平原の村再建記

牛肉、傭兵、巨大竜巻

 アヴェリア様がこの村にいらっしゃって十二日。誓約祭まであと七日。

 目前に迫ってきた誓約祭に村の雰囲気はどこか浮かれていて、貧しいながらも豊かな気持ちでみんな外を出歩いています。


「お肉があるわ!!!!」


 それは年に数回訪れる行商人さんの品ぞろえを見たアヴェリア様の叫び声でした。

 お肉。私たちはそれこそ誓約祭でしか食べる機会はありませんが、貴族の多くはこれを日頃から好んで食べていると聞きます。アヴェリア様もまたそうなのでしょう。こちらを向いて、子猫のようにつぶらな瞳を向けてきていました。


「だめですよ。そんなの買った暁にはほかの食材が買えなくなっちゃいますから」


「で、でも、みんなだってお肉食べたいはずじゃない! そうでしょ!?」


「ご心配なく。シーナおばさんがニワトリを何羽か潰してくださるようなのでここで買う必要はありません。ちゃんと頼まれたものだけを買うようにしてください」


「鶏肉じゃなくて牛肉がいいの!!」


 やはり貴族だけあってか、肉の違いにも敏感で舌が肥えてしまっているようでした。贅沢者め……

 無論、こんなところで甘やかして村の祝祭を台無しにするわけにはいきません。私は行商人からジャガイモをあるだけ購入して、アヴェリア様を引きずりながら村長の家へと戻りました。


「ただいま戻りました。おっしゃられていたものです。ご確認ください」


「おぅおぅ……問題ねェな。あんがとよフィーナちゃん。それと……」


「アヴェリア・バーバルよ!」


「ハッハッハ! あんがとなアヴェリア様!」


 丸太のように太い腕を取り回し、優しい手つきで村長は私たちの頭を撫で繰り回します。私はともかく、アヴェリア様の身分を知ったうえでこんなことができるのは、心臓に毛でも生えているのかと疑うほどの豪胆さです。

 村長は禿げ頭に黒い無精髭を生やした壮年の男の人です。元は戦場で活躍していた武芸者だったのが、右足に矢を受けて動かなくなったことで前線を退きこの村での余生を送ることに決めたのだそうで。村のなかでも最も活動的で健康でもあることから、彼は満場一致で村長に抜擢され、それからはこういった村の行事などを取り仕切る仕事を任されていたりしました。


「ソンチョー! お祭りで出る料理の中にビーフステーキはあるかしら!」


「無茶言わないでくださいアヴェリア様。村長もお困りになってしまうじゃないですか」


「牛肉が食いたいのか? そんならそれもこっちでどうにかしとくわ」


「やったわ!!」


「えぇ……」


 村長は即決でゴーサインを出し、誓約祭で村の人たちに振る舞う料理に「ビーフステーキ」を追加しました。

 私が村長をじっと見つめると、村長は舌を出して「孫みたいに可愛くってつい、な……」とほざいていらっしゃいました。


「お金は足りるんですか? ただでさえ厳しかったはずでしょう?」

 

「んなもん俺のこの家宝の武具でも売っ払っちまったらすぐ稼げるだろ」


「家宝をそんなノリで売っ払わないでくださいよ」


「ウッウッ、俺の相棒、美味しい牛肉になって帰って来いよ……」


 徹頭徹尾おちゃらけた態度の村長に青筋をたてると向こうはケタケタ笑って満足そうにしています。

 私たちは結局そのまま村長の家を出て、私たちの家へと帰路につきました。


「アヴェリア様、次から村長に無茶なお願いをするのはやめてください。あの人たぶんなんでも聞いてしまいますよ」


「聞いてくれるんならいいじゃない。なにがダメなのよ?」


「ぐぬぬぬぬ……」


 いや、まぁそうなんですけど。でもあんなふうに甘やかしてしまったらなんだか私の方がケチ臭いみたいになっちゃうじゃないですか。村長がアヴェリア様に甘すぎるだけなんです!

 そんないつも通りの会話を繰り広げている私たち。しかしここでなにやら騒がしい声が耳に入りました。


「……」


「フィーナ? どうしたの? というかなんか声聞こえない?」


「なんでもありません。早く帰りましょう」


「ねぇ、でもこれなんか変よ。怒鳴り声が聞こえるわ」


「気にしなくても結構です」


 私はアヴェリア様の手を引いて無理やり連れて行こうとします。ですがアヴェリア様はムッと顔をしかめたかと思うと、ぼそっとつぶやきました。


「貴族への反逆罪……」


「えっ」


 命の危険を感じた私はとっさにその手を放します。するとアヴェリア様はころりと表情を変えて走り出しました。


「やーい! 引っかかった! 嘘に決まってるじゃない!」


「んなっ……!?」


 してやられました。あ、アヴェリア様ぁ……!

 青筋がたちすぎて切れてしまいそうになりながらも私はアヴェリア様を追いかけます。追いかけっこと言えば聞こえはよいですが、私の頭のなかはそれどころではありませんでした。

 というかアヴェリア様なんか足はや……あぁっ! 風魔法使ってる! これ追いつくの無理じゃないです!?


「アヴェリア様ぁぁぁぁ!!」


 私の必死の追跡も空しく、アヴェリア様はとうとう件の声のもとへと到着してしまいました。

 そこにいたのは地面に転がるシーナおばさん。そして


「――このババア、結構貯めこんでやがったなぁ!」


 シーナおばさんの家からニワトリやタマゴを持ち出している、大柄な体躯の傭兵たちでした。

 彼らは倒れているシーナおばさんを足蹴にすると、その痛みに唸る様子を見てニヤニヤ薄ら笑いを浮かべます。頭を抱えながら必死にこらえるシーナおばさんの体にはすでに無数の土の痕がついていました。


「……」


 アヴェリア様は沈黙しました。その現場を見て、彼女はなにを思ったのでしょう。少なくとも彼女の気質から考えると、心中穏やかではいられないであろうことは察することができました。


「あ? んだこのガキ。なに見てんだ?」


「――天地を司りし精霊たちよ。季節を運ぶ恵風の申し子たちよ。汝が力を我が身に宿し、大いなる自然の断片を行使することを許したまえ。」


「ア……だ、だめです!!」


 私は遠くから必死に追いかけてアヴェリア様に呼びかけました。

 この村にいる傭兵。それがいったい誰に雇われているのかと考えれば、その答えは言わずともわかるというもの。平原の戦争のために公騎士連隊が雇用した傭兵たちであることは明白です。そんな彼らに魔法など使ってしまえば、それこそ本当に領主家の人間にアヴェリア様が見つかってしまいます。

 しかし、悲しいことに今のアヴェリア様にはそこまでのことを考えられる余裕はなく、彼女は怒りのままにその手を傭兵たちへと向けました。


「寄りて集まりし嵐の目よ、渦の奔流のまま従いなさい」


「!? なんだ!? なんで魔法が!?」


 アヴェリア様を中心に風が動き、それはやがて天に上る巨大な一つの柱になってその力を誇示しました。

 そして詠唱を完成させ、アヴェリア様はいつになく怒りに満ちた声で言い放ちました。


「【エアロツイスター】」


 瞬間、複数いた傭兵たちは全員まとめて風にさらわれ巻き上がりました。疾風怒濤の勢いのそれは、かつて塵や汚れを吸い込ませるために使っていたときとは別格の大きさです。見上げるほどに巨大な竜巻は傭兵たちを宙で弄び、そしてそのまま村の外へと移動していき、やがてゆっくりと収まっていきました。


「……あ、アヴェリア、様」


「シーナ! 大丈夫!? どこか痛むところは!?」


 横たわるシーナおばさんに駆け寄り抱き起すアヴェリア様に私はようやく追いついて、それから私とアヴェリア様でシーナおばさんの家の寝台にまでシーナおばさんを運び込みました。


「……やっぱりさっきのやつら、追いかけてぶっ殺してやるわ」


 アヴェリア様は目を悪魔のように吊り上げてそう言うと、荒らされ散らかったシーナおばさんの家を出て去って行こうとします。私はそんなアヴェリア様の腕を掴んでそれを止めました。


「危険ですアヴェリア様。やめてください」


「離しなさい。これは命令よ」


「拒否します」


「……」


 傭兵たちは野卑で狂暴です。平民からの略奪など当たり前のように行いますし、平気で女子供も殺します。下手に関われば命を落とすことだってあるのです。そんな人たちのところに、アヴェリア様を行かせるのはあまりにもハイリスクが過ぎます。

 これについてはたとえアヴェリア様のわがままでも、通させるわけにはいきませんでした。


「フィーナ」


「拒否します」


「そうじゃなくて」


 そこまで決めてアヴェリア様に断固とした態度を貫いていると、今度は急にアヴェリア様の様子が怒りから怯えに変わっていくのが見えました。

 その視線は私の後ろに向いていて、それに気が付いた私はおそるおそる振り返って見ました。


「――こんなところでなにをしていらっしゃるのですか、お嬢」


「ウェッダ……」


 そこに立っていたのは全身に甲冑を纏った、ウェッダという名の騎士の女性でした。

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