追放された俺だけが世界から消えた幼馴染を覚えている件

ひより那

第1部  追放された俺だけが世界から消えた幼馴染を覚えている件

第1話 追放と幼馴染

 目の前で叩きつけられた言葉は、まるで凍てつく刃のようだった。


「――というわけで、イニサ。あんたは今日限りでこのパーティ『ブレイブ・ハーツ』をクビだ」


 冷ややかにそう告げたのは俺たちのリーダーであり、ちまたで『若き英雄』なんて呼ばれている勇者、カイトだ。サラサラの金髪をかきあげ、まるで道端の石ころでも見るかのような目で俺を見下ろしている。隣にいる聖女様とクールな魔法使いも同意するように無言で頷いた。


「ま、待ってくれよ! なんで急に……俺だって、ダンジョン探索だって、一生懸命……!」

「一生懸命? それが聞いて呆れるね」


 鼻で笑ったのは魔法使いのセレナだ。長いまつ毛を伏せ、扇で口元を隠しながら、あざけるような視線を向けてくる。美人だけど性格は最高にキツいんだよな、この人。昔から俺のこと、見下してるし。


「あなたのその『一生懸命』が、私たちの足をどれだけ引っ張ってきたか、自覚ないわけ? あなたのその貧弱な魔力じゃサポートにすらなっていないのよ。むしろ、あなたを守るためにこっちがどれだけリソースを割いてると思ってんの? 少しは考えたらどう?」

「そ、それは……」


 ぐうの音も出ない。事実だ。俺の魔力は低い。使える魔法だって、ほんのちょっとした身体強化とスライムくらいにしか効かないような豆鉄砲みたいな魔力弾くらいだ。


 世界各地に謎のダンジョンが出現し、モンスターが徘徊するようになってから『冒険者』という職業が脚光を浴びるようになったこの現代。魔力の低さは致命的な欠点だった。平たく言えば、落ちこぼれってやつだ。


「カイト……流石に言い過ぎじゃ……イニサくんだって、頑張っては……」

「いいや、ミリア。これは決定事項だ。イニサ、君の実力不足は明白なんだよ。これ以上、君をパーティに置いておくわけにはいかない。……これは、君のためでもあるんだ」


 聖女ミリアが少しだけかばうような素振りを見せたが、カイトはやんわりと、しかしきっぱりと遮る。どこが俺のためなんだか。遠回しに言ってるけど、要するに「弱いお前はもう用済みだ、俺たちの輝かしい未来には必要ない」ってことだろ。分かってるよ、そんなことくらい。


 ああ、そうだよな。俺はこのキラキラした英雄様たちのパーティには、最初から不釣り合いだったんだ。ただ、少しでも役に立ちたくてダンジョンの知識を必死に詰め込んだり、誰よりも早く起きて装備の手入れをしたり、泥臭い雑用だって進んでこなしてきたけど……それも、もう終わりか。

 

 胸の奥から悔しさとどうしようもない情けなさが込み上げてくる。視界がにじみそうになるのを必死でこらえた。こんな奴らの前で泣くなんて死んでもごめんだ。


「……わかったよ。今まで、世話になったな」


 それだけ言うのが精一杯だった。俺はきびすを返し、逃げるようにギルドの談話室を出た。背後で、彼らが俺の悪口だかなんだか話している声が聞こえたが、もうどうでもよかった。そんなことよりここから離れたかった。


 どんよりとした気分のまま、とぼとぼと帰り道を歩く。もう夕暮れ時、空がやけに綺麗なオレンジ色に染まっていた。皮肉なもんだな。俺の心はこんなに曇ってるってのに。


 これからどうしよう。パーティをクビになったなんて家に帰って母さんや姉ちゃんシーラに何て言えばいいんだ……。ただでさえ、うちの家計は常に火の車だってのに……俺が冒険者として、微々たるものとはいえ稼いでくるお金を少なからず当てにしていただろうから……ああ、考えただけで胃が痛くなってきた。マジでどうしよう……。


「あ、イニサ! おかえりー!」


 近所の小さな公園を通りがかった時、聞き慣れた太陽みたいな明るい声が鼓膜を揺らした。はっとして顔を上げると、古びたブランコに彼女はいた。夕日に照らされながら、ぶんぶんと大きく手を振っている。

 メル・・。俺の幼馴染で家も隣同士。多分だけど、この世界で一番俺のことを理解してくれている唯一無二の女の子だ。


「……メル。ただいま」

「ん? どうかしたの、元気ないじゃん。なんかあった?」


 メルはブランコからぴょんと軽やかに降り立つと、こてんと首を傾げ、心配そうに俺の顔を覗き込んできた。こいつのこういう妙な勘の鋭さには本当にかなわない。隠し事なんてできたためしがないんだよな。


「……ああ。今日さ……パーティ、クビになった」

「え……」


 メルの大きな瞳が驚きで見開かれる。花が咲いたような笑顔が、さっと曇るのが分かった。俺はうつむいて、今日の出来事を――カイトたちに言われた冷たい言葉を、ぽつりぽつりと話した。

 俺がいかに弱くて足手まといだったか。もう必要ない。と切り捨てられたこと。


「……そっか。……ひどいよ、そんなの!」


 話を聞き終えたメルは、まるで自分のことのように頬を膨らませて怒ってくれた。小さな拳をぎゅっと握りしめている。その仕草がなんだかちょっと可愛くて、少しだけ心が和んだ。


「イニサは弱くないよ! いつもすっごく頑張ってるの私が一番よく知ってるもん! サポートだって、誰よりも早く敵の弱点見つけたり、罠に気づいたりしてたじゃない! それってすごいことだよ!」

「……ありがとう、メル。でも、実際の戦闘じゃ、やっぱり俺は……」

「だとしても! だとしても、言い方ってものがあるでしょ! カイトさんたちだって、昔、ダンジョンで道に迷って半べそかいてた時、イニサが地図読みして助けたことだってあったはずなのに……! 恩知らずだよ、もう!」


 ああ、そんなこともあったっけな。まだみんな駆け出しで、俺のダンジョンオタクな知識が少しは役に立ってた頃の話だ。まあ、カイトが半べそかいてたってのは、メルの記憶違いだと思うけど……。今じゃ、みんなレベルも上がって、そんなの必要ないくらい強くなっちまったけどさ。


「メルがそう言ってくれるだけで、十分だよ。本当にありがとうな」

「……うん。……ね、イニサ」

 

 メルは少しだけ躊躇ためらうように視線を落とした後、顔を上げて、にぱっと効果音がつきそうな、とびっきりの笑顔を見せた。


「元気出しなって! 大丈夫、イニサには私がついてるんだから! なんとかなるって! きっと!」

「……はは、そうだな。お前がそう言うなら、なんとかなるか」


 その屈託のない笑顔に、ささくれ立っていた俺の心が、じんわりと温かくなるのを感じた。そうだ、こいつがいる。こいつが隣にいてくれるなら、まだ俺は大丈夫だ。まだ、前を向ける。心の底からそう思えた。


「よし、じゃあ明日は気分転換! 駅前に新しくできたって評判のクレープ屋さんに行こ! 私のおごりだからね!」

「え、いいのかよ? お前だって新しい魔法杖買うためにお金貯めてるんじゃなかったのか?」

「いーの、いーの! こういうのは景気づけってやつ! 未来の伝説の冒険者になるイニサへの先行投資ってことで!」

「はは、なんだよそれ」

「とにかく! 約束だからね! 明日の午後2時に、駅前の広場ね!」

「……ああ。わかった。ありがとう、メル」


 にひひ、と悪戯っぽく笑いながら小指を差し出してくるメルに、俺も苦笑しながら自分の小指を絡める。夕日に照らされた彼女の笑顔が、なんだかやけに泣きたくなるくらいまぶしかった。



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