第33話 一つだけ条件がある

 イリスの従者に過ぎないメーロでは、直接ファルコに連絡をとることは不可能だ。そのため、イリスがファルコに連絡をとってくれた。


 イリス様も反対しないってことは、ファルコ様は嫌な人じゃないんだよね?


 カテリーナに襲われた際、ファルコはメーロを助けてくれた。ファルコのところへこないかという誘いを断っても、鍛えてやると言ってくれた。

 しかしイリスによれば、無条件で他人を鍛えてやるほどお人好しな人ではない……という。


「……人間って、なんでこんなに難しいんだろ」


 美味しいご飯を食べたら幸せ! みたいに、この世界の全てが単純だったらいいのに。そうしたら、こんなに悩まずに済んだ。


 溜息を吐いて、そっと扉を見つめる。約一時間くらいだろうか。メーロがこの小部屋に通されてから、扉は一度も開いていない。


 ここはファルコが持つ部屋の一つだそうで、メーロのようにファルコを訪ねてきた者が待つ部屋らしい。もっとも身分が高い者であれば、すぐに面会することができるのだろうけれど。


『ちょっとでも嫌なことがあったら、すぐに逃げるのよ! ファルコお兄様は、逃げる相手に嫌がらせはしないでしょうから!』


 屋敷を出る前、イリスにそう言われた。イリスも同行を希望したのだが、ファルコから『一人でくるように』と返事があったのだ。


 再びメーロが溜息を吐いた瞬間、部屋の扉が開いた。

 ようやくファルコが……と思ったものの、現れたのは一人の従者である。


「お待たせしました。ファルコ殿下のところへご案内いたします」





 宮殿内のどこかへ案内されるのだろう……というメーロの予想は外れた。馬車に乗るように指示され、メーロがやってきたのは、だだっ広い荒れ地である。

 ところどころに廃墟があり、人間が暮らしていた様子が分かるものの、今はとても人が暮らせるような状態ではない。


 そんな荒れ地の中心に、ファルコは立っていた。動きやすそうな訓練着に身を包み、馬車から下りてきたメーロを見つけると右手をあげる。

 王子を待たせるわけにはいかない。慌ててメーロも走り出そうとしたのだが、その瞬間。


「よくきたな」


 10メートルは先にいたはずのファルコが、目の前にきた。


 えっ!?

 今、なにがあったの……!?


「ファルコ様、あの、今……」

「どうかしたか。そんなに目を開いて」

「……ファルコ様が、ものすごい速さで移動した気がするんですが」

「ああ。俺のスキルだ」


 ファルコはあっさりと頷いた。彼のスキルについては何も知らないが、俊足が彼のスキルなのだろうか?

 運動能力を向上させる系統のスキルは、間違いなく当たりスキルだ。

 上流階級の間でどんな扱いを受けているかは分からないが、少なくとも庶民の間ではかなり重宝される。


「説明するより、見る方が早い。もう一つ、俺のスキルを披露しよう」


 ファルコは周囲を見回し、近くにあった重そうな岩を片手で持ち上げた。まるで、ティーカップを持つような軽やかさで。

 再び周りを確認し、岩を思いっきり放り投げた。風を切って岩はぐんぐんと進み、ずいぶんと離れたところに落下する。

 そして耳を塞ぎたくなるほどの落下音が響いた。


 今のもなに!? この人のスキルって、俊足じゃなかったの!?


「いい反応だな。おまけに、もう一つ見せてやろう」


 楽しげに笑うと、ファルコは地面を蹴って跳んだ。いや、飛んだ、と言うべきだろう。彼の身体は地面から数メートルは上にあり、しかも、数十秒は空中にとどまっていたのだから。


 驚きのあまり何も言えなくなってしまったメーロを見て、ファルコが従者に視線を向ける。


「とにかく大量の食糧を用意してきてくれ。こいつは、食べれば食べるだけエネルギーを補充できるらしいからな」

「はい! 殿下!」


 元気よく返事をした従者が馬車に乗り込み、すぐに馬車は動き出した。

 荒れ地に残されたのは、メーロとファルコの二人きり。


 イリスと違って、ファルコはれっきとした王族であり、権力者だ。そんな彼がこんな場所にメーロと二人きりで残った理由くらい、メーロにも簡単に分かる。


 この人、めちゃくちゃ強いんだ……!


 護衛なんていなくても、彼は自由に動ける。むしろ彼にとって、大半の人間は足手まといにしかならないだろう。


「メーロ。俺に逆らおうと思うか?」

「い、いえっ! 思いません!」


 反射的に叫んだのは本能的なものだった。本能で分かる。この男には勝てない。


「それはなぜだ?」

「ファルコ様が、とても強いので……!」

「そうだ。血筋だ権力だ、そういうものも大事だが……分かるだろう? 最後に勝つのは力だ」


 本当に? なんて聞き返すことはできない。有無を言わせぬ強さが、ファルコにはあるから。


「俺はやる気がある人間を鍛えるのが好きでな。メーロにやる気があるなら、訓練に付き合ってやる」

「ぜひお願いします!」


 訓練なんて本当は嫌いだ。疲れるし、面倒くさいし。

 でも、強くなるためには避けられない。


「分かった。だが、一つだけ条件がある」


 急にファルコの眼差しが鋭くなる。距離を詰められ、メーロは悲鳴のような声を上げた。


「有事の際、第一王子派につくこと。それが訓練の……いや」


 ファルコの顔が柔らかくなる。いかつい見た目をしているが、笑うと印象ががらっと変わった。


「俺が、お前とイリスを手助けする条件だ」

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