第1章 50人目の海救主

第1話 ザクラという娘


「おりゃ-!!!」

古びた道場に大きな声と竹刀の当てた音が響き渡る。

「勝負あり!」

竹刀を相手の面に当て、勝利の女神に微笑まれた赤たすきの剣士は深く頭を下げる。

そして試合の場を離れた。

「ぷはぁ!」

試合を終えた剣士は面を外した。

その面の下からは、美しい少女の顔が現れた。

「ザクラ!今日も絶好調だな。」

汗を拭く少女のもとに一人の少年がかけよる。

少女はそれを聞いてニヤリと笑う。

「なに言ってんの。私はここの後継ぎだよ?」

彼女の名は、春風ザクラ。

ここ、春風道場の次期道場主である。


練習を終え、道場は一度昼休憩にはいった。

ザクラは道場裏にある自宅で昼飯を食べる。

ちゃぶ台を挟んで、目の前にザクラの父で現春風道場の主、春風龍海がいる。

「ザクラ」

「なに?」

「明日予定なにもはいってないか?」

「ないけど…」

「これをら見ろ」

龍海はザクラに1通の手紙を渡す。

ザクラはそれを受けとって読んだ。

「…へぇ。王宮からか。って、王様から-!?」

手紙の便箋の端と封筒の中央に、ザクラの国の王家の印である、紅の鳳凰が印されていた。


手紙の内容はこうだった。


親愛なる春風龍海殿へ。

元気で過ごしているだろうか?

こっちはお主が知っているからわざわざ言わん。

さて、本題だが。

お主には確か、娘がおったはずだな?

娘を連れて一度私のところに来て欲しい。


「父さんと王様って、知り合いか何か…?」

「おぅ。俺と国王は同じ師匠のもとで修行した仲でな。お前が生まれたときもわざわざいらしてくださったんだぞ」

「へ、へぇ…。「それにしても、父さんだけならまだしも、なぜ私も?」

「明日になれば分かるだろうな」

「めちゃくちゃ気になるんだけど…」


翌日。

家から王宮まではかなり距離があるため、今日は道場を休みにし、春風親子は王様の遣わせた馬車に乗り込んだ。

王宮までの道のりは長く、ザクラは気づいたら眠っていた。


ザクラの夢の中に、

青に輝く海の底に、一匹の龍が眠っていた。

見た目はふつうに寝ているように見えるが、その身体は黒の糸でがんじがらめにされて痛々しい。

その龍は夢の中にいるザクラをまっすぐに見つめた。

“白き世界を取り戻せ”

“世界を救え、真なる海の救世主よ”


「ザクラ、ザクラ!」

ザクラは父の呼び声で目を覚ました。

ずいぶん長く寝ていたようで、窓の向こうの景色はすっかり街である。

「もうすぐ着くぞ」

「わかった…。しかし、変な夢をみたな…」


“白き世界を取り戻せ”

“世界を救え、真なる海の救世主よ”


あれはどんなことを表してるんだろう…。


「ザクラ、目覚ましたか?」

「うん」

「もうすぐ王宮に着く。準備しとけよ」


ザクラは先程見た不思議な夢を気にしながら、知らぬ間についた寝癖を直した。


「それでは、またお迎えに参りますので」

王宮に着いたザクラたちは馬車から降りた。

「わかりました。ありがとうございました」

家来はそれを聞いて一礼すると、春風親子の前から去っていった。

春風親子は後ろの王城を見上げる。

「ここが王様の城?」

「そうだ。-さ、中に入るぞ」



城の中で案内され、春風親子は中庭の東屋にたどり着いた。

その東屋には一人の男が紅茶を飲んでいた。

彼はやってきた春風親子を見て、嬉しそうに笑う。そして東屋に招いた。


「お久しぶりですね、国王陛下」

「あぁ、久しぶりだ。元気だったか?」

この男こそ、春風親子の住む国、緑葉国の王である。

「はい。国王陛下、ご紹介します。これが私の娘、春風ザクラと申します。ザクラ、ご挨拶なさい」

「は、はいっ!春風ザクラと申しますっ!国王陛下にはご機嫌うるわしゅう…」

それを聞いて男が笑う。

「そんな堅苦しい挨拶はいらん。しかし、なかなか元気そうな娘であるな」

「元気過ぎて困ってますよ…」

「何をいう。元気なのは何にかえても良いことだぞ」

「そうですね…」

龍海は王の話に苦笑した。

「まぁ長い話になるのでな。座るがよい」

王に勧められ、春風親子は東屋内の椅子に座った。

「さて、本題に入る。龍海殿」

「はい」

「私は先日おかしな夢を見た。私はその夢がどうも気になり、王家付きの夢見師に夢のことを話した。その結果な、とんでもないこてが分かったのだ」

「なにか悪いことでもあったのですか?」

龍海の言葉に王はうなずく。

「…近いうちに、この世界が滅びることが暗示していた」

「この世界が滅びる!?」

「なぜですか?」

「ただ分かることはな、とてつもない強大で闇の力を持っている者がこの世界を破滅に導いている、ということだ」

「そんなことをする人がいるんだ…」

「国王陛下、世界滅亡を防ぐ手立てはないのですか?」

「私たち一般の人間では無理だ。だがな、あの方ならできると思う」

「あの方というのは…?」

「かなり昔から言い伝えられてきた伝説の人のことだ。龍海、わかるな?」

龍海は頷くと、歌うように話はじめた。

「“すべての命を愛する御子

胸に輝きし海の宝と

白き光をその御身に

悪しき世界を清める

その御子こそ

真の海救主(うみのすくいぬし)なり”」

父が唄うようにその伝説とやらを読むのを聞いて、ザクラはキョトンとした顔になる。

「…もしやそなた、この伝説を聞くのは初めてか…?」

「申し訳ございません。聞くまで知らなかったです…」

「さ、さようか…」

「でも、その伝説の人っているんですか?」

「お嬢ちゃん、それがいたんだよ」

龍海はそれを聞いて顔を曇らせる。

王はそんな龍海と目を合わせる。

龍海はそれに返事をするように、深くうなずいた。

「ザクラさん。今から言うこと、良く聞いてくれ。」

「はい?」

「伝説の人は今、緑葉国で生きている。その人はね…。ザクラさん。君なんだよ」



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