実食
「起きたか」
音もなく近寄った白装束の九に驚いた。声には感情が乗っていないように感じたが、九に緊張の色が見えたからだ。
「腹が減った。ジンラは美味しいのか」
「正直、食ったことが無いから絶品らしいとしか」
驚いた。高級魚を推すので食ったことのあるさぞかし美味い魚と思っていた。
「それで白くなってどういうことだ」
「こんな嵐になっては御簾も用意できまい」
すっかり白装束の九は誰に話そうともしていない早口で言葉をもらした。
「御簾?」
「どうした。行くぞ」
「歯磨きは」
「何も食っていないだろうから、口をゆすいだら下りて来てくれ」
ちゃんと顔も洗った。自分の姿を鏡で見たら本当に真っ白だった。どう見ても釣りに行く恰好ではない。島について下調べをしておけば良かった。
おそらく九の持っている軽トラはきれいだった。そのきれいさは不気味だった。まるで何かの目的があって、きれいにしたとしか思えない。
「女の子のせるのにきれいにしたのか」
「ばかやろう。この島に女の子なんていないわい」
笑みの含んだ反応に少し安堵する。
「ジンラってどんな魚なんだ」
「昨日、じいちゃんに聞いたら釣るのはそれほど難しくないらしい。処理はやや面倒で体の一部は海神様に捧げて、他はしばらく干すそうだ」
「干物にするのか」
「内臓は水気をきって燻製にすると美味らしい。俺は食えないが、老人がさらえてしまうそうだ」
「てことは僕たちは老人が食べるものを釣りに行くのか」
「そういうことになる」
ジンラはすぐに食えない、処理をして少し干してから食べる。おこぼれはほんの少しだろう。食えると思って来たのだから、埋め合わせをしてもらわないとな。
「ここだ」
軽トラから降りると激しい雨が僕の装束と顔を濡らした。
「この階段を下りてくれ」
階段の右側に石碑が立っていた遭難の……と記されているように見えた。九はわざとらしく石碑と僕をへだてた。
「雨だからゆっくり下りてくれ」
僕は慎重に階段を下りた。
「下に行けば御簾のついた車があるからそれに乗ってくれ。ありがとう。またな」
「おう、またな。後で」
後ろを見ると九は一礼をして、軽トラに戻ったようだ。
下は岩場でとうてい御簾のついた車が走るというのは無理そうだった。焚き木が燃やされているので、周囲の様子は見てとれた。
食堂にいた男性がそろっていて、僕が目をやると土下座をした。
「申し訳ございません。私たちは慣例に従いあなたを神の国に送らないといけません」
まぁ、祭りなんて疑似的な行為をするし、神も水か天候の神だろう。ジンラはいつとれるのだろうか。
「ジンラって」
「ジンラというのはあなたのことです」
「いや、九が魚って」
雲行きが怪しくなってきた。
「人の国から神の国へはいくら清めてもそのお姿ではいけません。カイシメとリクジメ、どちらを望まれますか?」
「皆さん、ドッキリですよね。困ったな、どうしよう」
「リクジメにしよう」
若い男が僕の両脇を抱えた。頭に麻袋の様なものをかぶせられた。
その瞬間、九のありがとうの意味が分かった。僕は必死に抵抗した。もう絶望的にどうにもならないけど、頑張った。
座らされて顔の横に重い金属が置かれた音がした。
「教えてください」
なんとかその瞬間を遠ざけたかったし、理由を知りたかった。
「ジンラというのはなのですか」
「外の方はこの島に来た時点でジンラです。ジンラは海の神に捧げる人を差します。では」
「干すというのは」
首を前に出された。
「神から一部分だけ分けられた部分を私たちはいただきます。ありがとうございました」
「九、竜治はどうした?」
「なんか親が病気で大変らしい。歳の離れた弟もいるらしくて」
「アイツいないと面白くないよな」
「お前さ、魚好き?」
「好きだぜ。刺身天ぷら焼きに蒸し」
「涼しくなって来たし、うちの島にジンラって高級魚があるんだ。もし良かったら食いにこないか」
釣島の祭 ハナビシトモエ @sikasann
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