群青のリフレイン

あさひ

閑話 忙しないという無謀

 後に残らないのは

日々に浪費された体力の在処だ。


 日に照らされ

汗を流すのが通例のように

苦しい日々が続く。

「給料が上がればこんな仕事なんて……」

 愚痴をこぼすのは

若い女性だった。

 女性では珍しく体格が良い

昔だったなら気嫌う輩も多かっただろう。

 昨今の時代において

労働力の基本は違うのだ

働けるならどんな人手も欲しい。

「こんな仕事でもまだマシとか……」

 愚痴が止まらない

もう少しだけ黙ることが出来れば

癇癪を受けることはなかった。

 もう起きてしまった以上は

どうしようもない。

 聞かれてしまったのだ

社長代理の女性は件に苛立ちを隠せないらしく

息を鳴らしながら憤慨に満ちている。

「近頃の娘はなんで恥じらいがないのかしら?」

 口調的には抑えているが

武者震いに近い音を足で立てていた。

 周りにいる後輩たちが

がくがく震えるほどに筋肉質な社長代理

暴力と圧力以上に眼光が怖い。

「あなたには退職を願いたいですね」

「それは困ると言いますか……」

 言い淀んでも誤魔化せない

逃げ場がないのだ。

「じゃあ不満はありませんね?」

「え?」

 許してもらえそうに奇跡的に

なりそうだと予感したが

よりマズイ状況になる。

「給料据え置きで資材置き場ですか?」

「そうですね」

「あそこは危ないという話では?」

「知りません」

 もはや投げやり以上に

適当に辞めさせたいらしい。

 地獄行きを確定した先輩に

一瞥の礼を向けた後輩たちは

申し訳なさそうだ。

「仕方ないか……?」

 疑問が生じたのは

給料が据え置きなところである。

 幽霊騒ぎがあるものの

今の現場より凄く簡素な仕事なのだ。

「楽できるってことかな?」

「聞こえてますよ」

 もう不利な条件になりたくない

そんな焦燥が現場を遠ざける。

 陽は少しだけ暗がりに

向かって傾いた。


 資材置き場の端っこ

「ここが心霊が出る?」

 一軒家にしか見えない

そんな風情のある家屋が

目の前に存在している。

「おばあちゃんとか住んでそう」

 実際には住んでいたらしいが

今は面影だけだ。

「あれ?」

 不思議な影が横切った気がした

気のせいだったと無視する。

【気づいてない?】

 見えない存在のはずが

認識されたことに驚いていた。

 暗がりに潜む少女は

ニタァっと笑う。

【イタズラし放題いかな?】

 不意に寒気が肩をなぞる

そんな気配にビクッとする女性

おもわず振り返ると目が合った。

「ん?」

【あっ!】

 不法侵入の学生と勘違いした女性は

ズイズイと近寄り注意のために口を開く。

「待ったっ!」

 唐突に放たれた言葉に

刹那に惑う

しかし社長のメンツも問題もあるのだ。

「家はどこだ?」

「はぁ? ここだけど?」

 少し怒ったのか

不思議な主張をする。

「ここは空き家だぞ?」

「何言ってんだっ!」

 口喧嘩の幕が切って落とされようとしている

だが阻害するように奥から大きな音がした。

「うるさいねぇ」

 くぐもった声でドスが効いてる

響き渡るような怒号に後ろに下がる。

「なっなんだっ!」

「あんたに言ってんだよ」

 聞いてない

それだけ感想が浮かんだ。

「誰ですか?」

「先住民だよ」

「ここ空き家ですが?」

 ふふっと笑った

見えない何かは声の圧が消えていく。

「なんだぁ」

「ん?」

 新しい住民を歓迎するかのように

姿を現した。

 普通に着物のおばあさんだ

穏健で朗らかに笑う姿には

気品すら感じる。

「私の孫が失礼したねぇ」

「おばあちゃん?」

「まさかですが……」

 社長の親族の方ですかと

普通に質問すると当たり前かのように

頷かれた。

「あんたの仕事は世間話だよ」

「なるほど……」

 資材置き場に行くバイトは

全員が出世するという謎の噂があった

これはそういう意味である。

 勘違いが加速する

故に頭に余計なことが浮かんだ。

 期待されているからこその

冷たさだったのかとお上りさんにも

ほどがある妄想が頭に満ちていく。

「気持ち悪っ!」

 ニタニタ笑い始める女性に嫌悪を示す

少女がおばあさんに頭を叩かれた。

「痛いなぁっ」

「失礼でしょうよ」

 女性はプフッと噴出した

久々だった

心から笑顔になる。

「なんだい? 黒から橙になったねぇ」

 おばあさんが不思議なことを言う

いきなり色の話をし始めた。

「制服はいつでも橙ですけど?」

「その色じゃないよ」

「どの色ですか?」

 背中の方を指さす

広がるような手の動きをする。

「オーラですか?」

「おおら?」

「人には見えない色の輪っかですよね」

「確かにそうだねぇ」

 霊能力者か何かが

未来について教えてくれる

またブっ飛んだ勘違いを起こした。

「出世したいんですがっ!」

「いきなりだねぇ」

 後ろからペタペタつけられるシールには

目もくれずに前のめりにずいっと近寄る。

「近いよぉ」

「少しは後ろに下がれぇっ!」

 少女は力強く引っ張ってきた。

「痛いっ!」

 髪を引っ張られて少しだけ

顔が歪む。

「今日からよろしくねぇ」

 苦笑いをしながらも

今からの業務内容を話した。


 これから先は

いつか語られる英雄譚になり得るかもしれない。

 異世界に飛ばされる前には

英雄は一般人だったのだ。

 おわり



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群青のリフレイン あさひ @osakabehime

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