第二話「国会占拠・後編」
小師率いるテロ集団は、中央広場の左側にある扉から衆議院に入った。
天井からはパラパラと粉塵が落ち、廊下の空気がぐわんぐわんと揺れている。
長い廊下を駆ける03が状況を確認する。
「小師の班は曲がる。おれの班は直進っすよね?」
その直後、曲がり角の陰から現れたSPの銃口。
03は即座に応戦しつつ、背後に控える小師を庇うように運ぶ。
「ああ。テレビでお馴染みの議場は俺が制圧する。そのほかは任せる」
「了解。追加の人質は必要っすか?」
「頼むよ。議場に詰めてる政治家は殺すなと言われているからな」
「じゃあ殺戮にならない程度にやるっす」
小師がAKから拳銃に持ち替えて、03の背後から素早く前に出た。
壁を背にして、SPを五名射殺する。
拳銃を下げた小師を確認してから、03が前に進み、通路の先を警戒する。
小師の班が曲がり角の先にある衆議院本会議場の扉を目指す。
半開きになった、まるでコンサートホールを思わせる重厚な扉の隙間から、SPの腕と顔が覗いていた。
拳銃を構えたSPが叫ぶ。
「ここを死守するぞ!」
小師は理解する。ここが本会議場。衆議院の心臓部だ。
「警察のくせに、いい腕してる」
SPが放った9ミリ弾が風を裂き、小師の頬をかすめた。
一筋の赤が、静かに肌を伝う。
だが、小師は眉ひとつ動かさない。
小師のマスクがひらりと宙を舞う。
小師がAKを連射して、SPを引っ込ませた。
扉に銃弾がめり込み、文様の破片が飛び散っている。
絶え間なく来る銃弾が邪魔で、なにもできないらしい。
「耐えろ!」
「グレネード使えないし、めんどうだな。よし! 武装解除!」
戦士がきょとんとする。
「は?」
「このまま撃ち合っても硬直状態が続くだけだろ。だからといって、グレネードで吹っ飛べなんてやろうものなら政治家の一人や二人巻き添えで、死亡だ」
分かるようで分からない理論をかざす小師に戦士は怒り心頭だ。
断固拒否すると騒ぎ立てるが、06の小声を聞いたとたんに従った。
「わかった」
「俺は怒られたくないんだよ」
小師がAKをゆっくりと床に寝かせた。
続いて拳銃からマガジンを外し、薬室の一発すら排出する。
SPがお見合いの男女のように、空気を読み合う。
お互いを見あって少しの時間、罠を疑うも飛び出す。
すぐ後ろで、逃げる準備をしていた政治家に急かされて、対峙してしまったことをSPは後悔するが、遅い。
「なにを考えているのか分からない」
「逮捕しないのかするのかどっちなんだ」
拳銃を構える二人のSPのうち一人が、無線機に視線を移した。
小師が隠し持っていた小型ナイフを、無言で投げた。
無線に集中していたSPの頸動脈が裂け、首元から血がどばっ。
赤黒い滝のように溢れ出す血液が、ナイフを押し戻すほどの勢いで噴き出す。SPはそれを両手で押さえつけながら、口から「ごぶ、ごぶ」と濁った音を漏らした。
もう一人のSPが口元をきゅっと歪め、即座に発砲する。
「さすがに二人は無理か」
小師が06の襟首をつかんで、自分の体を覆い隠すための盾として使った。
SPの拳銃から放たれた銃弾が06の防弾チョッキにぶつかった。
「人間のやることかよ」
小師が盾のすきまから発砲して、SPの脚を破壊する。
倒れこんだSPは、なおも銃を離そうとせずにあがいていた。
小師はAKを素早く拾い上げ、ためらいもなく引き金を引いた。
銃声が響き、SPの右腕が爆ぜたように吹き飛ぶ。
握っていた拳銃が、血と一緒に床に転がった。
「9ミリで死ぬわけないだろ。ただのスキンシップだ」
軽口を叩く小師の横で、防弾チョッキを叩かれた06が短く言った。
「痛みは、ある」
「なかなか洒落た銃、使ってるな」
小師がSPの拳銃を拾った。
グロック17。
世界の法務執行機関に愛好者が多いシリーズの一つだ。
特殊部隊でも通用する精度と安全性がある。
いわゆるちょっとお高めのアイスのような立ち位置の拳銃を見た06が言った。
「維持管理が安くて楽なお古のP230を未だに使ってると思ってましたよ」
「あれはあれで、大変なんだぞ」
小師がSPを盾にして、突入する。
衆議院本会議場の椅子に座っている政治家。
議員って言った方がいいなは少数派だった。
新年を今か今かと待つ人々が行き交うスクランブル交差点が脳裏に浮かぶ。
戦士が叫んだ。
「邪魔だ! 伏せろ!」
「主役気取りか? SPの見せ場だったのに」
戦士がAKを天に向けた。
怒鳴り声代わりの威嚇射撃が、天井に炸裂する。
炸ける音に腰を抜かしたへっぽこ議員が慌てて身を引き、射線が通った。
SPの射線も通ったが、人間の盾を見て、引き金にわずかな迷いが走る。
銃の撃ち合いにおいて重要なのは、ただ一つ。「先に撃って、相手を殺す」それができなければ、圧倒的な訓練を積んだ特殊部隊ですら、民兵とそう変わらない。
一瞬の躊躇、それだけで命が消える。
速度と正確性。それが強さだ。
鈍ったSPは、ただのでくのぼうに過ぎない。
「俺に構うな! 撃て!」
盾役のSPが叫んだその声が、戦場の空気を引き裂いた。
「漢だね。でも遅い」
机が半円にずらりと並び、机と机の間には無数の通路が延びていた。
通路の先、演壇の前には年配のSP。
右端と左端の通路にも、それぞれ若いSPが立っていた。
右端のSPは女性だった。
小師はためらうことなく引き金を引き、三人を一瞬で撃ち殺した。
撃たれたSPたちは何もできず、その場に崩れ落ちた。
06は喉元まで出かけた言葉を、ぐっと飲み込んだ。
「女を抵抗もなく殺せるんだ? って聞きたいんだろ」
小師が首にある古傷を指差す。
鋭利な刃で切られた傷だ。
06が頷いた。
「惚れた女が殺し屋で、のこのこホテルについていったら背後からスパ。隙をほんのわずかでも見せればおだぶつだ。同じプロとして扱わないと、な」
06が無線連絡をする。
「議場は制圧した。そっちはどうだ?」
『問題なく制圧できたっす。へましたんで病院に行ってもいいっすか?』
「無線を借りるぞ。簡単な仕事で怪我するなんておまえらしくないな」
「強奪じゃないですか」
小師が06の無線機を奪った。
『刑事が入り込んでいたんすよ。警察が敷地に入るには議長の許可が必要っての信用ならないっす』
「ぺらぺら話せているんなら大丈夫だ。弾が抜けてないなら手伝うぞ」
『応急処置がどへたな小師には任せられないっす』
「不器用な手先を訓練するために裁縫とかやっているんだぞ。俺の努力を信用しろ」
『……』
「無視はひどいな。交信終了」
小師が演壇に立って、演説を始めた。
スポーツ選手から議員に転身した、大男が挙手をする。
「質問があります!」
「……人の話を遮るのってあんたらの十八番なの?」
「質問があります!」
「えっと柔道の名前が出てこないな。あー有名人くん」
「目的はなんだ!」
「十年前のテロと同じだよ。ゆるしのない浄化はただの暴走だ」
テロの名前は知ってる様子だが、内容はあやふやらしい大男に代わって、
議長が声を漏らした。
「
「半分正解だ。びびる必要はない。ゆるしを得るために、反対する議員を殺し、強制的に可決するよう追い込んだりはしないからな」
「仮に法案が通っても無駄とあなたは気づくべきだ! 最高裁が黙ってはいない!」
「関係ないよ。必要なのはゆるしを得た事実だ。一時の気の迷いでもゆるすと言ってくれさえすれば法的には正しくなくとも浄化は正しい行いとして記されるらしい」
「らしい? とはどういうことですか!」
「とりあえず全員、席に戻れ」
テロリストが命令したのに、ほとんどの議員がぼけぇとしている。
まだテロと認識していないらしい。
平和ボケもここまでくるとお笑いだな。
「小師の言葉が理解できないのか! 戻れ!」
06が拳銃で、威嚇する。
AKでもよかったんじゃないか? ここは中東ではなく平和ボケの日本だ。
ようやく動き出した議員がそれぞれの席に座った。
「傍聴席の報道者諸君。カメラを止めるな」
「警察の特殊部隊が国会議事堂周辺に展開しています」
06が静かに報告した。
その声には、ただならぬ気配が
「すぐには突入しないはずだ。防備を固める時間はあるだろ。ここは任せる」
06がノートパソコンを立ち上げた。
背面の無数のステッカーがダサい。着飾らないザ・機械って背面の方がかっこいいだろ。と思ったけど、車とは違うか。
「了解」
中央玄関に向かうと、顔を真っ赤にした戦士が、
丸い文様が刻まれた扉を必死に押していた。
今はたまたま開いているが、普段は『開かずの扉』として知られている。
その重量、なんと一トン超。
トラックを人力で押すのと変わらない重労働だ。
「ぐああああ」
「人力で可能なのか?」
なんか開け閉めする道具っぽいのが近くにあるにはある。
使い方は知らない。
「頑張ります!」
扉を押せ押せ集団のリーダー格の戦士がぐっとポーズをする。
「そっか。一人くらい衛視を生け捕りにするべきだったな」
頑丈な扉だが、安全とは言い切れない。
一部の戦士のバックパックに入っている、
C4があればぶっ壊して無理やり通ることも可能だ。
自衛隊が出張ってこない可能性がゼロではない以上、
なにかしらの対策は必要だろうな。
原始的だが、効果抜群のワイヤートラップを仕掛けて様子見することに決めた。
「狙撃される恐れのある窓には新聞紙を張りました。訓練通りに……」
03に同行していた、佐々木が報告に来た。
「なんだ?」
「鉄板の方がよかったのでは、と思いまして」
「鉄板なんて誰も運べないだろ? だから軽くていくらでもバックパックに詰め込める新聞紙が最強なんだ。侵入を防ぐんじゃなくて、狙撃だからな」
「いえ。新聞紙じゃ簡単に貫通します」
「警察は野蛮じゃないぞ。テロリストか民間人か判断できないのに、人影がある撃てとはならないだろ。ちょっと頭を冷やした方がいいんじゃないか?」
佐々木は極度に緊張していた。
いつ突入してくるのか分からない状況だし、ストレスで思考が鈍るのも理解はできる。死ねない側ならな。おまえは死ねる側だろ?
『システムがオンラインになりました。議場から映像を確認できます』
「監視カメラとセンサーの設置も終わったか。これでゆっくり配信ができるぞ」
小師が議場に戻った。
なにも発しない06と戦士に困惑していたのか、重苦しい空気を議員と報道者はまとっている。しーんがずっと配信されていたのか。
06が口を開いた。
「小師がいなかったので、放送事故になってました」
「テロが配信されてる時点で、放送事故だけどな」
議長がおずおずと挙手をする。
「トイレに行きたいのですが」
「悪いけど、誰も出さない主義なんだよ。ほらおまえが空手の達人で、戦士をボコって逃げるかもしれないだろ――そんな顔するなよ」
議長が親に怒られた子供みたいな顔をする。
「泣くな。ちゃんとおむつは用意してある」
「大はどうするんですか!」
「おまえらにとって予算会議って軍人にとっての戦場だろ?」
「はい?」
「戦場に降り立ったのに、トイレに行きたいですなんて敵に言えるわけがないよな。そんなことがないように前もって、全部出すのが基本だ。泣くなよ」
議長の涙腺が崩壊する。
06がぼそっと言った。
「サディスト」
「オーケー。そこのおまえエスコートだ」
指名されたマッチョの戦士が議長を議場の外に連れ出す。
「筋肉の前には無力」
「不安だ……06も同行しろ」
こくりと頷いた。06がマッチョの後を追った。
「めんどくさ」
「マイクテストあーあー。ごほん。議員諸君、こんばんは」
「……」
「返事はなし、か。まぁいい。演説で目的はわかっているとは思うが、改めて今度は議員に問うことにする。日本の自然は美しいか?」
元スポーツ選手の大男だけが答えた。
「美しいに決まっている!」
「ならなぜ破壊する?」
「……」
「今度はだんまりか。こんな状況でも失言を気にするんだな」
「経済のために破壊はしている。だが、緑化も促進しているだろ!」
「ああ。いい活動だ。亡き教祖も喜んでいたらしいが、こうも言っていた。『人間が多すぎる。効果を出すために殺さなくてはならない』」
「狂っている自覚がないのか! 自然のために人を殺す? お、むぐ」
逆上した戦士が、撃つかもと思ったらしい議員が大男の口を塞いだ。
「教団の考えに反する人間は浄化する。ここで言う浄化は殺すってことだ。浄化をゆるす法案を可決か否決か決めていただく。猶予は三日だ」
「離せ! そんなバカな法案を可決するわけがないだろ! おまえはバ、むぐ」
議員が叫んだ。
「怒らせるようなことを言うな!」
「これは噂なんだが、どっかの過激派が日本国内で、テロを計画しているらしい。偶然、俺たちと同じくどこかで事を起こすとかなんとか言っていたな」
大男の口を塞ぐ議員が問うた。
「脅しているのですか?」
「違う違う。脅して、ゆるしを得た、じゃ正しいとはならないだろ」
口を塞ぐ、手の隙間から「ぐ、ずが」と大男が発する。「おまえは黙ってろ!」とたぶん大男にヤジが飛んだ。
「ゆるしを得れば、お返しに、もしかしたら俺が交渉するかもしれないぞ」
「やめるように、ですか?」
内閣を取れなかった大物議員が立った。
名前は知らない。
視聴者にアピールするチャンスと考えたらしいな。
テレビカメラをちらちらと気にしている。
「ああ。どっかの過激派のリーダーと顔見知りだからな。俺の言うことなら聞くかもしれない……善良な市民が死ぬテロは俺も嫌だ」
「国民の犠牲をしのぶ心があるのでしたら、こんなことはやめましょう。浄化を行えば大勢亡くなります! 今ならまだ引き返すことができます」
「ゆるしを得た浄化で、殺されるんだぞ。それはいい方の犠牲だろ」
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