花の下から

神谷カラス

 去年は散々な年だった。両親は蒸発し、親戚中をたらい回しにされた挙句、適当な金を渡され全く土地勘のない場所へ飛ばされた。私を支えてくれると思っていた彼女は、急に冷めた目つきで別れを告げてきた。あぁ、金が目当てだったのだ。私ではなく、両親の金が目当てだったのだ。人里離れた山に車を飛ばした私は、何がどうなっても構わないような気持であった。むしゃくしゃして、春の陽気にあてられ、理性などどこかへいってしまったような気分だった。


 山奥で車をおり、何も考えずに彷徨った。かなり道の悪い所だったが、不思議と足どり軽く、何かに導かれるような、腰を糸で引かれるように私は何の苦労もなく山道を進んで行った。


 車を降りて一時間程経ったろうか。明らかに空気の違う場所にたどり着いた。桜の花が満開だったが、明らかに人の手が入っていると思われる小綺麗な空間であった。よく見ると桜の木々の奥に小屋がある。私は興味本位でそこへ踏み込んだ。


 中を見ると意外に広く、人一人が暮らしていくには申し分ないほどの立派な家であった。キレイに整えられており、明らかに人が生活している。いや、先ほどまでここで朝食をとっていたような痕跡もある。コーヒーの香りが残っている気がする。もう少し中を探索すると、地下室があった。恐怖心などまるで感じなかったので、軽い気持ちでその扉を開いた。


 お香のニオイが私の体を包んだ。あまりにも濃厚だったので、私はむせた。


 「おはやうございまう」


 私が驚いて振り向くと、小さい女性が正座してちょこんと座っている。開けた扉から入ってくる光以外に光源はなく、薄暗かったのでまったく気が付かなかった。


 「おはようございます」


 何と返せばいいかわからず、私は滑稽にも挨拶を返した。


 「おはやうございまう」


 舌がもつれ、不自然に裏返った声。長い黒髪が下がって、艶やかに燃えるような着物に垂れている。彼女は微動だにせずこちらを向いてニコニコとしているのだが、心ここにあらずと言ったような、そういう瞳で私を見つめていた。


 ここで誰かと一緒に暮らしているのだろう。彼女は六畳分ほどの広さの空間、まさに畳に区切られた空間にちょこんと座っている。古めかしい調度品が、まるでミニチュアのように生活感なく置かれている。そこに対照をなすように、六畳ほどの広さでコンクリートの床、テーブルや本棚、よくわからない薬品やら機械類が几帳面に置いてある空間に私は立っている。一体どういう場所なのだ?


 初めて私はここへ来たことを後悔し始めたが、こうなっては仕方ない、小屋の主に事情を説明するしかない。



 いや、やはりおかしいだろう。彼女を無視して、地下室を探ることにした。


 一冊のノートがテーブルにおいてあるのを発見した。


 『人を造る方法』とあった。


 数ページ読んでみた所、どうやら本当に人を造ろうという計画書のようだ。


 私が更に読み進めようとした時、扉に誰か立っているのに気が付いた。


 「あぁ、知ってしまったのだね。苦労したんだけどね」


 穏やかな声に似合わず、赤黒く皺の寄った皮膚は仮面のように固く固定され、まるで鬼のような顔の老人がそこに立っていた。黒縁の眼鏡が浮いて見える。


 私が何か言葉を発しようとしたとき、鬼のような男は泡になって消えてしまった。


 私は女の方を見る。


 首を傾けにっこりと笑顔を向けたまま、彼女も泡になって消えてしまった。


 私はしばらく茫然として立っていたが、ノートの続きを読むと人を造る研究において、それを人に知られることは禁忌であるらしい。


 私はノートをまた読み直した。高揚感をおぼえる。興奮で手が震えているのを自分でも感じる。


 「まずは骨を集めることから始めよう」


 桜の木の下には死体が埋まっているという。私は早速外へ出て土を掘り返し始めた。道具一式はあの鬼が用意してくれていたのでそれほど苦労はないだろう。


 一仕事して流石にくたびれた私は、長期戦を覚悟した。少し休憩とってから山を下り、買い出しへ向かった。車の中から見える街並みがまるで違って見える。


 例の小屋へ戻り、私は軽い食事をとった後、ノートを読みながら、準備を進めるのであった。


 一体目。あまりにも細すぎるので捨てた。心も無いようでしゃべりもしない。


 二体目。急に小さく萎んでしまった。


 三体目。ぐにゃぐにゃと曲がっている。これもしゃべらない。


 四体目。かなりいい線いっていたが、途中で骨に戻った。組みなおそう。


 五体目。造っている途中で、ノートとは別にメモのようなモノを発見する。どうやら時間や、私自身が身を清めること、祈りを捧げること等、精神論のようなことが書いてあった。


 私は作業疲れもあってか、急に萎えてしまった。小屋を出て、山を降り、数日しか住んでいないのに数か月空けていたマンションの自室へ帰った。小屋もノートも私がいた痕跡もそのままで。何故か私には誰にもバレることはないという直感があった。バレたとしても、人を造る作業を引き継ぐものが現れるだけで、それを止めるような人間が現れることはないだろうという直感があった。


 後年、西行法師という人が同じく人を造る実験をしていたという逸話があることを知った。また、彼は桜の下で死にたいと歌に詠んでいる。


 随分と自分勝手だなと思った。

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花の下から 神谷カラス @kamiya78

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