わたしはやっぱりピアノで弾き語る

ゆーしんけん

突きつけられた現実

 可愛くて足がキレイで制服ルックがよく似合う。歌の上手さより振付を踊れることが大事。ファンと笑顔で握手していれば人気が出る。


 アイドルってそんなに簡単なもんじゃない。わたしは痛いほどわかる。だから諦めたんだ。


 ドキュメンタリー映画やYouTube配信でオーディションの熾烈な争いを見てわかった。わたしなんかとても勝ち目がないって。


 でも完全に逃げたわけじゃない。代わりに好きなピアノを活かしてアーティストになる道を選んだの。




 小学生のときからピアノ教室に通っていた。同じ町内に住む友だちに誘われて個人の先生から教わったのがはじまりだ。


 ハルコ先生は音大出身で合唱団にも所属していた。わたしの場合、そもそも親がピアノに興味がないからクラシックを弾かせようなどとは考えていない。おかげで自分が好きなように楽しめたからのめり込んだのだろう。


 先生はわたしの興味を引き出すようにクラシックからジャズ、ポピュラーとさまざまなジャンルの曲を教えてくれた。


 中学生になる頃にはかなり上達したので、先生も楽しんでいる節があった。ビル・エヴァンス風に『枯葉』を弾かせたりしたものだ。わたし自身はクラシックならばシューベルト、J-POPはアンジェラ・アキの曲を弾き語るのが好きかな。




 テレビのバラエティ番組で気持ちよさそうにピアノを弾く彼女を見たのはそんなときだった。


 神田林ゆりな。スカイマンバ19のメンバーだ。


 スカイマンバ19は10代から20代の女性が所属するアイドルグループ。「19」は平均年齢がおよそ19歳であること、そしてジュークボックスのように歌と音楽が飛び出すグループを目指してつけたという。メンバーはオーディションによって増えていくため19人どころか50人を超える。


 わたしもアイドルになれば、神田林ゆりなのようにピアノの特技を披露できるかもしれない。そんなことを考えていたら、ピアノ教室に誘ってくれた友人がオーディションに応募したと明かしてきた。自薦他薦を問わないのでわたしに無断で勝手に申し込んだらしい。


 アイドルやモデルがオーディションについて語るなか「友だちが勝手に応募したら合格した」というエピソードを何度か耳にしたことがある。もしかしてそのパターンかと少し期待した自分が悲しい。2週間過ぎても通知は届かなかった。書類選考ですら残らない。それが現実なのだ。


 オーディションのドキュメンタリー映像を見ると二次選考、三次選考と進むにつれて厳しくなっていく。歌も踊りも求められるパフォーマンスのレベルが上がるのでついていけず脱落者が出る。悔し涙を流す姿を目の当たりにしてこちらまで胸が痛む。


 「あの過酷なオーディションを勝ち抜いた数名だけがアイドルになるための切符を手にできるのね。わたしにはとても無理。書類選考で落とされてよかったのかもしれない」


 冷静に自分を見つめ直して、進むべき道を決めた。


 「わたしはピアノでの弾き語りにこだわり抜いてソロアーティストになってやる」



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