名無しの娘
翌日、準備をして昨日女の子と約束した公園に着いた。
公園には昨日とは違い、周囲には休日のせいか子ども連れの親たちが何組も集まっていた。
俺は女の子の姿を探すと楽しみだったのだろうか俺たちよりも先にあの小さな女の子が来ていた。
女の子は独りぽつんとベンチに座っていた。
女の子はしきりに入り口に目を向けていて俺たちが来たことを確認すると今日もまた、昨日と同じようにニコニコと笑顔で俺たちに手を振っている。
いつから居たのかは分からないが俺たちを待っている間に他の子どもたちと一緒に遊んでも良かったのにと女の子に近づく。
そして俺はそのことが気になって声をかけた。
「別に俺たちを待っている間、他の子たちと一緒に遊んでても良かったんだぞ」
女の子は、ちょっと困ったように笑った。
「本当は遊びたいんだけど……」
女の子が小さな声で言うのでもしかして俺たちみたいな年上には甘えられるけど、同い年の子にはどう接したらいいのか分からないのか思い俺は人肌脱ぐことにした。
(俺たちと遊ぶのもいいが同い年の友達も大事だろう)
マリアもそう思っているようで優しく微笑んで女の子の手を取る。
「一緒に声をかけてあげますわ」
俺たちは女の子の手を引いて、近くで遊んでいる子たちの方へ向かった。
だが、そこでその子どもたちの親たちが、明らかに険しい顔を向けてきた。
「ちょっと、ヤクザの子どもが来るわよ」
「うちの子と関わらせないで欲しいわ……」
母親同士の連携で子どもたちがこの女の子と接触しないように公園から出ていく。
そしてその母親たちの声は小声だったが、はっきり聞こえた。
(……!)
頭を殴られたような衝撃だった。
悲しいが無理もない。親にしてみれば、自分の子どもを危険な目に遭わせたくないだろう。
理解できる行動だ。
女の子は、俺たちの後ろからそっと覗き込んでいた。
事情が分からなくても空気で察してしまったのだろう。
その目に涙がにじんでいた。
俺たちは顔を見合わせ、女の子に向き直った。
「なあ、今日は場所を変えないか?」
「え?」
女の子は驚いた顔をした。
「うちで遊ぼう。な? 今日はそっちの方が楽しいと思うぞ」
女の子はきょとんとしたあと、ぱあっと顔を輝かせた。
「いいの?」
「もちろんですわ!ね、令」
女の子が先ほどの体験にショックを受けてしまわないように俺たちはいつもの倍、明るい声で話ながら歩いていた。
「そう言えば名前を聞いてなかったね。俺は犬伏令」
「私はマリアですわ。私の名前はどこが名前か分かりづらいと思いますから」
「名前?」
女の子は不思議そうに首をかしげた。
「そう、お父さんとかお母さんが君のことを呼ぶ時何て呼んでいるの?」
「おい、お前とかかな」
女の子はそんな恐ろしいことをまるで当たり前のように言った。
恐ろしいことを聞いたとびっくりしてしまった俺たちはしどろもどろで話題を変える。先ほどのこともあってあまりこの子が悲しむような話題にはしたくない。
すると女の子はお姫様の話を始め、マリアのことをお姫様だと思っていると興奮して話した。
女の子が元気そうで良かったと俺たちはアイコンタクトで会話し胸をなで下ろした。
俺たちは女の子を自宅に招いた。
「お邪魔します」
家に着くと、女の子はきちんと挨拶をした。
靴もきちんと揃えるし、手も洗う。
(この子、ちゃんとしてるんだな……。おいとかでしか呼ばない親なのにこういう礼儀は教えているのか……。ヤクザの世界だから俺たちには理解出来ないのかも知れないが……)
そして、リビングに座った俺たちは、押し入れから引っ張り出してきた人生ゲームを広げた。
「人生ゲームって知ってるか?」
「ううん、しらない」
マリアが丁寧にルールを説明しながら、ゲームは始まった。
「これはね、進んだマスでいろんな出来事が起こるゲームですの」
女の子は目を輝かせてサイコロを振った。
笑い声が部屋に満ちる。
女の子はもう最初の不安そうな表情ではなかった。
(良かった俺が余計な気を使ってしまったせいで女の子の1日を最悪なものにしてしまうところだった)
俺は横目で女の子を見ながらそんなことを思った。
そして進めていきあるイベントマスへとたどりついた。
「なになに?結婚マスね」
俺のコマが結婚マスに止まった。
このゲームでは結婚すると子どもが出来たりと色々な勝つために有利なイベントが起こるようになるマスだ。
そして女の子がきらきらと目を輝かせて尋ねる。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんも、結婚してるの?」
不意を突かれて、俺もマリアも顔が熱くなった。
「い、いや、まだだけど……」
「でも、そのうちする予定ですのよ」
顔を見合わせてこそばゆく笑い合った。
すると、女の子がぽつりと言った。
「だったらお姉ちゃんとお兄ちゃんのこどもになりたかったな」
女の子は笑った。
楽しい時間もあっという間に過ぎた。もう夕方になり日も暮れそうな時に女の子が小さくつぶやく。
「そろそろ、帰らないと……」
俺たちは引き止めたかったが、無理はさせたくなかった。
「また、遊ぼうな」
「……うん!じゃあ、次は2日後お昼に公園で待ち合わせね!」
お邪魔しましたと女の子は言うと笑顔で手を振って女の子は帰っていった。
俺たちは、その小さな背中を見送るしかできなかった。
(暴力の痕もない。服だってちゃんと洗濯していて新しいものだ。気のせいの可能性もあるしうかつに動いたら女の子にとって良くない結果になるかも知れない)
けれど、あの子が本当に無事なのか。本当は酷い目に遭っていないのか。
俺たちはそれが気がかりだった。
(杞憂ならいいんだけどな)
「なあ、あの女の子についてなんだけど……」
そう俺が切り出そうとした瞬間にマリアは言った。
「皆まで言わずとも分かりますわ。調べましょう」
そして俺たちはあの女の子について調査を始めることにした。
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