに飛び散り、木目調のテーブルの上をツーっと滑って絨毯の上へと落ちていく。落ちたその粒子は何度かバウンドして次第に消えていく。その光景は部屋全体に星が落ちたようだった。
「うむ、今日もとても美味いな!さあ刻晴殿も飲んでみてくれ!自慢の酒だ」
神に促されるままに酒杯を口に運ぶ。溢れそうな程に注がれたその酒からは絶え間なく光の粒子が溢れ出し、辺りを星の海へと変えている。先程嗅いだ花の匂いが強くなり頭が痺れ、その白濁とした液体を口へと流し込む。口の中に広がる桃のような甘さと鼻を抜ける花の香りが思考を奪い、トロリとした食感が喉奥へと流れると熱い血流が一気に身体中を駆け巡る。そして、気分は今までにないくらい高揚し、何でもできると錯覚させてしまうほどの全能感を覚えた。
「美味い…美味いです!美味すぎです!!」
ゴクリゴクリと酒杯を傾けて煽る様に飲むが不思議と中の酒が尽きることはなかった。僕のそんな姿を神はにこやかに見つめている。
「空きっ腹でそんなに飲んでは悪酔いしてしまうぞ?」
そう言いながら神は半分になった
「46億年ものの地球でございました。次は45億年ものの水星です」
テーブルの真ん中の星々のがすごい速さで動き出し、水星らしきものを映し出す。そして、先程の
「ご馳走様でしたっ!とても美味しかったです!」
「それは良かった…」
神は酒杯を傾けながら赤く染った頬で色っぽく微笑んだ。僕はたまらず目を逸らし、酒杯で喉を潤はそうと傾けるがいつの間にか空になっている。少しの沈黙が2人の間に降りる。最初の沈黙とは明らかに違う、なんとも言えない雰囲気が2人の間に流れている。どうにも身体が火照って仕方ない。気まずさのあまりに口を開く。
「そ…それにしても美味しいお酒ですね!これも天国のものなんですか?!」
僕は先程まで本棚側で星を捌いていたメイドに向かって聞いてみると、そこには居なかった。辺りを見渡しても部屋のどこにもメイドのミカエラは居ないのだ。
「あれ?」
「美味しいであろう…?何せ81億4000万人分だからな」
「え?」
神は何を言っているのだろう。81億4000万人?とはどういう事だろうか。
「刻晴殿、ひとつ君の言葉を正そう。今日食べた食材は
どういう事だろう。いや、まさか…
「天国の食材で無いことはないでしょう!あんな凄いの見たことも聞いた事もありません。ましてや食べた事もないですよ?」
神の青い瞳が怪しく光、こちらを捉えて離さない。
「それはそうだろう…君は自分の
分厚い黒い雲がシャンデリアの明かりを覆い隠し、部屋全体が薄暗くなる。暖炉の燻る炎と神の後ろの満月の光が部屋を辛うじて照らしている。
「自分の
自分で言っていて怖くなる。そんな事はありえない。ありえないが…
「ここは箱庭の外、君たちが住んでいる世界は私の箱庭だ。いや、箱庭というよりは果樹園の方が近いだろう。美味かったであろう?禁断の果実は?」
僕は堪らず立ち上がり木製の椅子が倒れ、ベルベットの絨毯に静かに寝そべる。
「そ…そんな…僕は…両親や友達に…もう会えないんですか…?」
神も静かに立ち上がり腕を組む。彼女は美しく青い瞳を細めて微笑んだ。
「大丈夫…大丈夫だ。私達の中で彼、彼女らは生きている。命は巡るもの…」
神はいや、彼女は長い足を木目調のテーブルへとひょいと乗せてゆっくり立ち上がる。
「心配するな。怖がるな。生きとし生けるもの全てが命を頂いて、生きている。動物も人間もそして、神だって…」
彼女の青い瞳が光輝いて、後ろの窓の外、夜の満月の青白い月光を背に受けて、彼女のシルエットが怪しく浮かび上がる。ゆっくりとテーブルの上を歩続け、最短距離で僕へと迫る。彼女が歩を進める度にミシリッミシリと音を立て、木のテーブルが木屑へと変わり、空へと飛んで行き強い風が吹き込む。奥では赤いカーテンがバタバタと揺れていた。
僕は蛇に睨まれた蛙のように全く動けないでいると、テーブル真ん中の星々を映すプラネタリウム、いや、宇宙そのものの星々を彼女は躊躇なく踏み潰す。宇宙は、僕が生きた世界は、ほんの一瞬で音もなく消え失せる。
「君の帰るべき場所はもうない。だが、案ずるな。世界は、命はまた生まれ落ち、私の糧となる。その為に君が必要なんだ」
彼女が僕の目の前へと歩み寄り、木のテーブルからひょいと飛び降りる。後ろのテーブルは木片ひとつ残ることなく消滅し、風が静かに吹き止んだ。彼女は赤く染まった頬のまま、ニヤリと笑って僕の首筋を優しく撫でた後、その白く透き通る様な優しい手がゆっくりと僕の胸まで下りてきて、トンッと優しく後ろへと突き飛ばされる。その瞬間、恐るべきスピードで後方へと吹き飛ばされて、景色が前へと流れすぎていく。大きな本棚や沢山の調度品、いくつかの大きな扉をくぐり抜け、ボフリと優しい何かに受け止められる。辺りを見渡すと薄暗い部屋の中に居た。右側の窓からは先程より、小さく見える満月が青白く輝いて、辺りには沢山の本が山ずみになっている。自分の足元に手をやると、すべすべと柔らかい質感と弾力が感じられ、気がつく。自分は大きなベットの上にいるのだと、そして頭と背中に感じる柔らかく、フローラルないい香りの正体を確認する様に振り返る。
「刻晴殿、驚いたか?」
顔のすぐ目の前、鼻先ほどの距離に彼女の美しい顔がそこにはあった。きめ細やかな白い肌、長く白いまつ毛、青く濡れた瞳と艶やかな唇の間にからは吐息がもれて、僕の頬を優しく撫でる。彼女の腕が後ろから伸びてきて、僕の着ているジャケットとシャツのボタンをひとつひとつ、外していく。
「な…何を…」
彼女の青い瞳が怪しくひかり、窓の上にかけられた天幕がひとりでに降りて、部屋の中が暗くなる。彼女の青いひかりだけが僕を捉えて離さない。耳元で彼女の甘い声が静かに囁いた。
「デザートをいただこうか…」
意識は静かに暗転し、暗い部屋と彼女の青く輝くふたつのひかりが刻晴の最後の記憶になる。
天幕が開かれて外からの太陽光の眩しさで目を開き、思わず喚く。
「眩しいぞ…ミカエラよっ!」
窓の前には黒いメイド服を着たミカエラがいつもの様に立っている。
「おはようございます主様。お召物をお持ちいたしました」
うとうととした頭で起き上がり、ひとつ欠伸をして伸びをする。ベットから立ち上がり大きな鏡の前の椅子へと腰を下ろす。
「まだ眠いぞ…」
メイドのミカエラは慣れた手つきで、主の髪をとかし、いつもの白を基調としたスーツを着せていく。
「主様、今夜の晩餐の準備をしなければいけません」
その言葉に主はニコリと笑い舌なめずりをする。
「そうであったな!」
主は自分の下腹部に目を向けて、愛おしそうに撫でてやる。少し動いた様な気がして微笑ましい。
「今夜の晩餐は一体どんな味であろうな!」
彼女は星を
おわり
星をいただく マスク3枚重ね @mskttt8
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