暗い人

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 雨上がりの繁華街を、N氏は1人散歩していた。

 前方に、傘を差した青年が歩いていた。ノロノロとした足運びだったので、はるか先でゴマ粒のように見えたその男に、N氏はいつの間にか追いつきそうになっていた。

 あまりに鈍足なので、N氏は青年の脇から追い抜こうとした。しかし、歩道は狭く、何より傘のつゆ先に彼の髪が引っ掛かりそうだったので、N氏はしぶしぶ足並みをそろえ、男のあとを追った。

 横断歩道に差し掛かれば、N氏は思惑通り青年を追い越すことできるのだが、無情にも一本道が続いた。N氏はいら立ちを押し殺しながら、あれこれと思索していた。

 すると、青年はジーンズのポケットから財布を落とした。男はそれに気づかず行ってしまったので、慌ててN氏は財布を拾い、男へ駆け寄った。

「すみません」

「はい、何でしょう」

 青年の声色は暗く、振り返りざまの表情からは困惑も焦燥も感じ取れなかった。また顔は青白く、能面のようだった。N氏はその様子から薄幸な男だと了見した。

「財布を落としたので」

「ありがとうございます」

「ところで、雨はもう止んでいますよ」

「はい、分かっています」

「おや? では何のために傘を」

「紫外線対策です、これは日傘なんですよ」

「日傘なんて、カンカン照りの日に差すものじゃないんですか?」

「知らないんですか? 曇りの日の方が紫外線の照射量が多いんですよ」

 どうやら、青年は美容家らしかった。どうも紫外線のことを気にかけているらしい。N氏は男の顔が白いのも、もしかしたら化粧しているからではないかと思った。

「感心ですねえ、私は日傘を使ったことが無いので」

「ぜひ使うべきですよ、何しろ紫外線は老化を著しく促進させるので」

「そうなんですか」

「ほら、今この瞬間も、見えないですが紫外線はあなたの肌を痛めつけているんですよ」

「怖いことを言いますねえ」

「あなたは十数年後、シミだらけになってもいいんですか?」

 N氏は腕組みして、しばらく考え込んだ。

「確かに、あなたの言うことはごもっともです。美容にあなたほどの情熱は注げませんが、しかしできる限りの日焼け対策はしてみようと思います」

「はい、誰もがそうすべきです」

 青年は目を細めてニイっと笑ったが、何だかそれがN氏にとって不気味だった。


 数日来に渡って停滞していた温帯低気圧が北上し、久しぶりの晴れ模様となった。N氏はすっかり浮ついて、大慌てで日課の散歩へと出かけた。そのせいで、せっかく購入しておいた日焼け止めクリームを塗るのを忘れてしまった。

 いつもの繁華街では人々がにぎわい、広場では音楽フェスが開催されていた。露店が開かれていたので、N氏は真っ昼間に関わらず1杯のビールを購入し、焼き鳥をあてがった。特設ステージでは若者のロックバンドが演奏をしていた。エレキギターの弦がキラキラと輝いていた。

 N氏は即席テーブルに腕をつきながら、若者たちの演奏を嬉しそうに鑑賞していた。小麦色に肌を焼いた男女は首にタオルをかけ、汗を吹き出しながら意気盛んに音を奏でていた。N氏はその様子に感動していた。

「すばらしい! これからの日本も安泰だ」

 何の気なしに、N氏は広場の入口の方へ目を向けた。すると、人ごみの中、不自然に傘を差す1人の男性を発見した。先日の青年だろうか? N氏は男に注目した。

 すると男は、車が行き交う国道の、そのただなかを横断しようとした。N氏はギョッとした。男が車にひかれてしまうかもしれないと思ったのだ。右車線からトラックが猛スピードで男へ突進する。危ない! N氏は目を伏せた。

 幸い、トラックは青年のいた間際で停止したので、大事には至らなかった。N氏はほっと胸をなでおろした。国道は騒然とし、クラクションが鳴り響いていた。青年は傘の影で、体をプルプルと震わせているようだった。

 N氏はいささか男が気がかりだったが、すぐさまバンドの演奏に関心を戻した。やはり今を楽しむのが一番だ。

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暗い人 hiromin%2 @AC112

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