届かない声
金谷さとる
第1話 兄①
海上二十メートル。
そんな空中に体を静止させて周囲の情報を拾う。
見たモノを司令塔に伝え、指示に従って除外すべきを除外する。
友人は笑って「相手は無人艦や偵察機だよ」と言う。
人を殺めるのは大人の仕事だから訓練生には割り振られないと。
それは国の防衛。
私が育つ国は能力者によって外界から守られた島国だった。
国には特殊な能力(宙に浮いたり、モノに触れずに破壊したり)を持つ能力者と、そのような力を持たない人がほぼ半々、能力者の方が少し比率高く住んでいる。
外の国はその比率が違うらしい。能力者は希少となり、迫害されるとか。
迫害から逃れてこの国に逃げ込む能力者も少なくはない。
少なくないために迫害されることはないから。
能力の性質のせいで私は物心ついた頃から軍に所属する未来しか持っていなかった。
弟が家出をしたと養父母に告げられた。
知人の家をふらふらと渡り歩いてると。
成績が上がらないとか、飽きっぽいとか養母が気にしていたのは知っている。
でも、あの子はちゃんと出来る子なのに。
どこを見てるんだろう。
学校にも通っていないと聞いて眉を寄せてしまう。
弟は、あの子はとてもいい子なのに。
いったいどうしてだろう?
自分を嫌っていたから……、そう思うと嫌な予感がして私は友人の元へ出向いた。
遠隔透視と予知を得意とする友人だ。
「まぁ、あることじゃないかな。反抗期っていうのもあるし」
透明度の高い紅い液体に白いクリームが落ちていく。
差し出されたカップは温かい。
「出来過ぎる兄に嫉妬しているのかもしれない」
「あの子はそんな子じゃない!」
それに私は完璧な兄にはまだ届かない。
嫉妬させる兄は良い兄じゃないだろう?
「もちろん、君の弟は知らないよ」
にこりと友人が笑う。
「知っているのは君にとって弟君が天使だってこと。でもね、弟君が君の理想の天使とは限らないんだよ?」
イラリとする。
弟は弟で天使でないのはわかっている。
ぽんっと手を叩かれる。
『人は嫉妬や欲望を支配できないんだよ』
声なき声での忠告。
受ける感情は打算込みの心配。
わかっている。
でも、あの子は守らないと。
「国外には出ていないだろうし、ヤンチャするとしても能力のない子だろう?」
軽んじる言葉がささくれを逆撫でる。
『落ち着け』
ぽんぽんっと手を叩かれる。
『おまえが力を持てばいい。守ることの出来る権力を持てばいい』
「僕らにはふるった力の分、多少の我が儘は許されるのだから。君の弟くらい庇うことが出来ると思うよ」
『君が有益な存在であれば、望みは叶うよ』
けろりと副音声で同様の内容を含みを滲ませていってくる友人。
「で、内勤、外勤、どっちを希望するの?」
当人はすでに臨時任務で国外に出向くこともある友人だからここで望みを告げれば融通してくれるのだろう。
「よければ僕のチームに来ないかい?」
彼のチームは基本外勤だった。
そっと伺うような視線は彼の弟。
彼以外で彼に触れる者は少ない。
彼は触れた能力者の力を複写取り込みした上で無意識で精神支配するから。
触れられた能力者は彼の望みから離れ難くなる。
微笑みかけると笑い返してくれる。
予知を得意とする友人がチームリーダー。
メンバーは彼、彼の弟達。そして親族だという少女。私だけが、他人。
爆音が閃く。
空間揺れる。
意思が見える。
つまらない世界。
周りの大人たちに都合よく生きていれば嫌なことはなかった。
「家に来るのよ」
そう言ったのは年配の女性。
『おかあさん』になる女性は微笑みながらも僕への恐怖を隠せていなかった。僕は見ないフリ。
この家で僕は『家族』を学ぶらしい。
力ないものを守るものと認識していくために。
結局、力を持つものと持たないものを一緒にするのが無理なんじゃないかと思う。
なのにどうしてこんな不完全な枷をつけて壊しそうな相手に監視されないといけないかが理解出来ない。
それでも必要とされているからこなさないと。
「お兄ちゃん?」
小さな手が僕に迷わず触れて、見上げて笑う。
見なくてもおかあさんとおとうさんが怯えたのがわかる。
「お兄ちゃん?」
反応しない僕らに潤む大きな目。
しかたないなぁ。
そう思った。うまく生活出来ないと不便だし。
「うん。よろしくね」
「うん!」
ぎゅっと無防備に抱きついてきた弟。
いくら枷があっても心の声が聞こえてしまう。
嬉しいとか、大好きしかない心の声が。
普通の学校に通い、週の半分の放課後は能力者の学校へ通う。
僕らの国は半分が能力を持つ者で半分が持たざる者だ。
能力を持つ者はその力を持って国を守る。
持たざる者もそれぞれに国を国として成り立たせる力だ。
何ができるって思っていた。
仲間は同じ能力者だけだと思ってた。
「家族ができたんだって?」
友人の声に頷く。
友人は能力者の家に能力者として生まれた。能力者じゃない家族を持たずに済んでいる。
僕の両親はすでにいない。
僕が能力を暴走させた爆発で死んでしまったから。
何があったかは職務に就く時に教えて貰える。軍の機密と伝えられた。
「弟が、できたよ」
きっと、家族なのはあの子だけだ。あの子の期待を裏切りたくない。
あの子だけ、守りたい。
「……思い詰めんなよ」
「ありがとう」
帰り道ゆっくり歩いていたら家の方から小さな手が見えた。家の門でうろうろする小さな影。
不安そうな表情が僕を見つけて明るく弾ける。
「お兄ちゃん!」
転ぶしかない勢いで駆けよってきて案の定、転ぶ。
弟はかわいい。
キラキラの眼差し。信じて身を任せてくる。力をこっそり見せてもキラキラの眼差しは陰らない。
僕の大事な弟。
『お兄ちゃんスゴイっ』て心からの賞賛が翳ってきたのはいつだろう。
もっと、できる兄でなければいけないんだろうか?
それでも差し伸べた手は握ってくれる。
流れ込んでくるのは少し苦味のある『大好き』
嫌われていないことに安堵する。
嫌われていない。怖がられてはいない。
どうして、弟は自分が嫌いなんだろう?
わからなくて不安になる。
もっと、頑張らないと。
完璧な兄でなければいけない。
自慢の兄と。
血のつながりのない嘘の兄弟だから。
兄と留め置いてもらうためにも。
僕と自分を呼んでいたのが、いつしか私になり、周囲の家族は恐怖を抑え込んで私を認める。自慢の息子と。
それなのに、その席に、弟だけがいない。
私は君の兄になり得ない?
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