釣島の祭
ハナビシトモエ
ジンラという高級魚
「九、本当に釣れるんだろうな」
僕は小さなフェリーの上で大学の友人の九にたずねた空は見渡す限り青くきれいだ。八月の終わりごろ、僕は学部の友人である。九の故郷に向かっていた。九が言うにはジンラという高級魚が故郷の島で釣れるということらしい。
釣りは趣味では無かったが、そのジンラが夏休み前に仲間たちにいかに美味いかをとくとくと語るので、それなら観光がてら行ってみようとした次第である。
「竜治は信用してくれたようだな」
「話し半分だ。本当に釣ることが出来るんだな」
「俺の話だけで信用がならないなら、今から行く食堂で聞けばいい」
初対面の人間とのコミュニケーションをさほど苦手としていないが、向こうはそうではないらしく。九には気軽に話すがこちらには一瞬目をやる程度だ。九がこちらに振っても島の人たちは僕を見ようとしなかった。
話を振られないので、無理やり話をしても仕方がない。効きの悪い冷房の中、ぬるい水を口につけた。やってらんねえな。話に花が咲いた九を置いておいて外に出た。コンクリートジャングルの東京より暑さは少しマシだった。
正面は青々とした海で、遠くには灰色の雲が見えた。あれが今からここに来るのか。九に言って旅館の場所を教えて貰わないとな。
振り返って、食堂に向かった。遠くで経のような声が聞こえた気がした。
食堂には九が一人でかつ丼を食べていた。
「おうい、お前も食え。ここの島でとれた豚だ。シャルイー丼っていうの。ふるさと納税で返礼品として」
「雨が降る」
「そうだよな。濡れると面倒だ。乾かさないといけない」
言いぶりがおかしかった。
「そこは風邪を引いたらだろう」
つぼに入ってしまい、体を折って笑ってしまう。心配しろよ、と九の肩を叩いた。
「それに明日、釣りに行くんだろ」
「そうだな、そうだ。ずっとそうだった」
「おい、二人とも。うちの二階で寝ていけ」
腰の曲がった老人が九が使っていた食器を引き上げた。
「俺は俺の家で寝るよ」
「しきたりだ」
疑問を呈そうとしたのに老人が先に言ってしまった。
しばしの無言。なんだこれは。男か女かもわからない老人は奥に引っ込んだ。
「しきたりって?」
「実は釣り場が少し面倒な作りで神社の地下にあるんだ」
「おいおい大丈夫なのかよ」
「魚自体は絶品なのだが、宮司役の人間がジンラを釣り上げるという算段で、今年はうちが宮司なんだ」
九が先導して二階へ上がった。
「大役じゃないか。なんで言ってくれない」
「他の奴らより関係が濃かったからな」
「狙われていたってわけか」
「そうなんだよ。それでそのしきたりのお陰で明日まで水風呂だ」
身を清める。シャワーも水。
「なぁ、ここまでする必要はあるのか?」
シャツも下着も全て没収された。白布の着物にすかすかの下着。
「布団は普通だから安心してくれ。あと釣り具はこちらで用意する。今日は帰るよ」
「おい、お前も泊まるんだろ」
「俺は家があるから、お休み」
そういってさっさと帰って行った。
マジかよ。聞いてないぞ。しきたりはどうした。
腹が減ったので、階下に下りた。呼びかけても食堂には声が響くだけだった。時間は二十一時。眠るにはやや早い。外はごうごうと風が鳴り、雨は空気を切り裂くがごとく激しい。
注文の多い料理店みたいだな。あれは調味料を塗ったから違うけど、想像したら少し面白くて笑ってしまった。
ジンラはどんな味なのだろうか、神事が終わったらみんなで食うのかな、白身だと貴重な気がしていいな。醤油かな、生姜かもしれない。醬油の場合わさびはどうするのか。
携帯で調べようにも圏外で連絡手段や情報共有、交換は昼間食堂か固定電話でされるようだったから、明日の神事が終わった後に色々聞いておこう。
神事に参加するなんてすごい経験だな、おそらくジンラという魚は神様の使いか何か、神事の返礼品に送られる魚かもしれない。
あぁ、楽しみだ。楽しみで仕方ない。島に売店があると踏んでキットカットしか持ってこなかったが、荷物に食べ物はどこにも無かった。船で食ったのか。明日の朝食は豪勢だといいな。せめておにぎりくらいは欲しいものだ。
いつの間にか眠っていたらしい。外は雷が響く朝だった。
時計は午前十時半になっていた。ジンラは釣れないだろう。この嵐だ。岸に釣り竿は置けないし、荷物は流されてしまう。人命にも関わる。
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