第2話 地球オタク新人天使がやってきます。

ランランと輝かせた目が、今度は私に向けられている。


「じゃあ、自己紹介、お願いできる?」


声をかけた瞬間、ユズハの背筋がぴんと伸びた。椅子から立ち上がりそうな勢いだ。


「はい! ルア=ユズハ、16歳です! あの、あゆみ様は元地球人ということで合ってますか?」


いきなりそこから来るのか。まずはこちらの質問に答えてほしい。


「待って待って。まずはこっちから質問させて。私は要員の追加なんて頼んでないんだけど、何かの手違いじゃないよね?」


「はい! 私の強い希望で入れさせてもらいました!」


胸を張って言うあたり、本気である。


やっぱり間違いじゃなかった。しかもユズハの強い希望らしい。


正直、作業要員ならともかく、雑用や清掃専任まではあんまり求めていない。

システムの監視やトラブル対応の要員が増えるならまだしも、掃除要員を増やしてくれと直訴する天使はなかなか珍しい。

とはいえ、本人の前でそれを言うのはさすがに気が引けた。


「やっぱりここで働きたい? なにか理由があるの?」


「はい! それで、改めてお聞きするんですが、あゆみ様は元地球人ということで合ってますか?」


さっきからそこだけは絶対に確認したいらしい。


「私は元日本人よ。それがなにか?」

「いやー、私ですね、RECで地球の娯楽に触れる機会が多くてですね、地球文化の大ファンなんですよ。元地球人の神が来ると聞いて、いても立ってもいられなくて」


言いながら、ユズハは椅子の上でそわそわと足を揺らしている。完全にオタクのテンションだ。

RECレックは天界の娯楽システムのひとつだ。映像、ゲーム、音楽、小説なんかをまとめて配信している、総合エンターテインメントシステムである。

天界が管理する世界すべての娯楽が格納されていると言われていて、私も地球のアニメなんかをたまに流し見している。

残業の後に、気力が残っているときだけだが。


「さっき、私の車を見て目をランランと輝かせていたのは、そのせいなのね?」

「はい! あの車、アニメに出てきてましたよね! RECで見て、ずっと本物を見てみたいと思ってたんです! 実物を見られるなんて思ってませんでした!」


そこまで食いつかれるとは思っていなかった。あれはただ、通勤が面倒だからって理由で用意してもらっただけの、公用車扱いの趣味車だ。

やっぱり、あの反応の裏には何かあると思っていたが、読みは当たっていた。


「それで、その、ここでの仕事は大丈夫そう? 清掃って聞いてるけど」

「はい! 清掃と雑務と、あと可能であれば残業のお供のコーヒー係を」

「最後のは正式な業務に入ってないからね?」

思わずツッコミを入れる。


「いえ、その、RECで見たんです。疲れた上司にコーヒーを差し入れる部下がいてですね、あれすごく良いシーンだったので、一度やってみたいなと」

「参考にするドラマを間違えてない? ここ、一応神殿だからね」

口ではそう言いつつ、内心では少し笑ってしまう。


私は少し考える。

(掃除は専門部署の人が定期的に来てやってくれているけど、専用の要員がいてもいいかもしれないな。あの人たちも他部署との兼務で忙しそうだったし。それに、なんだかんだ言って地球文化を語れる相手がいても悪くない)


この支部に来てから、それなりの時間が経ったけれど、元地球人という共通項で話が合う相手はほとんどいなかった。

地球の話題を出すと、だいたい「また元人間目線の愚痴だ」と流される。

(こういうオタク系の子が一人くらいいても、職場の空気が少しは和むかもしれない)

そう思った。


「わかった、納得した。これからよろしくね、ユズハ」

「はい! よろしくお願いします!」

嬉しそうに尻尾を振りそうな勢いで、彼女はぺこりと頭を下げた。天使なので尻尾は無いが、羽が小さくぱたぱた揺れている。


端末の時刻を見ると、八時三十分を回っている。朝会の前に片づける予定だったメールチェックが、また後回しになった。


「それじゃあ、明日からよろしくね。今日は引っ越しもあるだろうから、そっちを優先してもらって」

「わかりました! 部屋番号は先ほど案内していただいた場所で間違いないですよね?」

「うん。生活に必要な最低限の家具はもう入ってるはずだから、あとは自分の荷物を持ち込めば大丈夫よ。何か足りないものがあったら申請して」

「はい! 明日から全力でがんばります!」

元気よく答えると、ユズハは書類を大事そうに抱えて部屋を出ていった。足取りが軽い。新人のやる気は尊い。


ただ、管理職の勘は知っている。新人が入る週は、だいたい何かしら障害が起きる。

そんなジンクスを打ち消すように、私は端末の画面を閉じた。


ちょうどそのとき、扉がノックされる。

「失礼します、あゆみ様」

顔をのぞかせたのはシルヴィだった。


「ログ分析チームから、オペレーションルームに至急お越しいただきたいと連絡がありました。少し、気になる報告があるそうです」


ジンクスなんて信じない、とさっきまで思っていたはずなのに……

私は椅子から立ち上がり、タブレットを手に取った。


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