第6話
だから羽津稀の意見一つで母ちゃんが2人の家に遊びに来るわけですよ。
一番来る率が少ないのは栞さん。
兄ちゃんも姉ちゃんも来るんだよ。
羽津稀に逢いに。
それを言われたら俺も断れない。
それから1年もすると俺は羽津稀と同棲を解消していた。
別れたわけではない。
羽津稀の病魔が再発しやがったんだ。
転移もしている。
よりによって子宮と卵巣だって。
俺は金を貯めている最中なのである。
「胸、要るのか?」
麻酔が覚めて起き上がれる様になった羽津稀の第一声。
「笑えね~」
俺はツッコんだ。
でも涙声。
「だからあんたが泣くとあたしが泣けないんだって」
羽津稀は微笑う。
「ごめん」
俺は謝った。
羽津稀は俺が居ない時に泣いていたらしい。
理由は俺の前で泣くと2人して泣いてしまうからで、それが嫌だったんだって。
俺はそれでも良かった。
本当なら泣き顔なんか見せないで泣いている羽津稀を抱きしめてやるのが良かったんだよな。
後悔は先に立ちません。
溜息しか出ない。
この時に医者から言われた言葉。
「次に転移が見つかった時はあと何年保つかーー転移が起きなければ回復に向かうだけなのですが…」
言葉を考えながら言っていたんだろうけどこの時には転移が見つかる可能性が高かったんだろうね。
「転移が起きなきゃ良いのよ」
羽津稀にこれを言われたら俺達は「そうだね」としか言えないでしょうよ。
俺達も転移なんてしない事祈ったし。
なのにだ。
神様は残酷だ。
言い切ってやる。
転移が見つかった。
場所は右の乳房だった。
だが医者は羽津稀から両方の乳房を奪う。
転移の可能性が高いからーーって余命宣告みたいな事しといて羽津稀から胸取るなよ。
手術したら余命が延ばせるって聞いた羽津稀は独断で手術受けたんだ。
「怒ってる?」
麻酔覚めて一言目がこれだ。
「呆れてる」
俺はムスッとしたまま言った。
「ごめんね。1日でも長く生きたいの」
羽津稀はまた微笑う。
こんな傷だらけなのにまだ微笑むんだ。
俺はまた泣いていた。
微笑い返そうとしたのに。
「無理して微笑うと涙が出るんだよね」
羽津稀が言う。
「それ…俺が…俺がお前に…言う…言う言葉…」
俺は泣きながら言った。
それを見て羽津稀は余計に笑う。
「笑わさないで。傷、痛む」
羽津稀は言う。
何でこんな時でもこんな笑えるんだよ。
聞けなかった疑問の一つだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます