【2-12a】INVOKE

───《オーグ接続:国家標準時間》


現在時刻:12:43:02 / 作戦開始時刻(オンタイム)まで残り D-152:13:38


対象任務:オペレーション・デイブレイク






王国一層の片隅。 6車線の大型輸送車が行き交っていた幹線道路のすぐ隣に、巨大な建物がそびえ立っている。


それが、現在臨時作戦基地として使用されている、かつてのショッピングモール跡地だ。 この施設は地下資源供給路と直結し、かつては巨大な物流ハブとして機能していた。 しかし、地下の無人物資自動流通網が完成したことで、その役割はあっけなく終わった。


町ひとつを丸ごと抱え込むほどの広さを誇り、アタラがかつて乗っていた飛行空母アルベルドにも匹敵する規模。 実際、このモールだけで数千人規模の市民に長期間物資を供給できるほどの力を持っていた。


だが今では、配達も消費も既に形骸化し、誰も寄りつかない。主要樹脈と接続されている巨体は、自動化に取り残され、ただ風に軋んでいた。 その姿は、誇らしくもあり、どこかもの悲しかった。






アタラはその一角、2階テナントスペースの片隅。子供向け玩具のチェーン店「ハローセブン」だった PS(プライバシー&セキュリティ)の簡易天幕に囲まれた仮設ブース。 かつてレジ横で「親の財布」と相談しながら選ばれていた高級木製玩具——『もくばのきし』のポスターが今も色あせて貼られている。


アタラは、天幕の内側、かつて会計と相談スペースだったレジ横のブースの椅子に腰かけていた。 そこは、かつて親たちが財布と教育方針を天秤にかけながら、高級玩具を買い与えるかを悩んでいた場所。 今では、そんな痕跡だけを残して、仮設の作戦指令席となっている。 その椅子に、アタラは静かに座り、手元のオーグのウィンドウを眺めていた。




現在、アタラの精神には軽度の戦闘調整バフがかけられている。 集中力の増強、思考の反射速度、情動の抑制——いわば、冷静に状況判断ができるように自動調整された“作戦前仕様の心”だ。 だが、その効き目すらいまはぼんやりと曇って感じる。 雑音のように揺れる思考の端には、家族の記憶がこびりついていた。




——着任予定の2名。 映し出された顔写真はひとつは、ふくよかで丸い女性。もう一つは、細くて影の薄い男。 もやしのような印象のその男は、髪型までマッシュルームっぽくて、キノコというより発芽直後の貧弱な豆苗だった。


(……しかし… 二人とも詳細(ステータス)が黒塗りとはな…)


それだけで、俺より上のティアだということがわかる。 この国では“上”ほど、情報が伏せられる。ステータスも、履歴も、過去の選択も。 何かが隠されているというより——俺には“見る必要がない”と判断されたんだろう。


自然と、家族のことが頭をよぎった。 妻とは、この国では珍しい“恋愛結婚”だった。出生許可も得られていたが、より優れた遺伝子を持つ精子との受精が選択され、子どもは代理出産によって生まれた。 もちろん、自分自身も何度かその制度で遺伝情報を提供し、“父親”になっている。別の誰かの、どこかの子どもとして——フランチャイズのようなものだ。


それでも、我が子と呼ぶ存在に対して情がないわけじゃない。寝顔や、ミルクをねだる小さな手の温もりを思い出せば、胸がじんとする。 けれど、そこには決定的に「俺のものだ」と思えない距離もあった。


天幕の傍ら、色あせた『もくばのきし』のポスターが目に入る。 親の希望と、子どもの欲望をすり合わせるように置かれた玩具。 選ばれたのは夢か、それとも妥協か——胸にどろっとしたものが生まれるのを感じる。


それでも、この場所にどこか未練があるのは、自分が信じた「まっとうな未来」のかけらが、まだ貼りついているからかもしれない。


誰かのために良い選択をしてきたつもりだ。 この国の秩序のなかで、少しでも“ましな未来”を引き当てようとして。


けれどそれは、祈りではなかったのだと思う。願いというには、あまりにもシステム的で、冷たくて。


——祈りって、もっと、報われなくても手を伸ばしてしまうものなんじゃないか? そう考えた瞬間、自分の中で何かがふと静かに揺れた。




「なぁ…いったい、何を考えてるんだろうな…    この国は…」




アタラは小さく鼻で笑うと、手元から「市民の感情発表ドラゴン」を取り出した。愛情省が開発した人工精霊。今回、なぜか持ち出しを命じられていた。




背中をまるくして、つぶやきながらポッケドラゴンの腹をつつく。




「タスケテ」




は?




目の前のぬいぐるみが黒い影に覆われてつぶれた!


『大暴力、横暴貴族パーーーーーーンチ!』


ぐちゃりと内蔵部からピンクのナニカが飛び出し、辺りに香ばしい匂いを撒き散らす。


「………………は?」


バフ効果中のアタラですら、一瞬で思考がフリーズした。


「おわぁぁ!?」


突然目の前に現れたのは、まるまるとした女性——写真にあった丸い方。






写真違うのは、角が無かった。そして、髪が雑にアゴくらいで切りそろえられているし、どうみたって丸くはない、すらっとしているというか、痩せている…いや しぼんだという印象が近いだろう。


大きなリュックを背負ったその女は、丸まった背中のまま、ぎこちなく脇を締め、頭に手を添えるように海軍式の敬礼をきめていた。 ポーズこそ整っているが、どこかやる気のない形ばかりの動作。


目元は力がないどころか、あいてるかもわからないし、なにより口元がずっとニヤニヤしている。 だがその一方で、声だけは妙にハキハキとしていた。


「ハッ!わたしは今回皆様と行動を共にするイザでありますっ!」


敬礼。右手にはまだピンク色の何かがこびりついている。




(あのドラゴン、ぬいぐるみじゃなかったのか……)


「な、なにしてんだ貴様!あれは愛情省の備品だぞ!? パパとママの愛情が足りなかったのか!?」


混乱と怒りが交差し、言葉がぐちゃぐちゃになる。


「はっ!父は淫奔!母は凶暴! ですが、充分……以上の愛情を持って育てられました! ただ……」


「ただ?」


「ドラゴンちゃんが……かわいくてつい…」


「完全に教育の失敗じゃねぇか! 出てくるところ間違えてんだよ!」


「はっ!お腹の中に大事なものを置いてきた、と母も言っておりました!」


「生まれ直せ!」


そのやり取りの最中、天幕の端から静かにもう一人の着任者が入ってきた。




もやし。




無言で自分の荷物を置き、勝手に近くの動物のぬいぐるみをクッション替わりに腰を下ろすと、黒い画面をじっと見つめ始めた。 大型のノア端末を手にしているように見えるが、実際にはオーグで直接視界に情報を表示しているのだろう。


こちらには何も見えないため、ただ黒い画面に向かって無言で手指を小刻みに動かしているようにしか見えない——妙に気味が悪い。 だが、それが今は普通なのだ。 きっと彼の視界の中では、なにかリズムに合わせてパネルを叩いている。音ゲーのような何かをプレイしているのだ。 微妙に揺れる肩、テンポの合わない呼吸、そして無表情な顔(いや、たまににやけて気持ちわりぃな…)。 その姿はまるで、外界の情報をすべて遮断して没入しているようだった。


ふとアタラと目が合う。




「……あ、ども」




小さな声でそう言うと、再び視線を端末に戻した。


(なんだこいつ、最近の世代ってやつか?……)


と思った瞬間。




「こらあ!! 貴様!! なんだその態度は立てぇい!!」


イザが吠えた。次の瞬間にはもやしに向かってドロップキックキックしつつ、空中キャンセルしてから態勢を変え、ボディいプレスをしていた。2HITコンボだ。なんだよ空中キャンセルって。そんなことにとんでもない近接戦闘系列の魔法をしれっと使ってた。




自重以外に慣性はつけなかったのが、ふたりはゴロゴロからまって、奥のクッションの敷き詰められた「ここからは両親の財布と相談するから、ガキはここでおとなしくしてな」エリアに転がっていく。




そして、イザが下になって胸元がはだけ、もやしが揉んでた。




(あ、これ……ラノベでよくみるやつ。)


そんな態勢だった。いつも一人称で記述されるそれは、傍からみたらただの事故だった。ていうか野犬が盛ってるみてぇだな… っていう風にしか見れなかった。




「いつまで揉んでんのよ!えっち!」とほっぺを叩くとイザはサッと立ち、もやしくんの手を引っ張る。


「ほらっ立って!!!」


「そっちじゃない!!アタラさんに向かって敬礼! わたしに向かっての下の敬礼はちゃんとポジション直して収めて!うわっでっか…」


「やめろ!通報されるぞ!!」そんなツッコミが瞬間的に出ていた。




イザはもやしの尻を軽くたたき、腕を引いて起こし、肩のホコリを払って、はみ出たシャツをズボンに押し込む。


「真理省のスクリプタでしょ! キミのほうがたぶん偉いし優秀。でもね、アタラさんは威張りたいの!! 新人が来て説明してるときとか、ちょー元気になるんだから!! だから賢い子は従ってあげて!」


「はぃ……」


もやしは超小さい声で返事をした。


(……今、なんかすげー失礼なこと言わなかったかこの女)


「はい!よくできました! じゃあこれあげるぅ〜!」


イザはなにかをごそごそとポーチから取り出して渡した。




「イザちゃん推し活バッチ! キミだけの非公式グッズだからね。市販のやつよりずっとレアなんだから。ね、ちゃんと、見ていてね!見てるのちゃんと見てるからね!?」


…と、いって彼女はもやしの胸にバッチをつけてた。


明らかにイザと似ても似つかないデフォルメされたキャラ。紫髪のそのバッチは【ねむね†ちゃぴん】~市民12人フォロー 自由市民5万フォロー記念~とフワフワした文字でかかれてかかれている。


あきらかに違うやつだ。しかも値札ついてる。古道具屋の…




ドラゴンは肉塊に、もやしを手玉に… イカレてんのか…この女…




「このバッチ、盗聴魔法も付加されてるんだって!! もらったやつだからわかんないけど!」




イカレてた。




「へへっ…」もやしも何故かまんざらでもない顔をしてた。




イカレてた。ふたりとも。




まったく、マトモなのはおれだけか?




「というわけで、2名着任しました!」


「しゃっす……」


アタラは、天幕の隅でまだ転がっているドラゴンの残骸をちらりと見た。


経歴が黒塗りの二人、女の方は恐らく貴族、もやしは真理省ときたもんだ。好待遇のキャンペーンとはいえ、やつらにとてはとては日常業務より”評価”されるような仕事でもねぇだろ…


それに明らかに戦闘職じゃない。部隊は損失があったときの「機能引継ぎ」のために、似た背格好、似た能力、近いティア、つまり似たようなレベルで構成される。突出させない。個ではなく、平均的な集団として結果を出す用に…




しかし、高ティア(黒塗り)だ余計なことは喋らんか…


並べて揃えるだけ。仕事はいつだってそんなもんだ。


そんなことを思いながら、心を正して茶をすする。キャンペーンはいい。覚醒物質入りの茶(コヒーン)と呼ばれるが自由に飲める。規制もあるがある程度は砂糖も使える…




「と! いうわけでイザちゃんです!!二つ名は「子豚ちゃんをおいしくめしあがれ♡」ノクタン家っていう12貴族の嫡子で継承権は一位です!!! 最近、勇者関連のゴタゴタで父が亡くなったので、なんかもう基本的には頭首でっす!! 好きな食べ物は丼ものすべてです!!」




ブッハ!!


口に含んでたコヒーンを噴出した。 ぜんぶ言ってた。 12貴族!?


「こっちは、名前はいいかにゃ? どうせお前らとは二度と会わなくなるっていうプライド満載の顔してるしねっ!! 真理省のスクリプタね!性欲が異常みたい!! あら~かわいいわねっ!」




初対面でとんでもないことを明かされてるわ…


しかも、なんで「へへっ」って鼻の下をかいて、そんな大したことねぇっすよ…みたいな顔してんだコイツ。




しかし、貴族とはいえ、そこまでパーソナルを見れるもんか?コヒーンを含み。そんな疑問が浮かびきる前にイザが続ける。




「王国から眼球貸与でL3魔法つかえまっす! オーグの読みとりどころか、データベースすべてにアクセスできるまっす! なんでも知れます!!痴れ者の身ではありますがっ!!」




ブバッッ!


また、コヒーンを吐いた。L3? 三文字魔法!?




「なんスか?それ?」


もやしがイザに振る。


ああ、真理省でも知らないことはあるのか… たしかに表にでるときは戦争時くらいだからな…おれもいくつか聞いただけ、大消失の時の戦略兵器のコードとして…




「きになるぅ~? でもほら、こうゆうのって伏線? だからぁ ここで言ったら台無しじゃん? すげー引っ張って、最後の方に回収するとかのほうが盛り上がらない? 下着と同じよ。必要なときにはもういらないけど、それまではそれ自体が意味をも持つ。みたいなぁ?」




なんて例えだ… あんまり例えてなくないか?




「でも教えちゃう!《L3:Libra, Libera, Library》は── 世界の均衡を読み解く三重詠唱よ~ん。さっきも言った通りに王国のほとんどすべての情報にアクセスできるできるわよー。 ビッグデータ使えるから相対表示としてLV.HP.MP.EXPなんかも全部みれるわよー未来予測から敵性のHPや、回避率なんかも表示できるわよー」




とんでもない貸与品だった。本部の作戦指令室に備わってるぐらいの戦略魔法だった…


そんなのが託されるのなんて「勇者」くらいだろう、あれは王の眼としてさっき言った情報が見れるというが…




「ま、これ、≪Last Love Letter≫ として渡された勇者の左目だしねぇ~」


イザは自然にオレの思考に入ってくる。これが王の眼を持つものの話し方… まるで、他人の感情が濁流のように流れ込むのだろうか、人間に持つのは無理だ… ゆえに貴族か…




「そんなワケでよろしくねぇ~」


なんてあっけらかんとした顔でイザは握手を求めた。




右手は”もやし”としてた、なぜか恋人握りで指をからませていたが…




だからふさがった右手でなく、差し出したの左手になる…




「よろしく、オレはアタラだ」


そして続ける


「ほかの二人は装備の受け取りに行っている、戻ってきたらブリーフィングをはじめ…」


そう言いかけたところでイザがグイっと顔を寄せる。 密着し、耳元でささやく




「装備をとりに… ”行かせた”んでしょ? 取りたいもんね…イニチアチブ」


いままでのテンションと違った、熱を持った吐息でゆっくりとささやく、耳元で




「大丈夫よぉ~ 私はこの班のリーダーなんて望まないし、もやしくんもやらないわよぉ~ リドリーは…わからないけど、あなたがそうしたいなら、なればいい… そうなりたいならね……」




なにが「かわいい子豚ちゃんをおいしくめしあがれ」だ、




とんでもなく食えない女だ…


冷めた茶を口に含むと、底で溶けなかった砂糖の甘みがすぐに飲み込めない拒絶を返した。

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