第九章
第9章 深淵
黒曜会のアジトから脱出したアレン、セーラ、カインの三人は、夜明けの王都を足早に進んでいた。
「急ぎましょう。儀式の時間が迫っているはずだ」
カインが先導し、人気のない裏路地を選んで進む。
「魔王復活の儀式は、どこで行われるんだ?」
アレンが尋ねた。
「おそらく、王宮の地下深くだ」
カインは、重々しく答えた。
「王宮の地下には、古代から封印された場所がある。そこは、強大な魔力が渦巻いており、儀式には最適の場所だ」
「そんな場所が、王宮に…」
セーラは、驚きを隠せない。
「だが、そこへ行くには、特別な許可が必要だ。普通の方法では、辿り着けない」
カインは、付け加えた。
「何か、方法はあるんですか?」
アレンが尋ねる。
「一つだけ、可能性のある方法がある」
カインは、少し間を置いて答えた。
「王宮の地下には、古代の排水路が通っている。その排水路を使えば、封印された場所の近くまで行けるかもしれない」
「排水路…ですか」
セーラは、顔をしかめた。
「衛兵に見つかる可能性は?」
「ゼロではない。だが、他に方法はない」
カインは、きっぱりと言った。
「危険な道だが、行くしかないんだ」
アレンは、覚悟を決めたように頷いた。
「私も、一緒に行きます」
セーラも、力強く言った。
三人は、「猫の隠れ家」に戻り、ガルドに事情を説明した。
「王宮の地下へ行く…だと…?」
ガルドは、驚きの声を上げた。
「無茶だ、やめておけ!」
「でも、他に方法がないんです」
アレンは、訴えた。
「魔王の復活を阻止するためには、危険を冒すしかないんです」
「わかった…」
ガルドは、渋々、了承した。
「俺にできることは、少ないが、協力は惜しまない」
「ありがとうございます、ガルドさん」
アレンは、ガルドに深く礼を言った。
ガルドは、王宮の地図を取り出し、排水路の入り口を教えてくれた。
「この排水路は、ほとんど使われていないはずだ。だが、念のため、気をつけるんだぞ」
「はい」
三人は、ガルドに別れを告げ、「猫の隠れ家」を後にした。
三人は、ガルドに教えてもらった場所へと向かった。そこは、王宮の裏手にある、古びた井戸だった。
「ここが、排水路の入り口…?」
アレンは、井戸の中を覗き込んだ。
「ああ。間違いない」
カインは、頷いた。
「それでは、行くぞ」
カインは、そう言うと、井戸の中へと降りていった。アレンとセーラも、カインに続いた。
井戸の中は、暗く、湿った空気が漂っていた。カインを先頭に、三人は慎重に梯子を下りていく。
「…かなり、深いな…」
アレンは、下を見下ろしながら言った。
「…ああ。王宮の地下は、迷宮のようになっていると聞く」
カインが答えた。
「…気を引き締めていこう」
しばらく下りると、梯子は終わり、足元には水が流れていた。
「…ここからは、排水路を歩いていく」
カインは、水の中に入り、先へと進んだ。アレンとセーラも、カインに続いた。
排水路の中は、暗く、狭い。水は冷たく、足元は滑りやすい。
「…なんだか、不気味な場所だな…」
アレンは、周囲を見回しながら言った。
「…ええ。魔物の気配もするわ」
セーラは、警戒しながら言った。
三人は、足音を立てないように、慎重に進んでいった。
しばらく歩いていると、前方から、何やら音が聞こえてきた。
「…なんだ…?」
アレンは、耳を澄ませた。
音は、次第に大きくなっていく。それは、何かが水の中を移動する音のようだった。
「…何か、来るぞ…!」
カインは、剣を抜いた。
アレンとセーラも、武器を構えた。
暗闇の中から、巨大な影が現れた。それは、巨大なネズミのような姿をした魔物だった。
「…下水道ネズミか…!」
カインは、舌打ちをした。
「…でも、普通のネズミよりも、ずっと大きいわ…!」
セーラは、驚きの声を上げた。
下水道ネズミは、鋭い牙を剥き出し、三人に襲いかかってきた。
「…はああああ!」
アレンは、剣を振るい、ネズミを斬りつけた。しかし、ネズミは素早く身をかわし、アレンの攻撃を避ける。
「…くっ…!」
アレンは、体勢を崩した。
「アレン、援護するわ!」
セーラが、魔法を唱えた。
「ファイアボール!」
セーラの杖から、炎の玉が放たれ、ネズミに命中した。ネズミは、炎に包まれ、苦しそうにもがいている。
「今だ、アレン!」
セーラが叫んだ。
アレンは、再び剣を構え、ネズミに向かって跳躍した。
「はあああああ!」
今度は、ネズミの急所を捉えた。剣は、ネズミの心臓を貫き、ネズミは、断末魔の叫びを上げ、倒れた。
「…やった…」
アレンは、息を切らしながら、立ち上がった。
「…大丈夫ですか!?」
セーラが駆け寄ってきた。
「ああ、大丈夫だ…」
アレンは、セーラに微笑みかけた。
「…でも、油断は禁物よ」
カインが言った。
「…この先にも、魔物がいるかもしれない」
「…ああ、わかってる」
アレンは、頷いた。
三人は、再び、排水路を進み始めた。
排水路を進むにつれ、魔物の数は増えていった。巨大な蜘蛛、毒を持つトカゲ、腐った臭いを放つスライム…。アレンたちは、次々と現れる魔物を、連携を駆使して倒していった。
「…アレン、右から来るわ!」
セーラの声に、アレンは素早く反応し、剣を振るう。迫り来る魔物を、一刀両断にした。
「セーラ、後ろだ!」
今度はアレンが叫び、セーラの背後に迫る魔物を牽制する。セーラは、冷静に魔法を放ち、魔物を撃退した。
カインは、先頭に立ち、巧みな剣術で魔物を薙ぎ払う。その太刀筋は、無駄がなく、洗練されていた。
「…さすがは、カインさん…」
アレンは、カインの強さに、改めて感嘆した。
激しい戦闘を繰り返しながら、三人は排水路の奥深くへと進んでいった。
「…そろそろ、出口が近いんじゃないか…?」
アレンは、疲労を感じながらも、希望を込めて言った。
「…ああ。だが、油断はするな」
カインは、気を引き締めるように言った。
「…魔王復活の儀式が行われる場所は、この先にあるはずだ」
「…ええ。必ず、阻止しなければ…」
セーラも、決意を新たに、杖を握りしめた。
しばらく歩いていると、前方に、広い空間が見えてきた。
「…あれは…!?」
アレンは、目を凝らした。
空間の中央には、巨大な祭壇が設置されており、その周りを、黒いローブを身につけた黒曜会の信徒たちが取り囲んでいる。
「…間違いない。あそこが、儀式の場だ…」
カインは、確信したように言った。
「…急ぎましょう!」
セーラが言った。
三人は、祭壇へと向かって走り出した。
しかし、その時、アレンたちの前に、一人の男が立ち塞がった。男は、黒曜会の幹部の一人で、以前、アジトで対峙した男だった。
「…貴様ら…、ここまで来るとはな…」
幹部は、冷笑を浮かべた。
「…だが、もう遅い…」
「…何…!?」
アレンは、嫌な予感がした。
「…魔王様の復活は、間近だ…!」
幹部は、そう言うと、高らかに笑い声を上げた。
「…そんなこと、させるか…!」
アレンは、剣を構え、幹部に突進しようとした。
しかし、その時、祭壇から、強烈な魔力が放たれた。
「…うわっ…!」
アレンは、魔力に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「…アレン!」
セーラが駆け寄ろうとした。しかし、カインがセーラを制止した。
「…待て、セーラ! 今は、近づくな…!」
カインは、深刻な表情で、祭壇を見つめていた。
祭壇の上には、巨大な魔法陣が浮かび上がり、不気味な光を放っている。
「…まさか…、もう儀式が…!?」
セーラは、絶望的な声を上げた。
魔法陣の中心には、あの賢者の石が置かれていた。賢者の石は、眩い光を放ち、周囲の魔力を吸収している。
「…まずいぞ…」
カインは、焦りの表情を浮かべた。
「…このままでは、魔王が復活してしまう…」
「…どうすればいいんだ…!?」
アレンは、立ち上がりながら叫んだ。
「…儀式を止めるには、賢者の石を破壊するしかない…」
カインは、言った。
「…だが、あの魔力の中では、近づくことすら困難だ…」
「…私が、魔法で…!」
セーラが、杖を構えた。
「…サンダーボルト!」
セーラは、渾身の魔力を込めて、雷撃を放った。しかし、雷撃は、魔法陣に阻まれ、賢者の石には届かない。
「…くっ…!」
セーラは、悔しそうに唇を噛んだ。
「…こうなったら…」
アレンは、剣を握りしめ、前に出ようとした。
「…僕が、突っ込む…!」
「…待て、アレン! 無茶だ!」
カインが、アレンを止めようとした。
「…でも、他に方法がない…!」
アレンは、カインを振り切り、祭壇へと走り出した。
「…アレン…!」
セーラは、アレンの名前を叫んだ。
アレンは、魔力の渦に飛び込み、賢者の石を目指した。しかし、強烈な魔力が、アレンの体を押し返す。
「…ぐっ…、あああああ…!」
アレンは、苦痛に顔を歪めながらも、一歩ずつ、前に進んだ。
「…負けるもんか…!」
アレンは、自分自身を鼓舞するように叫んだ。
「…僕は、勇者の末裔だ…! みんなを守るために、ここで諦めるわけにはいかない…!」
その時、アレンの体の中で、何かが弾けるような感覚があった。
「…うおおおおおお!」
アレンは、無意識のうちに叫び声を上げていた。体の中から、熱い力が湧き上がってくる。
アレンの剣が、眩い光を放ち始めた。それは、今まで見たこともないような、神々しい光だった。
「…なんだ…、この力は…!?」
アレンは、自分の体に起きた変化に、驚きを隠せない。
「…まさか、アレンが…!?」
カインは、目を見開いた。
「…勇者の力が、覚醒したの…!?」
セーラも、信じられないといった表情で、アレンを見つめていた。
アレンは、覚醒した力に導かれるように、剣を構えた。
「…はあああああ!」
アレンは、渾身の力を込めて、剣を振り下ろした。
剣から放たれた光の刃は、魔法陣を切り裂き、賢者の石に直撃した。
「…ぐあああああ!」
賢者の石は、激しい光を放ち、砕け散った。
同時に、魔法陣も消滅し、周囲に渦巻いていた魔力も消え去った。
「…やった…のか…?」
アレンは、息を切らしながら、立ち上がった。
「…アレン…!」
セーラが駆け寄ってきた。
「…無事なのね…!」
「…ああ、なんとか…」
アレンは、セーラに微笑みかけた。
「…見事だ、アレン」
カインも、感嘆の声を上げた。
「…お前は、真の勇者として覚醒した」
「…勇者…」
アレンは、自分の手を見つめた。
「…まだ、実感が湧かないけど…」
「…これから、嫌でも実感することになるさ」
カインは、苦笑いした。
「…魔王の復活は阻止できた。だが、黒曜会の連中は、まだ諦めていないはずだ」
「…ええ。きっと、別の方法で、魔王を復活させようとするわ」
セーラが言った。
「…奴らの企みを、完全に阻止しなければ…」
アレンは、決意を新たに、剣を握りしめた。
その時、背後から、拍手の音が聞こえてきた。
「…素晴らしい…、実に素晴らしい…!」
三人が振り返ると、そこには、一人の男が立っていた。男は、黒曜会の幹部たちよりも、さらに豪華なローブを身につけ、顔には不気味な仮面をつけている。
「…貴様は…!?」
カインが、男を睨みつけた。
「…私は、黒曜会の首領…」
男は、ゆっくりと仮面を外した。
その素顔は、驚くほど若々しく、整った顔立ちをしていた。しかし、その目は、冷たく、闇のような深さを湛えている。
「…そして、魔王様の忠実な僕だ…」
男は、そう言うと、不気味な笑みを浮かべた。
「…賢者の石を破壊したことは、褒めてやろう…」
男は、続けた。
「…だが、無駄なことだ…」
「…どういうことだ…!?」
アレンが尋ねた。
「…魔王様の復活は、もはや、誰にも止められない…」
男は、そう言うと、手を高く掲げた。
すると、アレンたちの足元に、巨大な魔法陣が出現した。
「…な、なんだ…!?」
アレンは、驚きの声を上げた。
「…これは、転移魔法…!?」
セーラが言った。
「…どこへ行くつもりだ…!?」
カインが、男を睨みつけた。
「…魔王様の御許へ…」
男は、そう言うと、不気味な笑みを浮かべた。
「…そこで、貴様らの絶望する顔を見るのが、楽しみだ…」
魔法陣が、激しく光り出し、アレンたちの視界を奪った。
光が収まると、アレン、セーラ、カインの三人は、見知らぬ場所に立っていた。
そこは、広大な空間だった。しかし、今までいた王宮の地下とは、明らかに雰囲気が違う。空気は重く、禍々しい魔力が満ちている。
「…ここは…?」
アレンは、周囲を見回した。
「…魔界…?」
セーラは、震える声で言った。
「…いや、違う…」
カインは、否定した。
「…ここは、魔界と現世の狭間…、深淵と呼ばれる場所だ…」
「…深淵…?」
アレンは、聞き慣れない言葉に、首を傾げた。
「…魔王は、完全な形で現世に復活するためには、一度、この深淵を通らなければならない…」
カインは、説明した。
「…黒曜会の首領は、私たちをここに誘い込み、魔王復活の生贄にするつもりよ…」
セーラが、付け加えた。
「…そんなこと、させるか…!」
アレンは、剣を構えた。
その時、空間全体に、低く、重々しい声が響き渡った。
『…よくぞ来た、勇者の末裔よ…』
声の主は、姿を現さない。しかし、その存在は、圧倒的な威圧感を放っていた。
「…魔王…!」
カインは、声を絞り出した。
『…我が復活の糧となるがいい…』
声と共に、空間が歪み始めた。
「…まずい、来るぞ…!」
カインは、アレンとセーラに叫んだ。
歪んだ空間から、巨大な影が現れた。それは、禍々しい魔力を放つ、異形の存在だった。
「…あれが、魔王…!?」
アレンは、息を呑んだ。
魔王は、まだ完全な姿ではない。しかし、その力は、今まで対峙してきたどんな敵よりも、強大だった。
『…さあ、我が前にひれ伏せ…!』
魔王は、そう言うと、巨大な手を振り下ろした。
「…くっ…!」
アレンは、剣で攻撃を受け止めようとした。しかし、魔王の力は、アレンの想像をはるかに超えていた。
「…ぐあああああ!」
アレンは、吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「アレン!」
セーラが駆け寄ろうとした。しかし、魔王は、セーラに向かって、魔力の塊を放った。
「…危ない、セーラ!」
カインが、セーラを庇い、魔力の塊を剣で弾き返した。
「…カインさん…!」
セーラは、カインに感謝した。
「…ここは、俺に任せろ…!」
カインは、魔王に立ち向かった。
「…お前たちは、先へ行け…!」
「…でも…!」
アレンは、立ち上がろうとした。
「…アレン、今はカインさんの言う通りにしましょう…!」
セーラは、アレンを制止した。
「…私たちは、魔王の復活を阻止する方法を探さなければ…!」
「…わかった…」
アレンは、渋々、頷いた。
アレンとセーラは、カインに後を託し、深淵の奥へと進んでいった。
後に残ったカインは、魔王と対峙していた。
「…魔王よ、貴様の復活は、私が阻止する…!」
カインは、剣を構え、魔王に立ち向かった。
深淵を舞台に、最後の戦いが始まろうとしていた。
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