第七章 二人の少女は夢を見る

第37話 イリス様にされることなら

 お風呂、最高……!


 温かい湯につかりながら、メーロは心の中で叫んだ。声に出さなかったのは、声を出す気力もほとんど残っていないからだ。

 疲れた身体とお風呂の相性は抜群だ。身も心もふわふわした気持ちになって、今すぐ意識を手放したくなる。


「メーロ、寝たら危ないわよ」


 イリスが名前を呼んでくれなかったら、このまま睡魔に身をゆだねていたかもしれない。

 湯浴み着に身を包んだイリスは微笑んで、そっとメーロの脇下に腕を入れた。お湯に沈んでしまわないよう、メーロを支えてくれているのだ。


 王女様にお風呂の世話をしてもらうなんて、贅沢すぎるよね。

 でも正直今、一人だとちゃんとお風呂に入っていられる気もしない……。


「大丈夫? お湯が傷にしみたりしない?」

「はい。その、怪我はしていないので」


 今日の訓練は、ひたすらスキルを使い続ける、というものだった。そのため、怪我は全くしていない。

 まずは基礎力をつけろ、というのがファルコの教えである。


「それならいいけど。嘘じゃないわよね?」


 イリスは浴槽の中を覗き込み、メーロの身体を観察するように凝視する。湯は透明だから、もちろんメーロの身体が丸見えだ。

 湯浴み着を纏っていない、正真正銘の裸である。


「……あの」

「なにかしら?」

「そんなに見られると、ちょっと気まずいというか」


 裸を見られるのが恥ずかしい、というわけではないけれど、じろじろと観察されるのは少し気まずい。


「そうなの? メーロ、ジュリアに湯浴みをさせてもらったことがあるでしょう?」


 この屋敷へきた初日、ジュリアに湯浴みを手伝ってもらった。屋敷のことも、ちゃんとした湯浴みの仕方も分からなかったからだ。

 確かにそれを考えれば、気まずく感じるのもおかしな話なのかもしれない。


「それより、髪を洗ってあげる」


 荒れ地で動き回ったせいで、髪はかなり汚れてしまった。指通りが悪いのは、きっと砂やゴミが付着しているからだろう。

 お湯で髪を濡らし、イリスが指でゆっくりと髪をといてくれる。絡まった髪が抜けてしまわないように、気を遣ってくれているのが分かる。


 人に髪を洗ってもらうのって、気持ちいいな……。


 うとうとしている間に、イリスが髪についた洗髪剤を洗い流してくれた。


「ねえ、メーロ。わたくしも浴槽に入ってもいいかしら?」

「はい、もちろんです」


 浴槽は十分な広さがあり、二人で入っても手足を思いっきり伸ばすことができる。

 イリスは湯浴み着のまま浴槽に入ると、メーロの隣に座った。


「ねえ、メーロ。家族なら、こうして毎日一緒にお風呂に入るのかしらね」

「……どうなんでしょう……」


 そもそも、風呂に毎日入れる人間は限られている。そんな立場にいる人間が、わざわざ風呂に一緒に入るものなのだろうか。


「イリス様は、そういう家族が理想なんですか?」

「……そうね……」


 考え込むようにイリスは一瞬、目を閉じた。何気ない質問だったけれど、その反応を見て思う。


 イリス様の理想を聞くのって、結構大事かも。


「イリス様の理想の家族について教えてください。それが実現できるように、頑張るので」


 曖昧な目標より、具体的な目標が定まっていた方が動きやすい。


「教えてください、イリス様」


 イリスの手をぎゅっと握って、形のいい瞳を見つめる。


「……お互いのことを、一番大切に思い合う関係になりたいの」


 そっと息を吐いて、イリスはメーロの頬に手を伸ばした。メーロが黙って見つめ返すと、イリスの人差し指がそっとメーロの唇をなぞる。


「ねえ、メーロ。今、貴女にキスしたいって言ったら、困る?」

「え?」


 イリスは見たことがない顔をしていた。緊張しているのだろうか。それとも、困惑しているのだろうか。

 メーロが答えられずにいるうちに、イリスの手がそっとメーロの腰に伸びた。撫でるように触られ、なぜか身体がぴくっと跳ねてしまう。


 上流階級の人間ほど、同性を愛人にするのはよくある話。確か、カテリーナがそんなことを言っていた。

 それにイリスは、結婚や出産を禁じられている立場だ。そういった温もりを同性に求めるのは当然なのかもしれない。


 今までも、誰かとそういう関係になったことってあるのかな。


「メーロ。嫌なら、嫌って早く言って」


 イリスの人差し指が、メーロの口内に侵入してくる。舐めるべきなのか噛むべきなのか。なにが正解なのだろう。


「メーロ」


 いつもとは少し違う声でメーロの名前を呼び、イリスはメーロの耳を軽く噛んだ。痛みはない。けれど代わりに、下腹部が妙な熱を持つ。


 なに、この感覚……!


 口から指を抜かれ、熱っぽい眼差しで見つめられる。経験なんてないけれど、なんとなく、キスをされるような気がした。


 イリス様は、私とキスがしたいのかな。


「貴女にはわたくしだけを好きでいてほしいの」


 苦しそうな表情を見て、メーロは理解した。

 これはたぶん、独占欲だ。


 私が他の男の人とか……女の人もだけど、違う人と恋人になったり、結婚するのが嫌ってことなんだよね?


「……イリス様」


 微笑んで、勢いよくイリスに抱き着く。イリスの湯浴み着一枚しか隔てるものがないからか、いつもよりも密着できた気がする。


「出会った時から、私はイリス様の物ですよ。今さら他の人の物になったりしません」

「メーロ……」

「それに、イリス様にされることなら、嫌なことなんてないです」

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