【3-3j】ラベンダーの咲く庭で

あの灰色の海のみえる丘、オレンジ色と薄紫が混じった空の。ぼくたちが育った村、踏みつけられた花冠を集めながらネルラは言っていた。泣きながら。




「市民になれば、空腹も、痛みもなくなるんだって。税金も払わなくていいし、失敗しても怒られない。ずっと安全で、ずっと綺麗な部屋で暮らせるんだって」


ネルラはそう言って、笑った。


「しかもさ──“完成”したら、宝石になって残るんだって。ね? 永遠に“ぼく”のままでいられるんだよ」


本気だったとおもう。


児童館にあった、いつだって貸出中の、6話しかない「反逆者たち」とかいう映像に出てくるヒーローになりたがるのと同じ目だった。


ぼくは、なにも言えなかった。 でもたぶん、そのときのぼくも── 同じくらい、あこがれていたんだと思う。


市民権を得るために、ぼくたちは戦場に来た。 義務を果たせば、権利が与えられる。


責任を全うすれば、国はそれに応じた恩寵を返してくれる。 ──誰にでも平等に開かれた、公平な制度。


向き不向きは別として…




ぼくとネルラは、頭が特別よかったわけじゃないし、 人を笑わせたり、なにか才能があったわけでもなかった。 だからこそ、兵役制度はありがたかった。


高い能力も、低い能力も、ぜんぶ“平均化”して戦力に変えてくれる。 その仕組みは、ぼくたちみたいな凡庸な存在にとても合っていたと思う。


平等だった。 少なくとも、戦場では。 能力の差も、過去の栄光も、すべて数値化され、戦闘ユニットとして配分された。 ぼくらの部隊は「補正値付き第36中隊」。


「特出した才能なし、されど従順」と分類された者たちを、一定数まとめて“戦力”にする合理的な編成。


魔法も技術も、訓練さえ受ければ一定の“出力”を保証された。 だが、それで命が保証されるわけじゃない。






戦場では、領域の取り合いだ。 指定された領域に、魔法式に従って“聖樹の苗”を植え、そこから生える根をネットワークとして苗を、生育中の聖樹、そだった聖樹を経由して王都の聖樹に接続される。


根が接続されれば王国の魔法圏内だ。 接続が安定すれば、領土として認可される。そこに通信や魔法の補給ラインが繋がる。


だからぼくらは、斥候として戦場の縁を歩き、誰よりも早く土をならし、 まだ煙の上がる大地に、汗と血を混ぜた土で苗を植えていった。


きっといつものことだ。猟兵として身軽なぼくを指名して突出させたら、ロストしたから残りは退却。後方で再編成して再びの奪還。 そういった浜辺に押し寄せる波のようにいつも続けてるいつものこと。




忘れられない記憶がある。 ネルラが、村で作ってくれた花の冠のことだ。


──あいつは、誰よりも冠をうまく、早く作れた。 ぼくは思う。きっと、王都に行っても一番だったんじゃないかって。 なにより、あのときのネルラは、 他のことなんてどうでもよさそうな顔で、ただ、夢中で楽しそうだった。 けれど── その冠を買う人はいなかった。 機械化が進んだ王国では、そんな仕事はもう“存在していなかった”。


まぁ、よくある話だ。 世間知らずの田舎のガキが、 気のいい、気弱なおさななじみと一緒に、 「無敵感」だけをポケットに詰めて入隊して── そして、無力感と友だちになる。 ──よくある、ただの物語だ。


でも、 あの冠の手触りだけは、 たしかに、ぼくの中に残っている。


戦場には、花の冠なんてない。 血と泥でできた「勲章」が落ちているだけだ。 ぼくは起こすために手を差し伸べてくれたネルラの手をとる、こんなに細かったっけ、杖との親和性を高めるため高度感応素材で張り替えられた陶器の様な手触りの冷たく、透き通った手、そのうえのまだほのかにまだ熱を残す”これはお前らが一生かけても手に入ることのない高級花瓶です”と主張するような黄色く光る、エテルの流れを整える魔術回路。潤んだ瞳、熱い呼吸。頬から首筋に汗が流れて髪の毛の先に水滴をつくっている。こんなに…細い首をしていたんだなそのねつをつたわるようにぼくのかは「おいおいおいおいちょっとまて!ネルラ!おまえ!回復につけこんで情動バイパスになにいれた!?」


「ふっふっふ、なんかぼんやりしてるからね、青春の影として投影しておいて、いろいろねじ曲げておこうかなって…」


「脳を焼く気かよ…」


「冗談、冗談。記憶野を修復中に”ともだちのもと”を再添加中だったからね、懐かしい記憶でもでてきた?」


「悪夢だったよ」


「なら、ここと同じだね」


ネルラは回復魔法の手を止めずに言った。

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