転職先の藤堂さん
縦横七目
転職先の藤堂さん
転職してから1か月が過ぎた。配属された部署にも慣れてきた頃だ。
始めはわからないことが多かったが、今ではパターン化された業務をこなすだけ。
そうすると心にも余裕ができる。前まで気にならなかったことにも気になるようになった。
それは、職場の人間関係についてだ。
私が所属している部署は、女性が多い。男性の私としては、少し肩身が狭い。直属の上司である武井さんとは比較的打ち解けている自覚があるとはいえ、既婚女性ということもあり、独身男性の私としてはどうしても縮められない距離がある。
そういうわけで目を付けたのは、私と年齢が近いと思われる30代くらいの男性――藤堂さんだ。
藤堂さんは、この部署で10年も働いているベテランである(武井さん談)。仕事をきっちりとこなし、数字のミスを厳しくチェックするため、この部署では実力があり、評価されているが、それはそれとしてちょっと怖い。そういう印象の人である。
さらに無口で冗談を言わないタイプの人なので、何を考えているのかよくわからない。正直にいうとあまり仲良くできなさそうである。
しかし、それ以外の男性と言えば、皆二回り年上ということもあり、あまり話が合わない。特にギャンブルの話が全くわからない。私はギャンブルをしないので、てきとうに相槌を打つしかないのだ。
結果、消去法で選ばれたのは、藤堂さんだった。
職場の人間関係なんて、ドライな関係でいいじゃないかと思うかもしれないが、休み時間の女性陣の話の盛り上がりがすごいのだ。一方男性はと言うと、外食に行ったり、喫煙所に行ったり、藤堂さんは一人でスマホを見ている。私もスマホを見ている。
この空気、何か気まずい。だからこそ藤堂さんが必要なのだ。
――――――――――――――――――
今は休み時間10分前だ。そろそろかと思いながら席を立つ。そして藤堂さんの方へ向かう。
「すみません。今ちょっといいですか? この○○の件何ですが……」
昨日考えた作戦はこうだ。
休み時間前に仕事の話を聞く。話が終わった時には休み時間になる。流れで一緒に昼飯を食べる。
この作戦はうまくいった。
今藤堂さんと昼飯を食べている。私は今朝買ったコンビニ弁当を食べ、藤堂さんは手作り弁当だ。
「藤堂さんって、弁当手作り何ですね。奥さんがつくってるんですか?」
すると藤堂さんは、相変わらず何を考えているかわからない顔で、
「いえ、自分で作っています」
と答えた。
「へーすごいですね。どれもおいしそうじゃないですか? これ結構作るの大変ですよね?」
藤堂さんの弁当は、ご飯におかずが3つ、さらにスープもある。しかも栄養バランスまでも考えられている。この弁当を無表情で作っているのかと思うとちょっと面白い。表に出さないように内心でくすりと笑う。
「慣れるとそうでもないですよ。これは昨日の残り物ですし」
事もなげに藤堂さんは言う。
「いやいやすごいですよ。私も昔は弁当作ったことありますけど、途中でやめましたし」
「僕は昔から朝早く目覚める体質なので」
謙遜なのか、ただただ事実を話しているのか、よくわからない表情で答える藤堂さん。
ただ、藤堂さんは意外と誘いを断らないし、話もするし、料理が上手い。そういうことがわかった。
――――――――――――――――――
翌日、今日も藤堂さんと昼飯を食べている。相変わらずおいしそうな弁当だった。
「やっぱりあそこで主人公が玉砕覚悟で戦うってのが……」
今日は漫画の話をしている。藤堂さんが昼休みにスマホで漫画を読んでいるのが、チラっと見えたことがあったので、話をしてみたら、私が購読している雑誌を読んでいたことが判明。
そして今に至る。
話しているのは新連載の作品。1話目から物語終盤のような展開で面白く、続きが全く想像できない点が魅力的だった。
「あの展開、昔読んだ××って作品みたいでほんとすきなんですよね~
あ、××って知ってますか?」
「名前は聞いたことありますが、読んだことはないですね」
意外だった。私と同じ年代なら大抵知っているからだ。
「そうなんですね~ それで……」
知らない漫画の話をしていてもしょうがない。話を新連載のことに戻した。
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それからしばらくして、私はいつものように藤堂さんと昼飯を食べていた。
相も変わらず藤堂さんの弁当はおいしそうで、藤堂さんは無表情だった。
「今日もおいしそうですね~ 普通にお金取れそうなくらいですよ」
いつも調子で言うと、ぼそりと藤堂さんが
「……実は昔、料理学校に通っていたんですよ」
そう呟いた。
「ああ、だからそんなに上手なんですね」
いつもなら謙遜で返事を返すのに、今日は何故か違った。
「料理人を目指していたんですか?」
「ええ、昔は定食屋を営むことが目標でした」
意外だった。藤堂さんが飲食店の経営を考えていたこともそうだが、彼自身が身の上のことを話したことが特にだ。
藤堂さんは、自分の話をしない。妻子のことも含めほとんど話さず、今だにどういった人物かもよくわかっていない。時折前科があるのかと一瞬考えてしまったほどだ。
そんなことを考えていたのが表情でバレたのだろうか。珍しく藤堂さんは自分から漫画雑誌の話を始める。
私は話を聞きつつ、内心喝采を上げた。ずっと私と藤堂さんの間に会った距離が少し小さくなった気がしたのだ。
――――――――――――――――――
「このラブコメほんとすきなんですよね~」
「え! あ、そうなんですね。恋愛ものはあまり読まないんですね。ま、まあそういう人もいますから!」
――――――――――――――――――
「わかりました。藤堂さん、無理して恋愛もの読まなくてもいいですから。聞いててこっちも辛くなってきましたから」
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「え、いいんですか! いやあ、いつもおいしそうって思ってたんですよね……いただきます」
「おいしっ! この卵絶対高級品使ってますよね。藤堂さん、嘘ついちゃダメですよ」
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「私ですか? ええ、関西です。何で分かったんですか? 関西弁は抑えているつもりなんですが、やっぱりわかるもんなんですね」
「ええ!! 藤堂さんも関西!? それは嘘ですよ。一ミリも関西弁の気配ないですよ」
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「やっぱり藤堂さん、定食屋開きましょう。藤堂食堂でどうですか? センスない? じゃあ、トド食堂ってのはどうですか?」
「トドの肉使ってそうだからダメですか。はい、おっしゃる通りです」
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この部署に来てから半年ほどになった。
藤堂さんとはかなり打ち解けたし、他の人ともそれなり親しくなっていた。
そんなとき、武井さんに呼ばれた。
「それで、今度の飲み会で、藤堂さんの誕生日祝いをしたいのよ」
「今月藤堂さん誕生日だったんですね」
「ええ知らなかったの?」
「はい」
藤堂さんは身の上のことはほとんど話さないのだ。そもそも祝われて喜ぶタイプじゃないだろうし。逆に何で武井さんは知っているのか。というか会社の飲み会で誕生日祝うの珍しいな。いや、一般的なのか?
釈然としないまま、飲み会の幹事を任された。
そんなわけで誕生日メニューがある飲み屋を調べて予約する。
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気が付いたら飲み会も後半。皆がデザートを頼むタイミングで店員さんに誕生日メニューを持ってくるようこっそり頼む。
そして、
「藤堂さま! お誕生日おめでとうございます~!」
元気のいい店員が誕生日ケーキを持ってきた。皆は拍手をしながらおめでとう!と声をかける。
藤堂さんは、ちょっと嫌そうな目をしながらお礼を言う。
まあこの部署だと誕生日祝いしてるから察してたのだろう。でもそんな嫌そうな目をしなくてもいいのではなかろうか。
そう思っていたら、ケーキの上のチョコプレートに書かれた藤堂の文字が藤岡になっていた。
その日一番の爆笑が起きた。
ケーキの文字はその後事情を説明して、店員さんに直してもらった。
――――――――――――――――――
ロウソクの火を消し、ケーキを取り分ける。話題はもちろん藤堂さんについてだ。
昔あったトラブルの話、一度だけ怒ったときの話、最近の仕事の話などで会話に花を咲かせている。
そして、武井さんが藤堂さんに話題を振る。
「それで藤堂さんは、今年で何歳になったの?」
すると何故か藤堂さんは、一瞬こちらを見て、
「今年から50歳になります」
一回り以上年上じゃん!
そう驚いていると、皆がドッキリに成功したかのようにこちらをニヤニヤとみてくる。
「藤堂さんって、ほんと顔若いよね~」
ニマニマと武井さんがこちらを見ながら、そんなことを言う。
確かに漫画の話が年代的に合わないなと思っていたけど、まさか50歳だとは……。
というかそんな年上の人に恋愛漫画を読ませていたと思うと申し訳なくなる。
衝撃の事実に混乱している中、飲み会は終わった。
――――――――――――――――――
帰り道、藤堂さんと一緒に駅に向かう。
「まさか藤堂さんがそんな年上だったとは……すみません色々生意気言っちゃって」
「そんなことはないですよ」
こちらが謝るも、藤堂さんは何も気にしている様子はない。
「では今日から藤堂大先輩とお呼びさせていただきます」
「やめてください」
そんな冗談を言うと、本当に嫌そうに止められた。
「……友人関係に先輩後輩は不要でしょう。」
「……そうですね」
今日はめでたい日だ。藤堂さんの誕生日はまだ後日だけど、藤堂さんの方から心の距離を一歩近づけてくれた、そんな喜ばしい一日だった。
転職先の藤堂さん 縦横七目 @yosioka_hatate
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