視線

Kei

視線

会社の最寄り駅のそばに祠があった。はるか昔の時代、子供を守るために禁忌を犯し、土地神の怒りを買って怪異にされたという女の魂を祀っているらしい。いつ建てられたかもわからない程に古いものだったが、いつでも新しい花が供えられていた。


ひと月ほど前のことだ。俺は残業が深夜に及び、終電を逃しそうになっていた。そして駅に駆け込む際にこの祠に足をぶつけて壊してしまったのだ。屋根の部分が大きく崩れて中に祀られていた石柱が傾いていた。巻きつけてあった赤い縄も外れてしまっていた。


俺はとんでもないことをしてしまったと思ったが、その時はそのまま終電に飛び乗った。そして翌朝、駅を降りて恐る恐る見ると、祠は元に戻っていた。

夜の間に誰かが直したのか?あれほどの損傷を僅か数時間で?不思議に思ったが、ともかくほっとしたというのが正直な気持ちだった。


しかし、それから奇妙なことが起こり始めた。


祠に近づくと足が重くなった。精神的な感覚ではなく物理的に、だ。次第に足が重くなり、祠の前まで来ると歩き続けることができなくなった。まるで誰かに後ろから足を掴まれているように、しばらくするとまた急に足が軽くなるのだった。


こんなことが続き、俺はストレスからか体調を崩してしまった。それからはその駅を使うことをやめて、同じエリアにあるターミナル駅を使うようにした。駅から会社まで結構な距離を歩くことになり、通勤ルートとしても遠回りになるのだが、背に腹は代えられなかった。


しかし、それでも奇妙なことは続いた。


誰かに見られているのだ。気のせいではなく、駅を降りると必ず誰かが俺を見ていた。それも必ず女性だった。ひとりだけなら偶然だと思えたかもしれない。しかし時には周囲にいる女性たちが一斉にこちらを見ているのだ!彼女たちは他人同士のはずなのに、まるで「同じ何か」を共有しているようだった。彼女たちは俺をずっと目で追ってくる。警戒と敵意が混じったような不穏な視線で。

凝視される「だけ」であることも不気味だった。俺はいつか何かされるかもしれない、そんな恐怖に怯えていた。


女性には何かが見えているのだろうか。俺に憑いている「何か」が。それとも女性たちに「何か」が宿ったのだろうか。


俺はこれまで呪いや祟りを信じたことはなかったが、とうとうそういうモノを信じざるを得なくなった。それなら駅を変えるような誤魔化しでは許されないだろう。あの祠のあるこの場所にいる限り…


そして今日も、重苦しい気持ちを抱えてホームから階段を降りた。改札を出るとすぐに若い女性と目が合った。視線が突き刺さる。


俺は恐怖にかられ、小走りで駅を出た。



——背後から声が聞こえてきた。



若い男「あの…すみません、ゆなちゃんさんでしょうか?」

若い女「……え?」


振り返ると、俺に刃物のような視線を向けた女性が安堵の表情を浮かべていた。


若い男「スイマセン!お待たせしちゃって…! 僕、Keiです!電車が遅れてしまいまして…」

若い女「いえいえ大丈夫です!はじめましてです!優しそうな人でよかった… てっきり… あっ、いえ!今日はよろしくお願いします!」


俺の心臓は、恐怖とは別の意味でズンと沈んだ。


 …マチアプだったのかよ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

視線 Kei @Keitlyn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ