第39話 お風呂上がりにぴったりな飲み物

「お二人とも、長いお風呂でしたね」


 イリスに抱えられて浴室を出ると、ジュリアにくすくすと笑われてしまった。


「のぼせたでしょう? 冷たい飲み物を用意するので、座って待っていてください」

「ありがとうございます」

「助かるわ」


 イリスに抱えられたまま、リビングのソファーへ移動する。ゆっくりとソファーに下ろしてもらった後、イリスの顔をじっと見つめた。


 浴室で、イリスと何度もキスをした。唇がふやけてしまうくらい、何度も。

 キスがどうたったか、と言われると、少し説明に困ってしまう。


 気持ちいい……とは、ちょっと違う気もする。でも、気持ち悪くはなかったな。それに、イリス様が私にキスしたいって思ってるのは、なんか嬉しかった。


「メーロ? 大丈夫?」


 メーロを心配したイリスが顔を覗き込んでくる。つい目よりも唇を見てしまうのは仕方がないことだろう。


 家族には、いろいろあるよね。

 夫婦だって家族だし、親子だって姉妹だって家族。

 だけどキスをするのは、たぶん夫婦だけ。


 それにイリス様は、お互いのことを一番大切に思い合う関係になりたい、って言ってた。


「あの。一つ、確認したいことがあるんですけど」

「なにかしら?」

「イリス様は、私と夫婦、って形で家族になりたい……ってことで合ってます?」


 目的達成のために頑張るには、まず目的をはっきりさせる必要がある。

 そう考えて質問しただけなのだが、なぜかイリスの顔が真っ赤に染まった。


「……メーロ」

「なんでしょう?」

「……貴女はそれでいいの? その……わたくしが、キス以上のことを求めても?」


 ジュリアのことを気にしているのだろうか。イリスの声は小さかった。けれどイリスにとっても重要な問題なのは確からしく、メーロを見つめる眼差しは真剣だ。


「言ったじゃないですか。イリス様にされることなら、嫌なことなんてないです」


 だから、イリスがやりたいことには応えたいと思う。キス以上のことがどんなことかは、あんまりピンときてはいないけれど。


 イリス様、もしかしてまた、キスしたいって思ってるのかな。


 根拠なんてないし、理由も上手く説明はできない。でも、イリスの顔を見てそう思った。

 イリスの身体を引き寄せるように手を伸ばす。その手がイリスの頬に触れる寸前、コホン、とジュリアの咳払いが聞こえた。


「……冷たい飲み物を用意しました。それから、そういったことは、部屋ですることをおすすめします」


 メーロともイリスとも目を合わせないようにそう言うと、ジュリアはソファーの前のテーブルにグラスを二つおいた。

 グラスの中には透明な液体が入っていて、その中にはカットされたレモンが入っている。


「ジュリアさん。これ、お水ですか? なんかちょっと違うような……」


 グラスを手にとって、中に入った液体を観察する。透明なそれは水に見えるけれど、水にしては泡が多いような気もした。


「炭酸水です。しゅわしゅわしていて美味しいですよ」


 飲んでみてください、という言葉に従い、グラスに入った液体を口の中へ入れてみる。

 少しだけ舌がしびれるような感覚があった。それに口の中で、液体がしゅわしゅわと音を奏でている気がする。


「しかも、美味しい……!」


 レモンのおかげだろうか。少し酸っぱい味がのぼせた身体に沁みる。


「……ジュリア。これ、ちょっと甘味もあるわよね? レモンの他に、なにか入れてるの?」


 イリスの発言を聞いて初めて、甘味の存在に気づいた。確かに言われてみれば、レモンだけだともっと苦くなっているはずだ。


「蜂蜜を入れています。蜂蜜には疲労回復効果があるんですよ」


 すごい。ジュリアさんって料理だけじゃなくて、ジュース作りもできるんだ……!


 夢中になって、あっという間にグラスを空にしてしまった。おかわりを入れてきますね、とジュリアがすぐにグラスを回収してくれる。


「メーロは明日も朝から訓練なのよね」

「はい」


 明日のことを考えると憂鬱になってしまうけれど、仕方がない。強くなると決めたのはメーロ自身だ。


「わたくしも、朝からいろいろと動いてみるわ」

「いろいろ、ですか?」

「ええ。メーロとわたくしが、幸せな家族になれるように」


 甘い笑顔を浮かべ、イリスはメーロの頬を両手で包み込んだ。


「……わたくし、ずっとここを……城を出て暮らしたいと思っていたの。でも、本気で出ていこうと思ったことはなかったわ。そんなことをしても、結局、何も変わらないだろうって」


 ふかふかのベッドも美味しいご飯もあるここは、メーロにとっては天国のような場所だ。

 けれどイリスにとっては窮屈で、牢獄のような場所なのかもしれない。


「でも、メーロがそんなわたくしを変えてくれた。夢を見せてくれたの」

「……夢を?」

「ええ。ここを出て、一緒に幸せに暮らすの。狭い家でもいいわ。汚くたっていい。毎日一緒のベッドで寝て、なかなか起きないメーロを起こしてあげるの。それから……」


 話しているうちに、イリスの瞳に涙がたまっていった。

 彼女が語っていることはたぶん、普通のことばかりだ。けれどイリスにとっては、言葉にするのも躊躇われるような夢だったのだろう。


「……イリス様。その夢、一緒に見せてください」


 微笑んで、そっとイリスの唇にキスをする。呆れたような、けれど柔らかいジュリアの溜息は、聞こえないふりをすることにした。

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