今日から俺は君のマネージャー
梅竹松
第1話 異世界で君をもう一度アイドルにする
俺の転生前の名前は
平凡な顔立ちに、平凡な体格。身長や体重も平均レベルで、外見にこれといった特徴はない。
非常に地味な見た目の成人男性だったと言えるだろう。
だけど、そんな俺にもひとつだけ楽しみがあった。
それはとある女性アイドルの推し活をすることだ。
彼女の名前は
ゆぅゆは少し童顔だが、スタイルは抜群で、特に笑顔が魅力的なアイドルだった。
しかも新人の頃から歌もダンスもグループ内では圧倒的だったためか、長いことセンターを任されていたほどの実力の持ち主だ。
さらさらのロングヘアをなびかせ、とびきりの笑顔で踊る彼女に、ファンはみな完全に彼女の虜になっていただろう。
かく言う俺も新人の頃のゆぅゆに一目惚れしてしまい、古参ファンとして何年も彼女を追いかけ続けていた。
それだけが俺の生きがいだったのだ。
もちろん最初はファンの一人でしかなかった。
けれど、何度もライブや握手会などに足を運ぶうちにいつしか彼女に顔と名前を覚えてもらえるまでになった。
まさにドルオタ冥利に尽きると言えるだろう。
その時の喜びは今でもはっきりと覚えている。
初めてゆぅゆに「恵太郎さん」と呼んでもらえたその日、俺は改めて彼女が引退するまで応援し続けようと誓ったのだった。
だけど、そんな幸せな推し活は、ある日突然終わりを告げることになる。
東京のとあるドームで開催されたゆぅゆのライブの最中に、なんと首都直下地震が発生したのだ。
関東一円を突如襲ったマグニチュード7の大型地震。
地面が大きく揺れてあらゆる建造物が倒壊し始め、電車は横転し、道路には亀裂が入って各地で交通事故を引き起こし、揺れが始まってからわずか数秒後には街中のいたるところに割れたガラスの破片が散らばっていた。
当然ライブ会場も無事では済まない。
客がパニックを起こす中、ドーム内のあらゆる機材は倒れ、電気が消えた。
だが、電気が消える瞬間、最前列で応援していた俺ははっきりと見たのだ――ゆぅゆの頭上に照明が落下するのを。
このままでは直撃してしまう。そう思った次の瞬間には、俺の体はステージの方へと動き出していた。
暗闇の中、視覚以外のすべての感覚器官をフル活用してステージに上がる。アリーナ席の最前列にいたおかげか、おそらくステージに上がるまで一秒もかからなかっただろう。
そうして気配を頼りにゆぅゆに接近し、彼女の両腕を掴むと、思いきりステージを蹴って彼女を後方へと移動させた。
このとっさの行動は功を奏し、見事落下する照明から彼女を守ることに成功……したのだが、回避した先に別の照明が落下してきたため俺たちは結局下敷きになり、そのまま二人とも死亡してしまったのだった。
亡くなる直前、俺は激しく後悔した。
ゆぅゆを救うつもりが二人とも死亡する結果になってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまったのだ。
もう少しうまくやれば彼女を死なせずに済んだのではないか。別の場所に突き飛ばしていれば、彼女だけでも救えたのではないか。
そんなふうに自分を責めるが、もう遅い。
どんどん薄れてゆく意識の中で俺の頭に最後に浮かんだのは、「助けられなくてごめん」という彼女に対する謝罪の言葉だった。
こうして俺とゆぅゆの人生は幕を閉じたわけだが……これで終わりではなかった。
俺たちは二人して同じ世界に転生したのだ。
そこは魔法の存在する、地球とはまったく異なる世界。異世界ものの漫画やアニメなどで散々見たことのある世界だった。
そんな世界の平民の家に、俺たちはそれぞれ生まれた。
しかも家は隣同士で、生まれた日も同じ。性別は元のままだし、外見も以前の姿とほとんど変わっていない。
また、これは後で判明したことだが、二人とも前世での記憶も引き継いでいる。
つまり俺はずっと応援し続けてきた大人気アイドルと異世界で幼馴染になったというわけだ。
俺は素直に嬉しかった。だって今度は幼少期からゆぅゆと一緒にいられるのだから。喜ぶなという方が無理だろう。
だけど、こうなったのは前の世界で彼女を死なせてしまった俺の責任なので、負い目も感じてしまっていた。
だから互いに成長して前世での記憶が残っていることが判明した時、俺は彼女に謝罪した。こんなことになってごめんね……と。
そうしたら彼女は優しく微笑みながら、「恵太郎さんが飛び出してきてくれなかったら、たぶん私は一人で死んでいた。そしたら一人でこの世界に転生していたかもしれない。だから感謝こそすれ恨んではいない」と言ってくれた。
俺たちはアイドルとそのファンという関係だけど、それでも前世の記憶が残っている以上、知っている人がいた方が心強いという気持ちは理解できる。
だけど、それでもそう言ってもらえて俺はほっとした。
彼女に嫌われたり恨まれたりしているわけではないのなら、この世界でもやっていけそうな気がする。
俺みたいなドルオタは、推しのアイドルの笑顔を見るだけで生きていけるのだ。
彼女の方もこの世界で生きていく覚悟ができたらしい。
俺たちはその日、これからは幼馴染として協力しながらこの異世界で暮らしていくことを約束し、二人きりの時は前世での呼称で呼び合うことを決めたのだった。
そんな約束から約10年後。
17歳になったゆぅゆは、この世界でアイドルになりたいと言い出した。
もちろん俺は驚きはしない。彼女が前世で、「幼い頃からアイドルに憧れていた」とあらゆるメディアで公言していたことを知っていたからだ。
それに、この世界に転生してからも陰でこっそり歌やダンスの練習をしていたことも知っている。
やはり異世界に転生しても、「歌と踊りで人々を笑顔にしたい」という気持ちは変わらないようだ。
実にゆぅゆらしい。
もちろん本人がやる気なら、俺は全力で応援するつもりだ。
だけど、問題もあった。
まず、この世界にはアイドルなんて存在しない。
そのため機材はもちろんライブができるようなステージも、アイドルにふさわしい衣装も存在しないのだ。
それに、仮にライブのできる環境が整ったとしても、アイドルを見たこともないこの世界の住人が果たしてその文化を受け入れてくれるかどうかわからないというのも問題のひとつだ。
(いや……ゆぅゆは誰が見ても美少女だし、そんな彼女が歌って踊ればみんなすぐに虜になるに決まってるよな)
少しだけ不安になってしまったが、その心配は一瞬で吹き飛んだ。
ゆぅゆのライブに夢中にならない者などいるわけがない。
アイドル文化は受け入れてもらえるだろう。
そうなると、やはり問題はライブを行うための環境だ。
曲やダンスの振り付けは、とりあえず前世のものを使用すればよい。
ゆぅゆは歌詞も振り付けも完璧に覚えているようだし、実際今までも前世で歌っていた曲を振り付けつきで練習していた。歌とダンスの心配をする必要はないだろう。
つまり、あとは衣装とステージと機材さえ用意できればライブは可能ということになる。
俺は腕を組んで悩み始めた。
それなりに費用はかかるが、衣装はオーダーメイドで作ってもらう方法があるし、ステージも腕の立つ職人に頼めば野外にそれなりのクオリティのものを建ててくれるはずだ。
だけど、機材だけはこの世界では手に入らないためどうにもならない。
アイドルが世間に認知され、音楽文化が根付いてくれれば必要な機材もそのうち開発されるのだろうが……当面は諦めるしかないのだ。
どうしたものかと悩む俺。
そんな俺に、ゆぅゆが力強く宣言した――ライブの時はアカペラで歌うと。
それを聞いて一瞬驚いたが、すぐに無謀な挑戦ではないことに気がついた。
なにしろ彼女の歌唱力は折り紙つきなのだ。
アカペラでも感動的なステージになるに違いない。
ゆぅゆに覚悟があるなら、協力するべきだろう。
(ゆぅゆのライブ……できるかもしれない)
そう思うと、喜びが込み上げてきた。
もう二度と見ることは叶わないと思っていたゆぅゆのステージをまた見ることができるなんて、こんなに嬉しいことはない。
そうと決まれば、さっそく行動だ。
とりあえず彼女には練習に集中してもらい、俺は仕事でお金を稼ぎながらライブの準備を始めることにした。
まずはステージを建ててくれる大工やオーダーメイドの衣装を作ってくれる縫製職人、そして化粧やヘアスタイルに詳しいメイクアップアーティストを探すところからスタートだ。
魔法の存在する世界だが、魔法で精密な仕事をするにはある程度の経験が必要になってくるため、誰でもよいわけではない。
信頼できる腕を持つ人に頼むべきだろう。
そんな人を見つけるには時間がかかると思っていたが、街のギルドに相談したところ目当ての職人たちはすぐに見つかった。
だから、すぐに作業を始めてもらう。これまでずっと貯金してきたおかげでお金はギリギリ足りそうだ。
俺は次にライブの宣伝を始めることにした。
今回のライブの会場に選んだ場所は、町はずれにある小さな空き地だから、しっかりと宣伝しておく必要があるのだ。
この世界の人たちにアイドル文化を説明し、興味を持ってもらうのは非常に大変だったが、ゆぅゆの魅力を世間に知ってもらうための努力はまったく苦にはならなかった。
そうして月日は流れ、ライブ当日。
頑張って宣伝したおかげか、客は予想よりも多かった。
客が集まったのは、無料のライブだからというのも理由のひとつだろうが、それ以上にゆぅゆが魅力的なアイドルだからだろう。
ゆぅゆのような美少女が歌と踊りを披露すると聞いて、みんな集まったのだ。
ここまできたら俺にできるのはライブの成功を祈ることのみ。
俺は彼女の実力を信じて、このファーストライブを遠くから静かに見守ることにする。
大勢の観客が注目する中、彼女はゆっくりと特設ステージに上がった。
いよいよゆぅゆのファーストライブのスタートだ。
結論から言って、ライブは大成功を収めた。
ドームと比べれば簡素なステージと言わざるをえないし、衣装やメイクも決して完璧とは言えないし、何より最初から最後までアカペラだったが、それでも会場は盛り上がっていた。
俺はというと、感動の涙があふれてくるのを堪えることができなかった。
それほどに彼女のライブは素晴らしかったのだ。
このファーストライブで間違いなく彼女のファンも増えただろう。
満足そうな表情で観客の前から立ち去り、特設ステージの裏へと向かうゆぅゆ。
事前の打ち合わせ通りステージ裏で待機していた俺は、戻ってきた彼女に優しく声をかけた。
「お疲れさま、ゆぅゆ。最高のライブだったよ」
「ありがとうございます。恵太郎さん」
ゆぅゆが満面の笑みで礼を言う。
その眩しい笑顔を見ることができただけで、今での努力が報われたような気がした。
「こんな素敵なライブができたのも恵太郎さんのおかげです」
「いや、俺は大したことはしてないよ。全部ゆぅゆの実力だって!」
「いいえ! あなたがいなければ私はこの世界でまたアイドルになることを諦めていたでしょう。だから今回のライブの成功は恵太郎さんのおかげなんです!」
「ゆぅゆ……」
ずっと応援し続けてきたアイドルにそんなことを言われ、目頭が熱くなるのを感じる。
彼女の役に立てたことは、俺にとってもこの上ない喜びだった。
「それでその……私、この先もアイドルを続けたいと思ってて……」
「それは嬉しいな……ゆぅゆのステージを一回見ただけで満足できるわけないからね。たぶん俺だけじゃなくて、他の客もそう思ってるよ」
「それならなおさら続けなきゃいけませんね。……で、そのためにも恵太郎さんには私のマネージャーになってほしいんです」
「……え?」
一瞬戸惑ってしまう。
自分が彼女のマネージャーにふさわしいとは思えなかったからだ。
「……俺でいいの?」
「はい! 私はあなたにマネージャーになってもらいたいんです! そして私の活躍を一番近くで見ていてください!!」
俺から視線をそらすことなく、自分の気持ちを伝えてくるゆぅゆ。
どうやらマネージャーになってほしいというのは本心のようだ。
ここまで言われたら断るわけにはいかない。
彼女を独り占めしたい気持ちもなくはないのだが、それよりもアイドルとして活躍する姿をそばで応援したい気持ちの方がずっと強かった。だって彼女はステージで歌っている時が一番輝いているのだから――。
一度目を閉じて大きく深呼吸をする。
その後、俺は真剣に返事をするのだった。
「わかった……マネージャーになるよ。これからも一番近くで君のことを見守らせてくれ」
「はい。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
至近距離で見つめ合いながら、俺たちは握手をする。
ゆぅゆは本気でアイドルを目指すようだが、きっと前途多難だろう。
だけど、俺はゆぅゆのマネージャーだ。
彼女がアイドル活動に専念できるように全力でバックアップしようと思っている。
そしていつかこの世界にもアイドル文化が根付き、ゆぅゆがまた大勢の観客の前で歌えるようになったら、これほど嬉しいことはない。
ゆぅゆの柔らかい手から伝わってくる体温を肌で感じながら、俺はそんな日が来るのを夢見るのだった。
今日から俺は君のマネージャー 梅竹松 @78152387
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