幻想のあなた

春流乃 丸督

千恵子の夢

千恵子には夢があった。

画家として大成して、

あの人。

あの人のキャンバスの隣りに、、美術館で自分の絵を並べること。それだけの為に生きてきた。美大も進学校から、惜しまれつつ受験して2年で受かった。

首席で卒業とは行かなかったが、

それでも達野たつの美術大学次席だ。それからは我武者羅に毎日絵を描いた。安いデッサンなら買い求めやすく、、あの人のデッサンの本物を目を凝らして画廊で何枚か買った。その絵をいつも、アトリエに目立つところに置いていた。

そして、30歳。大きな展覧会で賞を取り、大賞とまではまたも、行かなかったが佳作入選。その絵が、、とある美術館に所蔵されることになった。

奇しくも、そこは千恵子とあの人の故郷、さく市立美術館に。

ここは、あの人の故郷。

忘れがたき、あの人と千恵子の故郷。

あの人が亡くなってもう、30年だ。千恵子の生まれ年に、あの人は亡くなっている。美人薄命、美しいものを天国は望むのだろうか。だったら千恵子はもう暫く大丈夫だな、と画家の審美眼で自分を撫で下ろす。

では、ここに。は、丁度あの人の自画像の隣り。そこに、千恵子の家族の肖像画が飾られた。まだ、1歳にも満たない我が娘。夫。わたし。

コロナ禍で、結婚式が遅れ。

結婚式のセレモニーの時のオフショットで、娘の和珂わかが、元気よく泣いて居て夫も私もすこし、びっくりしている。そんな写真を子供の頃からの夫と、私の写真、履歴書、沢山使ったタブローの端切れ、赤点、満点、通知表などをビリビリにして、コラージュした作品だ。あまりの、思い入れにへその緒をコラージュしたら、どうだろう?と夫に、伝えた時のびっくりされようと、ドン引き具合は今でも私達の笑い話だ。和珂も大きくなったら笑ってくれたらいい。

「あの、もしや中川先生の??」と、落ち着いた館長夫人の奥様が斜め右から、私を見て不意に言った。

「はい、この絵の中川 広嗣ひろつぐの孫に当たります」あ、やっぱり!と、嬉しそうにする館長夫人。ただ、私の旧姓は中川では無い。父親の姓は中川。そう、母は中川広嗣の次男と離婚したのだ。だから、大っぴらに中川広嗣の孫とは普段から、千恵子も名乗ってはいない。アーティスト名もchiiiiとだけだ。ただ、父の親戚に会う度に、斜め右から見た千恵子は中川広嗣生き写しという。きっと、右目の下の泣きぼくろのせいだ。中川広嗣も黒子が多く、色白で細面の人だったらしい。

子供の頃、父も画家なのだが。

恨めしそうに、いつも祖父中川広嗣の絵の話を聞かされた。中川広嗣の長男は建築家になっている。叔母はアートデザインをしている。そして、次男の父親、中川 廣重ひろしげは、、画家になった。

血は争えない。

おじいちゃんにいつも、下手って言われるんだよね。と、柔和な笑みで卑屈に笑うあの人が、私は好きでも嫌いでも無い

。画家としての才能も凡才よりは、そこそこで、この美術館にも5、6枚所蔵されていて、これで、家族3代でこの、美術館に所蔵されることになった。

祖父、中川広嗣は戦争中絵を習った。要は、戦中記者をしていたらしい、とは父から聞いている。

「あら、廣重さんの娘さん?なのー」ええ、まあ。と、言うと「廣重さん、昨日も来はったでー。今度玄関に大きな絵を書いてもらうんです。しかも、ライブビューイングで、YouTubeで中継しつつ、ギャラリーも入れて。ここ、120周年になる記念事業なんですよ。chiiiiさんの絵も間に合って、ほんと嬉しいわー」と、ニコニコ話している。私は、はい、はいと、口数少ないと「やはり、血は争えないわね」と、また、館長夫人は微笑んだ。「何がでしょうか?」「中川広嗣さんも、生前から存じ上げてますわ。広嗣さんも、、姿で語る。絵で語る人で。作品はめちゃくちゃ能弁のにね。とても、寡黙な人で。雑談苦手でしたわね」と、言うとずっと絵の配置に気を取られていた館長も「懐かしいなあー。広嗣先生かー。歌はうまいし、酒も飲めるけど。物静かな人でしたねー」へぇ。絵の才能ばかり、私もいつも、絵に圧倒されていて、デッサンでさえ、ここまでの技量にあと何年だろうといつも、溜息吐息だけれど。そうなのか、とふっと笑うと「ほんと、よく似てらっしゃる。お父様の廣重先生より、広嗣先生似ですねーchiiiiさんは。ほんとに。」それも、よく言われる。隔世遺伝だと。だからこそ、まぶたの祖父、中川広嗣は永遠に憧れなのだ。祖父に対してというか、祖父の絵に対してはめちゃくちゃ偏愛している。大学の時の卒論も【中川広嗣とその時代】と、時代と、美術館に所蔵されている絵を巡った旅の、旅行記のようなものを出したくらいだ。祖父、会いたかった。父、自信を持って欲しい。私がいま、ここに居るのは育ててくれた母も大事だけれど、貴方達のお陰なのだから。

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