第3話 国王エドワード

 国王広場。

 皮肉にも自身の肩書きを冠した王城前の広場で、国王エドワードは貴賓席に座り目の前で行われる断罪と処刑を見つめていた。

 座り心地の良い椅子であるが両手両足を拘束され胴体は椅子の背もたれに厳重に縛り付けられているため体の自由はまるで効かない。

 自身と歴代の罪を見届けるために国王や高位貴族の当主達は最後まで居残り、妻子や親族の処刑を眺めていることが神殿から申し渡されていた。

 とはいえ神殿の最高位である大司教も国王と同じように縛り付けられているので、アルバ枢機卿をはじめとした枢機卿会議で決まったことなのだろう。


 集まった国民に対して枢機卿の一人が処刑される男の罪状を読み上げている。

 折しも今、断頭台に立たされているのは我が子である第二王子モーリスであった。

 最愛の側妃であるミーナが産んだ第二王子は、王妃が産んだ王太子などより遥かに可愛く、自分でも甘やかしてきた自覚はある。

 王太子にしてやれなかった負目もありモーリスが傍若無人に振る舞うのも見ぬふりをしてきた結果が、目の前で石を投げつけられる我が子の姿とは、なるほどこれが自分への罰なのだと受け止めるほかない。

 気難しくも清廉であった王妃と王太子は石打ちもそこそこにさっさと処刑されたのに比べ、モーリスは立てなくなっても石打ちやめの号令がかからない。

 モーリスの処刑を差配している枢機卿に嗜虐趣味でもあるのかと目を向けるも、その顔はフードで覆われ誰が担当しているのかわからない。


 「俺じゃない!」

 ふいにうずくまったままモーリスが叫んだ。

 「ビクトリアに騙されたんだ!頼む!処刑だけはやめてくれ!」

 鳴き叫ぶような息子の言葉に胸が引き裂かれるような思いがすると同時に、あの冤罪劇の顛末を思い返してその言い訳は通用せぬと諦めの心が生まれる。

 王家も宰相ら貴族達も妖精姫アリエルのことは完全に軽んじていた。

 建国神話から途切れたことのない象徴的存在とはいえ、元は平民であったアリエル嬢の不慣れな所作を嘲笑っていたのは王宮にいる者だけではない。

 妖精姫の後見人であるリュミエール公爵はその実直さゆえ真面目に世話を焼いていたが、公爵とて妖精姫の真の意味など知ってはいなかった。

 公爵の娘であるフェリス嬢とモーリスの婚約も、元平民の面倒を見ねばならぬ間抜けな家との侮りから自分は軽く見ていたのだろう。

 聖女である伯爵令嬢ビクトリアと公然の恋人のように振る舞っている報告を受けていたのに、若気の至りであるとして放置してきた。

 まさか愚かな冤罪劇をゴリ押ししてまで公爵令嬢との婚約を破棄するとは思っていなかった。

 事後報告で事足りるとモーリスに思わせてしまったのは、自分自身もモーリスに侮られていたからに他ならない。

 公爵家を虚偽の国家反逆罪で捕らえるなど、間違いでしたと言えば内乱さえ起きかねない暴挙にも関わらず、自分はモーリスの命と公爵家を天秤にかけて息子を選んでしまった。

 公爵家の冤罪を無かったことにするならばモーリスこそが国家反逆罪の咎で裁かれていたことだろう。

 そうなれば側妃はもとより自分の責任も問われることになる。

 起きてしまった虚偽の冤罪を押し通すしか自分と妻子を守る方法は無かった。

 公爵の機転による除籍と妖精姫アリエルの必死の嘆願により公爵令嬢フェリスだけは処罰から免れることになったが、その結果としてアリエル嬢は宰相の息子に嫁入りすることになった。

 フェリス嬢の命を人質に妖精姫という駒を得た宰相の手腕こそ見事と言えるが、どこまでも妖精姫を軽んじる国に憤り、自らの命を捧げて祈った先代妖精姫ミランダの言葉を聞き届けた女神が、妖精姫を返せと神託を下した。


 無理やり立たされ断頭台に首をかけられるモーリスが泣き叫んでいる。

 この期に及んでは愚かとしか言いようがない息子と、それより愚かであるが故に見届ける罰を課せられた自分。

 「いやあああ!モーリス!モーリス!!!」

 自分の隣で同じように縛られ泣き叫ぶ側妃の声に胸が張り裂けそうになる。

 最愛の女性にこんな悲痛な声を出させるなど思いもしなかった。

 女神よどうか慈悲を与えたまえ。

 祈るしかできない国王の目の前でモーリスの首が宙に舞い、側妃の絶叫が国王の心を引き裂いた。


 それからも処刑を見送る日々は続いた。

 モーリスを処刑した翌日には側妃ミーナが断頭台にかけられ、宰相や大司教が火炙りの刑で石打たれながら焼かれる声を聞いた。

 いよいよ自身の刑が近づいてきたある日、国王広場の貴賓席に座る国王の前に二人の女性が立った。

 「王国の太陽にご挨拶を申し上げます」

 そう言って優雅に頭を下げたのは公爵令嬢フェリス。

 「ご無沙汰しております。陛下」

 冷たい目で自分を見つめ僅かに顎を引いた妖精姫アリエル。

 二人の後ろには神殿騎士団の姿もある。

 「……このような格好ですまない。頭を上げてくれ」

 拘束された死刑囚を前に痛烈な嫌味を示すフェリス嬢はまだいい、家族を冤罪で殺された彼女の恨みは計り知れるものではない。

 妖精姫アリエルの無表情は自分の記憶にはないもので、こんな顔をする娘だったかと違和感と共に若干不安になる。

 「ようやく最後の暗殺者を撃退したとのことで神殿から外出のお許しが出たんです。私は陛下の顔なんて見たくないけどフェリス様にはどうしても陛下の処刑を見せてあげたくて」

 平民の口調に戻ったアリエル嬢を咎める者はもういない。

 国が滅ぶのに貴族だマナーだと気にしても仕方ないし、ましてや自分は死刑囚なのであるから、そもそも敬意も必要のない身だ。

 「そうか。すまないが今日は私の処刑日ではない。処刑日にまた来るといい」

 「明後日でございます。陛下」

 自分の言葉に被せるように言ったフェリス嬢に目を向ける。

 「明日は残った貴族や文官女官の処刑を行い、陛下の処刑は明後日、石打ちと火刑により女神様へ贖罪の気持ちを示すようにと神殿の会議で決まったそうですわ」

 そう言って優雅に微笑んだフェリス嬢に言葉が出ない。

 「もっとも、陛下や殿下達には死後も続く苦痛が待っていらっしゃるそうですから、明日の苦痛は準備運動のようなものですわね」

 クスクスと笑う公爵令嬢の様子に体が震え始める。

 「…………そうか」

 もはや覚悟していたというのに、改めて告げられた死への恐怖がどうしようもなく体を震わせる。

 「明日は陛下のお顔を見て家族の冥福を祈らせて頂きますわ」

 「あら。公爵様達はもう女神様のおそばに行ってるのではなくて?」 

 「そうですわね。では単純に私の溜飲を下げさせて頂くと言い換えましょうか」

 「ええ。私も明日は平民らしくザマーミロと言いながら陛下のご様子を観察させて頂きますわ」

 「まあアリエルったら」

 クスクスと笑う令嬢達の言葉を聞きながら、何も考えられずただ震えることしかできなかった。

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