夢で泊まった洋館

@tokumeichunen

夢で泊まった洋館

仕事で、北の岬の隅にある古い洋館のようなホテルの五階、海に面している角部屋に、フロントの黒い蝶ネクタイをつけている目の下のクマと笑顔が印象的な三十代の女性係員の粋な計らいで泊まることになった。

照明、廊下、家具など調度品が大正浪漫感に溢れていて、とても心地よかった。


大きな窓カーテンを閉めていなく、夜になると、遠方にある貨物船の明かりが星空と繋がっていて、寝るのも惜しいと思った。


パソコンを閉じ、時計が朝の2時過ぎだった。


うとうとしていてベッドに入ろうとした時、窓に人の影がすばやく通り過ぎたような気がした。えっ……?


しばらく経つと、影が戻ってきた。


横顔だけでも間違いなく、フロントの女性だった。蝶ネクタイと目のクマが、窓ガラスから漏れた明かりに照らされて、すごく目立っていた。


カーテンが閉まっていなかったのが予想外だったのか、申し訳なさそうにこちらに軽く会釈して急いで通り過ぎていった……妙に色っぽかった。2時間ぐらい眠ったのかなかったのわからかないまま起きて、両手は冷たい汗でベタベタだった。


朝食も取らずに慌ただしくチェックアウトをする。フロントには昨日の係員とは違って、制服がとてもにあう白髪の上品なお歳をめした女性が清算してくれた。


そろばんで計算してそっと僕にそろばんを見せ、金額を言ってくれた。違和感なく済ませて、記念品でホテルの写真を印刷したマッチもくれた。今時珍しいが、レトロ調で可愛いしありだねと思いつつポッケトにしまった。


5階の出口の駐車場に車を止めてあるので、、、と告げられ、フロントのある1階から、遅くカタン、カタンと歯車の音が聞こえる旧式エレベーターにもう一度乗り5階の出口をでると、1階のよりも立派な入り口だった。驻車埸の庭先に国道のような広い道があり、坂にホテルを建ててここが1階にも見える。僕が泊まった5階の窓先は、4階の屋根で長椅子があってテラス風のつくりだった。


ゆうべは気づかなかった。なるほどと胸を撫で下ろし、車を乗りホテルを後にした。


時間の流れが早く、あれから5年が経って、一身上の都合で会社を辞めた。営業の仕事で全国を転々と回り無数に泊まったホテルの中で、一番頭に残ったのは北の岬にある洋館風のホテルだ。


目の下のクマと優しい笑顔が印象的で素敵な女性係員と、白髪の上品な制服が似合うお年をめした女性の顔が記憶に焼きかれ、もう一度無性に見たくなってきて、どうせ暇があるし自分にご褒美という意味で、のんびり旅する計画を立てた。


北への旅の初めの宿は、当然あの岬隅の洋館風のホテルに決めた。海岸線沿いの道を、音楽を聴きながらドライブすると、とても気分がリラックスできた。


生きていて幸せだなと感じると同時に、誰かに感謝したい気持ちになる、神樣なのか両親なのか、友人、仕事仲間達なのか、大自然か目の前の透き通った海なのか分からないが、とにかく何かに対してのありがたい気持ちが体の内側から溢れてきる。

そこの町の今日までの歩みを知るのに最も効率的な方法は、そこの町の郷土記念博物館に行くことだ。

誰かがそう話したような気がする。博物館でわかったのだが、この町はもともと炭鉱と金鉱で明治から昭和の初期まで大変賑わっていたそうだ。町の重厚感のある西洋風の建物は、当時の銀行とか金の取引所だったりする。


日本および世界中のビジネスマン達が行き来するホテルもたくさんあった。やがて石炭も金も取れなくなるにつれ、ビジネスマンや労働者達は去って行き、それで生計を立ていたホテルや料亭なども自然に廃業に追い込まれていった。最後まで残ったのがあの岬の隅の洋館のようなホテルだった。


博物館の説明では最盛期には社員が50名以上居たらしいが、、、戦時中、後取りの一人息子が徴兵され新婚の嫁さんを残し南の島に行ったそうだ。その後、女将をしているお母さんと息子のお嫁さん二人で若旦那の帰りを待ちながら、客がほどんどいない岬のホテルを守っていたそうだ。


終戦しても若旦那が帰ってこなかった。しばらくして、心の支えが無くしたせいか?ホテルを一緒懸命に守ってきた女将さんと若い嫁さんが相次いで病気で亡くなり、ホテルの見える敷地に葬られ、若旦那の帰りを待ち続けているそうだ。ホテルと莫大な財産の相続者がなく、生前町に寄付し、昭和30年に町の重要文化財として、当時のまま保存されている。


ホテルの看板や外観の写真は、自分が五年前に泊まったホテルとまったく同じだった。記念博物館のスタッフさんに確認したところ、このホテルは昭和20年代、女将さん親子が亡くなってからは閉まったままで、復帰営業は一度もなかった。そして、同じような外観のホテルもなかった。どういうことなのか分からないまま、記念博物館を出た。なにかの間違いに違いない。とりあえず、現地に行くことにした。


記憶をたどることもなく、町から海の方へは道路が一本のみで、海岸の近くの500メートルの赤松林を過ぎると、海岸沿いの国道に突き当たる。国道から右に少し走行して、海岸がUの字みたいにへこんでいて、小さい湾になっている。湾に入ったところ、崖にホテルがあって、入り口の綺麗な盆栽を大きくしたような形となった巨大赤松が、とても分かりやすかった。    


5年前のホテルに間違いなかった。看板も外観も、駐車場に入ってホテルのクローズしている扉の横のレンガの壁に貼ってある長方形の銅板に、黒の印刷体の字で郷土記念博物館と同じくホテルの由来などが書いてある。やはり昭和20年代末から営業していないようだ、、、。


自分が何か勘違いしたのかなと、車で周辺をくるくる走りまわってみたが、やはり別荘か民家しかなかった。ホテルらしき建物はここだけだった。どういうことなのかな? 自己不信になりそうだ。いろんな可能性を考えながら、思わず文化財のホテルの駐車場に戻ってきた。


車の中で町郷土記念博物館の案内本を広げて、ここのホテルのところをよく見てみた。紹介文は長くなかったが、写真が何枚かあり、その中の一枚が当時の宣伝用チラシかポスターかはわからないが、女将さんと従業員たちが写っている写真だった。よくよく見ると、その女将さんが、あのときチェックアウトしてくれた制服がよく似合う上品なご婦人とそっくりだった。


ここまで来て、驚きを超えて思考停止しそうで、息ばかり呑んでいた。こうジタバタしているうちに、日が暮れて暗くなってきた。目を車外にやると、知らずにホテルの看板も駐車場と道の街灯も明かりがついていた。まったく5年前の風景と同じだった。ここだと確信できた瞬間だった。暗くなるのが本当に早かった。星空はやはりあの夜と同じくきれいだった。


不思議に、ここだと確信した時から体の芯から緊張がほぐれて、とても安らかな気分になってきた。なんの気持ちの変化かわからない。


しばらく波が崖をぶつけくる音あびてから、町に戻る途中の受付なしのラブホに一人で入ったのが夜の12时ごろだった。一連のことが頭でいっぱいになり、ベッドに横たわって、頭の整理をしてみた。5年前に泊まっていたホテルに懐かしくて再び泊まりに来たら、そのホテルが何十年前から営業してなかったという事実があった。


物理的に5年前にそこに泊まったことが絶対に有り得ないということになる。自分は霊的類なこと信じないし、そういう体験話もインチキだと思っている。となると幻想か夢かしか考えられない。


その線で辿って行くとあの時の自分は毎日仕事のノルマに追われて、若くて体力に自信あるにも関わらず、体の限界にギリギリまで来ていた。


あの日確かに遅くまでクライアントと食事会して、深夜になってやっと帰してくれて、帰りにあの明かりがついてる看板に導かれホテルの駐車場に入ったことを鮮明に覚えてる…もしかして疲れすぎてそのまま車で眠ってしまって夢を見てたかな、、、女将の写真をどこで意識しなかったが目にしてたかもしれない…何せ夢の中の女将さんと写真の女将はあまりにもそっくりだったから。


なるほど、夢だったのか、そうだよな、、、


なんとくしたせいかぐっすり眠りついた。


すごくいい旅だった。普通に見えるなんでもない町にも深くしればそれなりの歴史とそこに生きていた人々のさまざまな人間模様があって、考え深いものがある。そう思いながら目覚めて、次の日旅終え普通の生活に戻った。


月日の流れは早いもの。

新しい会社に転職してから、自分にも後輩ができ、先輩らしく偉そうにも人の面倒を見る立場になってしまった。


仲良くしているやつらを何人か、たまに家に呼んで家飲みする。


一人、いつもヨレヨレのスーツを着てるやつに、何年か前からもう着れないスーツをあげたら、ポケットから、夢の中で泊まった洋館のホテル、チェックアウトの際に女将さんがくれたあの洋館のホテルの写真を印刷したマッチ箱が出てきた。

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