第32話 もっと強くなります
「メーロ、自分がなにを言っているか、分かってるの?」
「あ……さすがに図々しかったですか?」
いくら良くしてくれているとはいえ、イリスはメーロの雇い主である。それに身分もかけ離れている。
そんな相手に対して、家族になろう、なんていう提案は図々しすぎたのかもしれない。
「違うわよ! そうじゃなくて……」
食べかけのサンドイッチをカゴに戻し、イリスはいきなりメーロの手をぎゅっと掴んだ。その手は小刻みに震えている。
「メーロがどういう意味で言ったのか、分からなくて……」
真剣な瞳で見つめられ、メーロとしても戸惑ってしまう。
正直なところ、それほど深く考えて口にした言葉ではないのだ。
「私はただ、その……こうして、イリス様とずっと一緒にいられたらなぁって。その、家族の定義がなにかは、私にはよく分かりませんけど、でも……」
震えているイリスの手を、そっと握り返す。もうずいぶんと、この感触にも慣れた気がする。
「大切な人を家族と呼ぶのなら、私はイリス様と家族になりたいです」
孤児院で育った私は、家族なんて知らない。
イリス様には家族がいるけど……でもきっとイリス様も、本当の意味では家族ってものを知らないんじゃないのかな。
「メーロ……」
なにか言いたそうな顔をしたものの、結局イリスはなにも言わないまま、じっとメーロの顔を見つめた。
メーロも無言でその視線を受け止める。
家族がなにかなんて、私には分からない。分からないけど、イリス様と家族になれるのは、きっとすごく素敵なことだと思う。
「……私からも一つ、イリス様に質問をしてもいいですか?」
無言のままイリスは頷いた。
「最近、聞いてみたくなったことなんですけど……」
的外れな質問かもしれない。けれどもしかしたら、という気持ちがある。
深呼吸をして、メーロは聞きたかったことを口にした。
「イリス様は、お城の外で暮らしたいと思ったことはありますか?」
城の中は、すごく綺麗なところだ。カテリーナにはぼろ屋敷と言われてしまったけれど、イリスが暮らす屋敷も立派な建物である。
馬車だって自由に使えるようだし、イリスが生活に苦労しているところは見たことがない。
それでも、すぐ傍に脅威はある。カテリーナがいつ訪ねてくるか分からないし、きっと彼女を拒むことはできない。
カテリーナ以外にも、イリスのことを悪く思う人たちが城の中にはいるのかもしれない。
ただの勘違いかもしれない。けれど、城の中よりも外にいるイリスの方が、ずっといきいきとして見える時がある。
「……あるわ」
予想通りの答えを、想像していたよりもあっさりとイリスは口にした。
「王女じゃなくて、普通の立場に生まれていたら。……そう考えたことは何度もある。恵まれている立場だとも自覚してるわ。だけど、窮屈で、面倒なの」
溜息を吐いて、イリスは食べかけのサンドイッチを口の中に詰め込んだ。それを流し込むように大量の紅茶を飲む。
「……でも、わたくしは王女なのよ? 他に、どこで生きればいいのかなんて分からないわ」
イリスの言う通りだ。たとえ城を出て暮らしても、イリスが王女だという事実に変わりはない。
きっとメーロが思っている以上に、イリスは不自由な立場なのだ。
ふと頭の中に、ファルコの姿が浮かんだ。弱者は奪われるだけ。そう語った彼はきっと、たくさんのものを持っているのだろう。
強くなれば、私も奪われずに済むんだよね。
強くなれば、私だって、欲しいものをちゃんと手に入れられるのかな。
「イリス様。私、ファルコ王子のところへ行ってみます」
「メーロ? 急に何を言っているの? お兄様となにか話したの? いつ?」
イリスはこの前の騒ぎのことも、ファルコが屋敷へやってきたことも知らない。いきなりメーロの口から出てきた名前に焦ったのか、綺麗な瞳が真ん丸になっている。
「言われたんです。鍛えてやるって」
「……確かにファルコお兄様は、スキル教育も得意な方だけれど……でも、無条件に他人を鍛えてあげるほどお人好しな人じゃないわ」
ねえ、とイリスの手が伸びてきて、メーロの腕を掴んだ。
イリスの瞳には涙なんてたまっていないのに、なぜか彼女が泣きそうな顔をしている気がする。
イリス様は強い人だ。
でもきっとそれは、イリス様が痛みや苦しみを感じないってわけじゃない。これまでにたくさん、辛い思いだってしてきたはず。
「それでも私は、強くなりたいんです」
イリス様が私を助けてくれたように、今度は、私がイリス様を助けてあげたい。
私にできることなんてないかもしれない。欲しい物を手に入れられるほど、強くなんてなれないかもしれない。
それでもやってみなきゃ、分からないよね。
「私だってイリス様の役に立ちたいんです」
救ってもらって、美味しいご飯をもらって、心が温まるような愛情をもらって。
私はずっと、イリス様にもらってばっかりだ。
「私、もっと強くなります。だから……だから、私と一緒に探してみませんか。イリス様が、生きていたいって思える場所を」
「……メーロ」
これ以上何を伝えたらいいか分からなくなって、ぎゅっとイリスを抱き締める。自分より大きいはずのイリスの身体が、今日はやけに小さく感じた。
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