黒曜の野望と白銀の剣
小世 真矢
第一章
第一章 旅立ち
薄暗い森の奥深く、ひっそりと佇む小さな村があった。名をエルム村という。周囲を豊かな自然に囲まれ、村人たちは農業や狩猟を営み、穏やかに暮らしていた。
18歳になる青年アレンも、その一人だ。平凡な茶髪に茶色の瞳、これといって特徴のない容姿だが、村の誰からも好かれる、明るく優しい性格の持ち主だった。
「アレン、薪割り終わったか?」
声の主は、アレンの父親、ドイルだ。村の鍛冶屋を営むドイルは、がっしりとした体格で、腕っぷしも強い。
「うん、終わったよ、父さん!」
アレンは、斧を置いて、額の汗を拭った。ドイルは、息子の働きぶりに満足そうに頷く。
「そうか。じゃあ、そろそろ昼飯にしよう。母さんが呼んでるぞ」
「やった!今日の昼ごはんは何だろう?」
アレンは、期待に胸を膨らませて、家へと駆け出した。
家の中では、母親のエルマが、温かい食事を用意して待っていた。テーブルの上には、焼きたてのパン、野菜のスープ、そして、鹿肉のソテーが並んでいる。
「おかえり、アレン。よく働いたね」
エルマは、優しい笑顔で息子を迎える。
「いただきます!」
アレンは、勢いよく食事に手をつけた。エルム村で採れる食材は、どれも新鮮で美味しい。特に、母の作る料理は、アレンの大好物だった。
「そういえば、アレン」
食事をしながら、ドイルが切り出した。
「そろそろ、お前も自分の将来について、真剣に考える時期だぞ」
「将来…?」
アレンは、首を傾げた。エルム村の若者たちは、多くが親の仕事を手伝い、やがてはそれを継ぐ。アレンも、漠然と、父のように鍛冶屋になるのだろうと思っていた。
「村の長老様が、お前に会いたいとおっしゃっていた。何か、大事な話があるのかもしれん」
「長老様が?」
アレンは、少し緊張した面持ちになった。エルム村の長老は、村一番の物知りで、村人たちから尊敬を集めている。
「ああ。今日の午後、長老様の家へ行くように」
「わかった」
アレンは、重々しく頷いた。一体、どんな話があるのだろうか。胸の奥が、ざわめくのを感じた。
昼食後、アレンは長老の家へと向かった。長老の家は、村はずれの小高い丘の上にあり、村全体を見渡せる。
「長老様、アレンです」
アレンは、緊張しながら声をかけた。
「おお、アレンか。よく来たな」
中から、しわがれた声が聞こえた。長老は、かなりの高齢だが、背筋は伸びており、眼光は鋭い。
「さあ、中へ入れ」
長老に促され、アレンは家の中へ入った。部屋の中は、薄暗く、古めかしい家具や書物が並んでいる。
「アレンよ、お前ももう18歳になったな」
長老は、ゆっくりと語り始めた。
「そろそろ、お前に話しておかねばならぬことがある」
「話…ですか?」
アレンは、息を呑んだ。
「お前は、このエルム村で生まれ育ったが、実は、特別な血を引いておる」
「特別な血…?」
「そうだ。お前は、かつてこの世界を救った、伝説の勇者の末裔なのだ」
「勇者…!?」
アレンは、驚きのあまり、言葉を失った。勇者の伝説は、エルム村でも語り継がれている。しかし、それは遠い昔の、おとぎ話だと思っていた。
「信じられぬかもしれんが、本当のことだ」
長老は、真剣な眼差しでアレンを見つめた。
「かつて、この世界は魔王の脅威に晒されていた。しかし、一人の勇者が現れ、魔王を打ち倒し、世界に平和をもたらした」
「……」
「その勇者の血は、代々受け継がれ、お前の中に眠っておる」
長老は、静かに語り続けた。
「そして今、再び魔王が復活しようとしておる。世界は、再び闇に包まれようとしておるのだ」
「魔王が…復活…?」
アレンは、震える声で呟いた。
「お前には、勇者の血を引く者として、魔王を倒し、世界を救う使命がある」
長老の言葉は、重く、アレンの肩にのしかかった。
「し、しかし、長老様…! 僕は、ただの村人です。勇者だなんて、そんな…」
アレンは、混乱していた。自分が勇者の末裔だと言われても、すぐには信じられない。
「確かに、今のままでは、お前に魔王を倒す力はない」
長老は、アレンの不安を見透かしたように言った。
「だが、お前の中には、その力が眠っておる。それを目覚めさせ、鍛え上げれば、必ずや魔王を打ち倒すことができるはずだ」
「力を…目覚めさせる…?」
「そうだ。そのためには、まず、この村を出て、修行の旅に出る必要がある」
「旅…ですか?」
アレンは、戸惑いを隠せない。エルム村を出て、一人で旅をするなど、考えたこともなかった。
「不安に思う気持ちはわかる。だが、これは、お前にしかできないことなのだ」
長老は、アレンの肩に手を置き、優しく語りかけた。
「お前は、一人ではない。必ずや、お前を助けてくれる仲間が現れる」
「仲間…」
「そうだ。そして、お前自身の成長が、世界を救う鍵となる」
長老の言葉は、アレンの心に響いた。確かに、不安はある。しかし、それ以上に、自分の使命を果たさなければならないという、強い思いが湧き上がってきた。
「…わかりました、長老様。僕、旅に出ます」
アレンは、決意を込めて言った。
「そうか…! よくぞ言ってくれた」
長老は、嬉しそうに微笑んだ。
「では、これを持っていくがいい」
長老は、古びた木箱を取り出した。中には、一本の剣と、一枚の地図が入っていた。
「これは、かつて勇者が使っていた剣だ。そして、この地図は、お前の旅の助けとなるだろう」
「ありがとうございます、長老様」
アレンは、剣と地図を受け取った。剣は、ずっしりと重く、冷たい感触がした。
「道中、気をつけるのだぞ。そして、必ずや、生きて帰ってくるのだ」
「はい…!」
アレンは、力強く頷いた。
その夜、アレンは、両親に旅に出ることを告げた。両親は、驚き、心配したが、アレンの決意を知り、最後には送り出すことを決めた。
「アレン、無理はするんじゃないぞ」
「体に気をつけて、元気でね」
両親は、涙ながらにアレンを見送った。
「行ってきます…!」
アレンは、両親に別れを告げ、エルム村を後にした。
空には、満月が輝いている。アレンは、月明かりを頼りに、森の中へと進んでいった。
これから始まる、長く険しい冒険の旅。その先に何が待ち受けているのか、アレンにはまだ知る由もなかった。
アレンは、森の中を歩き続けた。初めての一人旅。不安と期待が入り混じった気持ちだった。
しばらく歩くと、どこからか、悲鳴のような声が聞こえてきた。
「助けて…!」
アレンは、声のする方へ走った。
すると、道の真ん中で、若い女性が魔物に襲われているのを見つけた。魔物は、大きな狼のような姿をしており、鋭い牙と爪を持っている。
「くそっ…! こいつ…!」
女性は、杖を構えて応戦しているが、明らかに劣勢だった。
「大丈夫ですか!?」
アレンは、迷わず駆け寄り、剣を抜いた。
「あなたは…!?」
女性は、驚いた表情でアレンを見た。
「ここは僕に任せて、早く逃げてください!」
アレンは、魔物に向かって剣を振りかざした。しかし、魔物は素早く身をかわし、アレンに襲いかかってきた。
「うわっ…!」
アレンは、魔物の攻撃を避けきれず、地面に倒れ込んだ。
(まずい…! このままじゃ…!)
絶体絶命のピンチ。その時、アレンの体の中で、何かが弾けるような感覚があった。
「うおおおおお!」
アレンは、無意識のうちに叫び声を上げていた。体の中から、熱い力が湧き上がってくる。
アレンの剣が、青白い光を放ち始めた。
「な、なんだ…!?」
魔物は、その光に怯んだように、後ずさりした。
アレンは、その隙を見逃さなかった。渾身の力を込めて、剣を振り下ろす。
「はあああああ!」
剣は、魔物の体を真っ二つに切り裂いた。魔物は、断末魔の叫びを上げ、消滅した。
「…勝った…?」
アレンは、息を切らしながら、立ち上がった。体は疲れていたが、不思議な高揚感があった。
「あ、ありがとうございます…!」
女性が、アレンに駆け寄ってきた。
「あなたのおかげで助かりました。私はセーラ、魔法使いです」
セーラは、深々と頭を下げた。
「僕はアレン。エルム村から来ました」
アレンは、照れくさそうに答えた。
セーラは、アレンの剣を見て、驚いた表情を浮かべた。
「その剣…! もしかして、あなたは…?」
「え…?」
アレンは、自分の剣を見つめた。セーラは、何かを知っているようだ。
「…長くなりそうなので、場所を変えましょう」
セーラは、そう言って、アレンを近くの洞窟へと案内した。
洞窟の中で、セーラは、アレンに自分の身の上と、この世界について詳しく話してくれた。
セーラは、魔法学校に通う学生で、魔物の調査のために、この森に来ていたのだという。
そして、アレンの剣は、伝説の勇者が使っていた剣に間違いない、とセーラは言った。
「あなたは、勇者の末裔なのですね…!」
セーラは、興奮した様子で言った。
「…実は、僕も、今日、長老様からその話を聞いたばかりなんです」
アレンは、自分の境遇をセーラに打ち明けた。
「そうだったのですね…」
セーラは、アレンの言葉に深く頷いた。
「これから、どうするのですか?」
セーラが尋ねた。
「僕は、魔王を倒すために、旅に出ます」
アレンは、力強く答えた。
「…私も、一緒に行きます!」
セーラは、迷うことなく言った。
「え…!?」
アレンは、驚いてセーラを見た。
「私も、魔王を倒すために、力になりたいのです」
セーラの瞳は、真剣だった。
「…ありがとう、セーラ」
アレンは、セーラの申し出を受け入れた。
こうして、アレンとセーラの、魔王を倒すための冒険の旅が始まった。
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