後編

第15話

「やつれたね」

羽津稀が笑う。

うつらうつらしていた俺はハッとした。

「病院に居るって事はとうとう倒れちゃったみたいね」

羽津稀は他人事みたいに言う。

「何で肝心な事言わないんだよ!」

俺はつい怒鳴ってしまった。

「そりゃ怒るよね。一緒に暮らしてるのに死が近い事言わなかったら」

「そうじゃない」

「ごめんね。あたしも正直疲れちゃって。いつまで生きられるかわからないけどもう悔いは無いんだ」

「何だよ、それ」

「あたしの本心よ」

「まだ生きてくれってのは俺のわがままか?」

「ありがとうとだけ言っておくわ。でも寿命は延びないわ」

「寿命なんていつ終わるかわからないじゃんか」

「だからそこまでは生きるわよ」

「ーーっ!」

俺は言葉が出なくなった。

「まだ言い合う力はある様ね」

羽津稀は微笑う。

「こんな時まで微笑うのかよ」

俺は何でこんなにイライラしているんだろうと後から思った。

「最期まで言い合いしたくないわ。少し頭冷やして来なさいよ」

羽津稀が言う。

「やだ。離れない」

俺は子供の様だ。

「わかったわ」

羽津稀はそう言うと少し呼吸が苦しいのか深呼吸をする。

「今日って何日?」

羽津稀が俺に聞いて来た。

「5月19日。まだ日にちは変わってない」

俺は素直に答える。

「時間経つの遅いわね。その時計間違ってない?ちゃんと合ってる?」

羽津稀が言った。

「携帯も腕時計も同じ時間指してるよ」

俺は言う。

「窓伽って変なとこ正直者だよね」

羽津稀はまた微笑った。

いや、これは「笑った」だな。

次の瞬間、羽津稀は眠ってしまう。

心電図が動いているのを確認した俺は羽津稀の居る病室を出た。

「窓伽君」

誰かが声をかけて来る。

振り向くとそこには栞さんが居た。

「来てもらって良いかしら」

栞さんが言う。

「はい」

俺は栞さんについて行った。

栞さんは面会室と言う部屋の扉を叩く。

「お入りください」

中から聞こえた声。

中に入るとそこには羽津稀の主治医である浅羽和音(あさば・かずね)が居た。

「浅羽和音です。羽津稀さんの主治医を任されています。お2人を呼んだのにはわけがありまして。どうぞお座りください」

浅羽先生は2つ並んだ椅子を手で指す。

俺と栞さんは隣り合わせに座った。

緊張が走る。

「この書類をご覧ください」

浅羽先生は俺と栞さんに同じ書類を渡した。

そこには延命処置について記されている。

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